第209話 終焉のプランB
「ジル様だとッ!? ノーシェン、まさか……ッ!?」
「言ったろ、びっくりするってよ。ウチの新しい上司が、色々と手を回してくれてな……」
ヴァーロックが驚きの表情を浮かべ、ノーシェンが得意げな顔をしています。
「私もいますよッ!」
「おおっと、リィちゃんも来てたのか」
ジルさんの後ろから、長い紺色の髪と先っぽがハート型になっている悪魔の尻尾をゆらゆらと揺らしている小悪魔族の彼女、リィさんも顔を出します。
「当然ですよッ! ジルさんが行かれるなら、私もついて行かないとッ!」
「また、増援、でありますか……ッ!」
「……厳しいですなぁ……楽しい、ですなぁ……ッ」
胸を張っているリィさんを見て、ノルシュタインさんが苦々しく歯を噛み締める中、何処か楽しげなベルゲンさんです。
「……ふーん。ノーシェンが来たからもしやとは思ってたけど……あの童貞ちゃん、まーた面倒な事してくれた、の、ねぇ……ハァァァ……」
それを見たバフォメットが、憂鬱ように息を吐きました。そんな彼を、ジルさんが厳しい顔のまま見据えています。
「……当然解っているわよね、バフォメット? 許可なく勝手に人国に行き、挙げ句この騒ぎ……一体どういうつもりかしら?」
「…………」
「モタモタしてたら人国軍の応援まで来てしまうわね。さっさと引き上げるわよ。そのマサトはこちらで預かるわ。貴方はさっさと魔国に戻って、この独断専行の責任でも……」
「……幽閉されてた癖に、一丁前なこ、と」
ジルさんの矢継ぎ早な言葉に被せて、バフォメットがため息をついています。
「大体。アンタがヘマしてこの子に逃げられたから、アタシだってこんな人国の奥地までくるハメになったんじゃない。アタシの責任云々の前に、自分の失態は雪ぎ終わったのか、し、ら?」
「私の失態をこれ幸いと利用して勝手に動いたオカマ風情が、どの口を聞いているの?」
「……相変わらず、癪に触る小娘ねぇ」
「貴方の私に対する評価なんてどうでも良いわ。早くその子を渡しなさい」
「アンタに渡す義理なんかな、い、わ、よ。前魔王様の腰巾着風情が……」
恐ろしい言葉の応酬の中で、ジルさんとバフォメットは睨み合っています。同じ魔族ではあるものの、どうやら向こうの勢力も一枚岩ではないのでしょうか。
「……は~。な~んかもう面倒になってきたわねぇ……も、いっか。ヴァーロックちゃん、命令よ」
やがて何かを決意したのか。バフォメットが静かに、しかし強い口調で言葉を発しました。
「プランB、取り掛かりなさい」
「……ッ!」
それを聞いたヴァーロックが目を見開き、身を引いて打ち合いになっていたノルシュタインさんから距離を取ります。
「…………」
「どうしたのか、し、ら? アタシの命令、聞こえなかった?」
「……いや」
短い返事の中に、何かを逡巡するかのような声色があったのは、気のせいでしょうか。
「……委細承知。プランB、我が魔狼部隊が引き受けた」
「よ、ろ、し、く」
「な、何を……ッ!?」
「ああ、ジルちゃん。親切心で教えてあ、げ、る」
突然の命令とヴァーロックの様子に、先ほどまで強気だったジルさんが戸惑いを見せています。
「……早く逃げたら? 死にたくなけりゃね……レイメイッ!」
「「はい、バフォメット様」」
すると、オーメンさん達と戦っていたレイメイの二人が、同時に距離を取りました。
「ッ! 逃げる気かッ!?」
「そ、そうはさせないよ……」
「全部隊に告ぐッ! プランBが発令されたッ!」
しかし、オーメンさん達の言葉は、遠話石を取り出して大声を発したヴァーロックによってかき消されます。
「各自、所定の場に着き、プランBを実行せよッ! 我々は今、任務に殉じるッ!」
「ヴァーロックッ!?」
「ヴァーの旦那ァッ!?」
任務に殉じると、ヴァーロックはそう言いました。ジルさんとノーシェンが声を上げています。殉じるという事は、つまり……。
「……すまんな、ノーシェン。一緒に酒は、飲めそうにない……」
「ふざけんなよバフォメットのオカマァァァッ!!! テメーッ! 部下を何だと思って……」
「必要な時に必要な仕事をさせる。それがアタシの部下。だからアンタらは甘ちゃんなのよ……じゃね」
怒り狂うノーシェンに簡潔に返事をして、バフォメットは駆け出しました。その後に続こうと、レイメイの二人が追ってきます。
直後。街の至る所から、旅館から、そして彼らがいた駐車場から、大爆発が起きました。
「魔国万歳ッ! "終焉(ジ・エンド)"ォッ!」
それは、魔狼達の仕業でした。隊員達が次々と、あのイーリョウさんが士官学校でやった、体内の全てのオドを暴走させて爆発を起こす自爆の魔法、"終焉"を唱えていきます。
「ひぃぃぃッ! じ、ジル様ァ! 魔狼達が次々に"終焉(ジ・エンド)をぉぉぉ……」
「やめさせなさい、ヴァーロックッ! 貴方は、部下に、なんて事を……」
「……命令は絶対だ……魔王様に……ジル様にお仕えしていた時から、私は、受けた命令を忠実にこなすッ! それが、私の、生き様だからだッ!」
「止めさせろ蝙蝠共ォッ! ジルの姉さんッ! 早く、ヴァーの旦那を……」
「駄目ッ! 離れなさい、ノーシェンッ! このままじゃ貴方まで……ッ!」
「不味いでありますッ! これでは、囚われの子ども達や街の皆さんが……」
「こんな短絡的な手を取ってくるから、魔族なんて野蛮な種族は根絶やしにすべきなんだ……解ってますよ、ノルシュタインさん……」
「間に合わせるッ! 走れキイロッ! 一人でも多くの人を救うしか……」
「わ、わかってるよオーメンッ! こ、こんな事態になるなんて……い、イザーヌも手伝って……」
「…………わかり、ました……」
駐車場から遠ざかって行く中、皆さんの声も徐々に遠いものとなっていきます。
『マサト……ッ!』
「マサト~……ッ!」
「兄弟……ッ!」
「兄さん……ッ!」
「マサト……必ず、見つけ出してみせますわッ!」
そして、私の大切な、友達の皆さんの声も。
「必ず、必ずですッ! ですからどうか、どうか無事でいてくださいましッ! お願い、お願いですわァァァ……」
最後に聞こえたのは、なんとマギーさんの声でした。必ず見つけるから、どうか無事でいてくれと、そうおっしゃっていました。
そう、ですよね。これ以上、彼女に不義理を働きたくありません。まだ隠していた事も、謝れていないのですから。約束、しますと、声を上げたかったのですが……。
「……さあて。今から色々と準備しなきゃねぇ……レイメイ。さっさと済ませるわよ」
「「はい、バフォメット様」」
「よろしい……おっと、忘れてたわ。じゃ、おやすみなさい、マ、サ、ト、くん……」
バフォメットに手で目の周りを覆われたかと思うと、青い炎が私を襲い、私はそのまま意識を失いました。
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