第206話 魔皇四帝が一人、バフォメット
「……私の勝ちです」
「……………………」
その場に倒れ込んだイザーヌさんに向けて、私はそう声に出しました。
『だ、大丈夫なの、イザーヌさん……?』
「はい、おそらくは」
オトハさんが心配そうに魔導手話をかけてきました。
放った黒炎は、以前イーリョウさんに向けて手加減した時よりも、少しだけ威力が出るようオドを調整しましたので、おそらく亡くなってはいないでしょう。
しかし、相手はプロです。ここから無理矢理にでもこちらに仕掛けてくる事だって考えられます。
慎重に、行かなければ。
「……トドメを刺したりはしません。どんな思惑があったにせよ、貴女は私を助けてくださいました。その点については、感謝しております」
「……………………」
「……しかし。やはり、貴女に着いてはいけません」
私が言葉を続ける中でも、彼女は黙ったままです。
「私は望んでこうなった訳ではありませんが……それでも。こんな私でも、受け入れてくれた人達がいます。私はその人達と、一緒にいたいんです」
そう言って、私はオトハさんとウルさんに目を向けます。
『マサト……』
「マサト……」
「……こうなってしまった私が、今後どうなるのかは解りません。だから、イザーヌさん。もしよろしければ、一緒に考えてくれませんか? 貴女も一緒なら、きっと私も……」
「…………降参」
やがて。私の言葉の途中で、イザーヌさんはそうおっしゃいました。
「…………ここまでした私にすら協力を申し出るとは……本当に、甘い人……いえ。お友達の言葉を借りるなら、優しいと言うべきでしょうか」
「イザーヌさん……」
そうおっしゃる彼女は、少しだけ。本当に口元だけ、笑っているようにも見えます。
「ありがとう、ありがとうございますッ!」
思わず、私はお礼を言ってしまいます。解って、いただけた。その事実が、嬉しかったから。
「…………とりあえず、手を貸していただけないか?」
「はいッ!」
そう言った彼女に向かい、私は歩いていきます。良かった、イザーヌさんとも仲良くできそうで。
こう言うのが、河原で殴り合った後に仲良くなる、というやつなんでしょうか。
『……はっ。お、お母さん、大丈夫ッ!?』
「大丈夫、気を失ってるだけだよ。とりあえず止血の続きを……」
オトハさんと、いつの間に復活したのか、ウルさんは倒れているフランシスさんの容体を診ています。
彼女も無事みたいですね。怪我だけは、どうしようもありませんが。
そう考えている内にイザーヌさんの元に辿り着き、私は彼女に手を伸ばしました。
「自分でやっておいてあれですが、大丈夫ですか? もし厳しければ肩も貸しますが……」
「……………………」
しかし。イザーヌさんは無言でした。表情も、いつの間にか無表情に戻っています。一体、どうしたと……?
「…………本当に優しい……いえ。やはり、甘い、と言うべき」
「な……ッ!?」
『マサトッ!?」
その瞬間。彼女は再びナイフを宙に浮かび上がらせました。
「…………"大剣演舞(ビッグダンス)"」
それらのナイフは集まっていき、一つの大きなナイフとなりました。私は目を見開きます。
「…………任務は、必ず遂行する。このまま、ベルゲン大佐がお待ちの外へ、持っていく……ッ!」
『マサトッ!』
「マサトッ!」
女子のお二方の声が響いた瞬間。その大きなナイフは私に向けて飛んできました。
驚きながらも咄嗟にナイフの柄を両手で掴む事ができましたが、それでも勢いは止まりません。
「なっ、こ、この……う、うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!?」
そのまま私はナイフの勢いに負け、身体ごと飛んでいく事になりました。
やがて背中に強烈な痛みが走ったかと思うと、辺りに破片が舞います。おそらく、扉か何かを破壊したのでしょう。
「ク……ッ! こ、このォォォッ!」
空中で身を捩ってナイフの軌道から自身の身体を逸らした私は、そのまま掴んでいたナイフを離して地面に転がりました。
勢い余ってゴロゴロと何回転かした後、やがてピタリと動きが止まります。
「ゆ、油断した…………」
立ち上がりながら、私は自分の甘さを呪いました。あれだけ任務に忠実だったイザーヌさんが、簡単に心変わりする筈がなかったんです。
全てはこの為の演技……いや、もしかしたら本当にどこか一部はそう思っていたのかもしれませんが。それでも騙された、と言う思いの方が強いです。
「そ、外まで飛ばされてしまうとは…………えっ?」
そして、私は周りの光景に、言葉を失いました。何故ならそこは、見慣れた旅館前の駐車場とは、似ても似つかない有り様だったから。
青い炎に包まれている、周囲一帯。辺りには仮面をしたまま倒れている人国軍人と思われる兵士や魔狼、口から牙を生やした吸血鬼。
あとは。
「……べ、ベルゲン殿。無事でありますかッ!?」
「……なんとか無事ですよ、ノルシュタインさん」
ボロボロの様子で何とか立っている、ノルシュタインさんとベルゲンさん。
「ちっくしょ……何だってんだよ、こいつらはァッ!?」
「ま、まさか懐刀のレイメイまで、き、来てたなんてね……そ、それよりも……」
傷つき、倒れ込みながらも、なんとか立ち上がろうとしているオーメンさんとキイロさん。
「私達にここまで食らいつくなんてすごいね、メイ」
「ホントびっくりだよね。人国軍にもマシなのっているんだね、レイ」
同じような真っ白いゴシックドレスに身を包み、二人で一つの大きな黒いハサミを持っている、二人の魔族の女性。
水色の長髪をなびかせピンク色の瞳を持つ、レイと呼ばれた方。ピンク色の長髪をなびかせ水色の瞳を持つメイと呼ばれた方。
互いに細長く黒い角を持ち、お尻からは悪魔の尻尾が生えていました。
「くっ……ああああ……ッ!」
「こ、これしきでやられて、たまっかよ……ッ!」
「な、何でや……何で、なんや……こ、こんなん……」
「皆さま、気をしっかり持つのでございますッ!」
青い炎の檻に閉じ込められて倒れ込み、苦しそうに声を上げているマギーさん、兄貴、シマオとイルマさん。
そして。
「……あんらぁ。わざわざアタシの前まで来てくれたのか、し、ら? マ、サ、ト、く〜ん」
聞いたことのある声で私を呼ぶ、周囲を焼いている青い炎を纏った、一人の魔族。
一対の長い角を携えた頭は真っ黒のオールバックで、その長さは胸くらいまで伸びている。もみあげとあごひげは繋がっているが、清潔感が漂うくらいに整えられていて、肌は青白く、鋭く尖ったツリ目が楽しげに私を見ていました。
初めて見る魔族です。しかしこの方は、私を知っていました。また私も、初めて見た筈のこの方に心当たりがありました。
この旅行に誘ってくれた、あの人。シマオの家で、彼のお父さんを励ましてくれた筈の、あの人。
「ば……バフォ、さん……?」
「あらあら。ちゃんとアタシって解るのねッ! 嬉しいわぁ〜。で、も。ごめんなさいね〜、それは仮の名前な、の、よ」
コホン、っと一息入れると、この方はニヤーっと顔を緩めて、こう続けます。
「アタシはバフォ……改めて、魔皇四帝が一人、バフォメットよ。魔王の力、黒炎を持ち逃げした悪〜いマサト君。アンタを捕まえに、わざわざ人国まで来てあげたわ。ほらほら、もっと喜びなさ、い、な……アッハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
私がそう口を開くと、バフォさんは……魔皇四帝が一人、バフォメットは笑いました。
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