第205話 私だって、負けません


「"黒炎弾(B.F.カノン)"ッ!」


「…………"守護演舞(ディフェンスダンス)"」


 私の放つ黒い炎の塊を、宙に浮かぶナイフ達が受け止めます。


 しかしそのナイフは、先ほどのオトハさん達の魔法を受け止めた時とは違い、黒い炎に焼かれて焦げ付きながら、床に落下していきました。


「…………これが、黒炎……魔王のみが操れると言われている、地獄の業火……」


 驚きながらも動きは止めないイザーヌさん。そのままこちらへとナイフを投げつつ、距離を詰めてきています。


「"黒炎壁(B.F.ウォール)"ッ!」


 直撃を受ける訳にもいかず、私は防御魔法を展開しました。黒い炎の壁が下からせり上がり、飛んでくるナイフの全てを受け止めます。


(……おそらく、来るッ!)


 黒炎の壁で視界が塞がれましたが、私には何故かその確信がありました。イザーヌさんは、この程度で止まったりはしない、という思いが。


「"黒炎剣(B.F.ソード)"ッ!」


 近接戦になると踏んだ私は、黒炎を長剣状に固めてその柄を握ります。


 その直後。"黒炎壁"を破って、イザーヌさんがこちらに肉薄してきました。


「…………受けなさい。"飛剣演舞(ソードダンサー)"」


「くっ! この……ォ」


 手と腕の動きで舞うナイフを操るイザーヌさんとの打ち合いになります。縦横無尽に振われるナイフを、私は順番に黒い炎の剣で受け止めました。


「オオ、ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 自身を奮い立たせる意味を込めて、私は吠えます。


 ここで、負ける訳にはいかない。でなければ、負傷してまで私を庇ってくれていた皆さんに、顔向けができません。


 兄貴との素振りを、マギーさんとの稽古を思い出しながら、私は必死になってイザーヌさんのナイフに食らいつきます。


「…………部が悪い、か……?」


 そのまま少しの間打ち合っていましたが、不意に、イザーヌさんが距離を取りました。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


「…………腕はそこまででもないが……体力差で押し切れるか。その前に私のナイフが尽きるか……」


 無表情のままに、肩で息をしているこちらを見てくるイザーヌさん。


 彼女の言う通り、技量と持久力では圧倒的に私は負けています。しかし、私には黒炎があります。


 打ち合ったナイフはことごとく黒炎によって焼かれ、その力を失って床に落ちていきました。


 実力では到底及ばない相手。それに対して私は黒炎の性能と威力だけで、彼女と張り合っていました。


「"黒炎弾(B.F.カノン)"ッ!」


「…………厄介な」


 私の放つ"黒炎弾"を、イザーヌさんは回避します。受け止めるとナイフを消費してしまう、という事が解っているからでしょう。


「……諦めてくれませんか? 私は、貴女とは戦いたくないんです」


 回避したイザーヌさんに向けて、私は話しかけます。


「魔族が来てる今。私達で争ったって何の意味もない筈です。私はこの力で、貴女を焼きたくなんかないんです……」


「…………甘い考え」


 それに対するイザーヌさんのお返事は、冷たいものでした。


「…………貴方も士官学校の学生なのでしょう? ならば、任務を遂行する大切さを学んでいる筈。組織は統率が取れていなければならない。ましてや軍人等、人の命に関わる仕事。現場の勝手な判断は許されない。やれと言われた事は、例え死んだとしても完遂させなければならない……それは、ご存知?」


 お話は、士官学校でもよく聞いている話でした。軍人たるもの、命令は絶対。任務を遂行しなければ、多くの人々に危険が迫る可能性がある。


 自分自身が何を背負っているかを考える事、と耳にタコができそうなくらい聞かされていました。


「……それでも。考え続ける事が大切だと、私は人国軍の方から教わりました」


 それでも、私はそこで終わらせたくありません。威勢の良いあの人が教えてくれた、大切なこと。


 諦めないこと、そして考え続けること。


「……私は頭があまり良くありません。考えても考えても解らない事ばかりですが……だからと言って、諦めたり、安易に選んだりはしたくないんです。それはきっと、後悔すると思うから……」


「……………………」


「……だから。私は諦めません」


 無言のイザーヌさんに向けて再度、私は手のひらを向けました。


「考えても解らないなら、解るまで考えるしか、悩むしかありません。考えて考えて悩んで悩んで悩み抜いた後の選択なら……例え間違っていても、後悔だけはしないと思いますから。だから、考え切れていない今、私は貴女に着いていく事はできません」


「…………現実は、そこまで待ってはくれない」


 イザーヌさんが表情を変えないまま、そうおっしゃいます。


「…………考える時間なんてない。悩む暇さえ与えられない。それでも選ばなければならない事なんて、ザラ。短時間で選んで、後悔して、反省して……だからこそ、時には他の誰かの判断に身を任せる。それもまた、一つの生き方。そしてまた一歩、前に進む」


「……なら。考える時間を、意地でも作ってみせます」


 彼女に向けて、私は言い放ちます。


「立ち止まって、悩んで、後悔して……それでも、それでも私は………皆さんの為になると、信じていますからッ!」


『マサト……ッ!』


「マサト……ッ!」


「…………そう」


 オトハさん達の声や魔導手話が聞こえた次の瞬間。そう言うや否や、ナイフを舞わせたイザーヌさんが突進してきます。


「…………貴方の都合等、関係ない。私は私の都合で、任務を遂行するのみ」


「私だって……負けませんッ!」


 そのまま再度、"黒炎剣"と"飛剣演舞"による打ち合いとなりました。


「ハァァァアアアアアアアアアアッ!!!」


 私もまた吠えます。負けない為に。


 ナイフが順繰りに振るわれ、かと思えば規則的に並んで一斉に突きを繰り出してきたりと、攻めのパターンが代わります。


 それに対応するだけでも精一杯ではありますが、


(負け……ません……ッ!)


 私の中には闘志がありました。負けたくないと言う意志。


 言わば、意地。それだけを胸に、ただただイザーヌさんの攻勢に耐え続けます。


(ここで……ッ!)


 相手の攻めを何とか凌ぎ、次の一撃へと移行する若干の間。


「"黒炎墳(B.F.ブースト)ッ!」


 私は魔法陣を展開し、一瞬だけ黒炎を噴くことでその勢いを利用して逆向き、つまりは後ろへと下がりました。


「…………逃がさないッ」


「間に合わせますッ!」


 彼女がこちらへ来るその前に、私は魔法陣を複数展開しました。


「"黒炎槍(B.F.ジャベリン)"、"七星(セブンス)"ッ!」


「…………これは」


 直後。私の頭上に現れたのは、七つの魔法陣。そこからはハルバード状に形作った黒炎が現れ、一斉にイザーヌさんへ向けて発射されました。


「……"守護演舞(ディフェンスダンス)"ッ!」


 その魔法を見たイザーヌさんが、即座にナイフによる防御の陣を築き上げます。


 彼女が守りを固めた後、ハルバード状になった黒炎が七つ、着弾しました。


「…………なッ」


 イザーヌさんが驚きの声を上げています。


 何故なら、私が放った黒炎の槍が一発たりとて彼女にも、そして防御陣を築いたナイフにも当たることも無かったからです。


 私の目的は、攻撃じゃない。


「…………クッ」


 こちらの思惑に気がついたのか、イザーヌさんがほんの少しだけ、焦ったような表情を浮かべていました。


 私の目的は、七つの"黒炎槍"で彼女をその場に釘付けにすること。そして、


「……もう。そこからは逃しません」


「…………こんな、所で……ッ!」


「"黒炎環(B.F.サークル)"ッ!」


「…………ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 逃げ場を封じた後に、地点発生させる魔法で決める事です。


 足元から立ち上った黒炎が、イザーヌさんを包み込みました。

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