第203話 どうでも良いわ、そんな事


『関係ないッ! そんな事関係ないよッ! わたしはマサトが良いのッ! 連れて行かれるなんていやだよッ!』


「そうだよッ!」


 やがて、オトハさんに続いてウルさんも声を上げました。


「魔族だから何だって言うんだよッ! マサトはマサトだッ! 馬鹿でスケベだけど……でも、とっても優しい……マサトなんだッ!」


「オトハ、さん……ウル、さん……」


 お二人の言葉が、胸に染みます。


『わたしは……ッ!』


「ボクは……ッ!」


「『マサトの事が……ッ!』」


「……うるさいわね」


 お二人の言葉を、私を魔法で拘束しているフランシスさんが遮りました。


「アンタらの都合かなんか知らないけど、私には私の都合があるのよ。より良い環境で、第二神の研究をするって言うね。古より伝わる、神と称される存在……その本質を、起源を知りたい……それが私の目的」


「…………では、そのままこちらへ」


 彼女の言葉を聞いたイザーヌさんが、私を持って来いと手招きをします。


 それに合わせて、フランシスさんが拘束魔法を動かします。


「……"操作(マニュアル)"」


「ク……ッ!」


 かと言って。私もこのままおめおめと捕まる訳には行きません。ここは少し手荒になってしまいますが、黒炎で拘束を解いて……。


「"黒炎(B.F)"……」


「"冥府の呪縛(ハデスバインド)"」


「な……ッ!?」


 しかし私が黒炎を放とうとしたら、フランシスさんが魔法陣を展開し、そこから黒いロープが現れました。


 それが私自身巻きついた途端、身体中から力が抜けていきます。これは先ほども、そして以前魔狼の兵士にも使った、あの魔法……。


「私のオリジナル魔法よ。巻きついた対象の体力を奪う、衰弱と拘束を一回で行える魔法。便利でしょ?」


「…………重畳。フランシス=トレフューシス」


 そのまま力が入らなくなった身体を持っていかれ、私はイザーヌさんの前でロープから降ろされました。


『マサトッ!』


「マサトッ! しっかりしてよッ!」


 オトハさんとウルさんの声が聞こえてきますが、"冥府の呪縛"によって体力を奪われた所為で、本当に力が入りません。


 酷い疲労感に襲われており、いっそ寝てしまいたいくらいでした。


「…………約束が履行されましたことは、ベルゲン大佐にもお伝えさせていただきます。これで、取引は全て完了したと」


「……あっそ。んじゃ、私への資金援助もよろしく」


「…………取引の通りに」


 イザーヌさんは手短にそう告げました。


「クッ……ああもうッ! 何よこの"呪縛(バインド)"の構成!? ぐちゃぐちゃじゃないのッ!」


 アイリスさんもフランシスさんが展開した"呪縛"を解けないでいます。


『"光弾(シャインカノン)"ッ!』


「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


 光の檻に閉じ込められたオトハさん達が魔法を使ってそれを破ろうとしますが、ビクともしていません。


 必死になって檻を叩いているお二人の姿を、私は力なく見ている事しかできませんでした。


 もう、駄目、なのでしょうか……?


 このまま私は訳もわからないままに、ベルゲンさんの所に連れて行かれる。しかも。人間に戻れなくなったこの姿で。


 い、いやしかし、相手はあのベルゲンさんです! あれほど私に良くしてくれたあの人なら、そんな酷い事には……。


「イザーヌッ! 貴女は戦争なんか嫌じゃないのッ!? ベルゲン大佐がマサト君を連れていけば、確実に戦争になるッ! それぐらい解るでしょッ!?」


 しかし。そんな私の淡い期待は、アイリスさんの言葉で吹き飛ぶ事になりました。


 ベルゲンさんがこの私を連れて行ったら、戦争が起きる……? それは、どういう……?


「なんでアンタ程の人が戦争推進派筆頭のベルゲン大佐の下にいるのかは知らないわッ! でもッ! 昔一緒にご飯した時は、戦争なんて終わらせようって話したじゃないッ! それが、どうして…………?」


「…………人は、変わるのよ。アイリス」


 アイリスさんの悲しげな叫びに、イザーヌさんは表情を変えないままに応えました。


「…………私は、戦争を終わらせる為に、戦争をする。このまま停戦が続こうが、いずれ魔族との関係性の破綻は明らか。歴史が、それを証明している……ならいっそ、滅ぼしてしまえば良い。戦う相手さえいなくなれば、もう争う事はないから」


「そんな考え方で平和になる訳ないでしょッ!?」


 再び、アイリスさんは叫んだ。


「戦争してできた国はもう戦争しかしないッ! 敵がいなくなれば新たな敵をッ! 周囲に敵がいなくなれば今度は内戦をッ! それも歴史が証明しているわッ!? 争いは争いしか生まないッ! 貴女ならそれくらい解るでしょうッ!?」


「……………………」


 彼女のその言葉に。イザーヌさんは何も言いません。


 代わりに懐からナイフを取り出すと……ま、まさかッ!?


「…………私は信じて任務を遂行するのみ。例えそれが……同期と対立することになっても」


「ガ……ッ!?」


 それをアイリスさんに向けて投擲しました。真っ直ぐに飛んでいったそれは、彼女の太ももに突き刺さります。


「アン、タ……これ…………」


「…………殺しはしません。少しの間、眠っててください……アイリス……」


「……イザー……ヌ…………」


 そうして、アイリスさんは気を失いました。ナイフが刺さった太ももからは血が出ていますが、あの位置なら致命傷ということはない筈です。


 彼女の様子を見届けたイザーヌさんは、黙ったまま再度、私を担ぎ上げようとします。


『マサトッ!』


「マサトッ!」


 オトハさん達に名前を呼ばれる中。グッタリとした私はイザーヌさんによって持ち上げられて、








「……"呪縛(バインド)"、"操作(マニュアル)"」







 突如として光のロープによって身体を拘束され、そのまま引っ張られていきました。


「…………な……ッ!?」


 遂にその無表情を崩し、驚愕の表情を浮かべたイザーヌさんが遠ざかっていく中。


 私はそのまま下着の上に白衣だけを着た彼女の足元まで運ばれていきました。


『お母さんッ!』


「ふ、フランシスさんッ!?」


 オトハさんとウルさんが歓喜と戸惑いの声を上げています。私を引っ張ってきたのは、フランシスさんでした。


「…………どういうつもり、フランシス=トレフューシス?」


「……別に」


 表情を戻したイザーヌさんが、厳しい視線をフランシスさんに向けています。


「……アンタらとの取引は、もう完了したんでしょ? なら、この後は私の好きにしても、問題ないわよね?」


「…………そんな詭弁を……ッ!」


 顔こそ無表情でしたが、イザーヌさんが憤っているのは声色で感じました。


 やがてフランシスさんは、オトハさん達を拘束していた魔法も解きます。


『マサト、大丈夫!? お母さんッ! 本当に、本当にありがとうッ!』


「い、一体全体、何がどうなってるのよ……?」


「良いからッ! お母さんは早く逃げてッ! ボクなら大丈夫だからッ!」


 "六角呪縛ノ檻"から解放され、オトハさんはフランシスさんの、倒れている私の所に。ウルさんは自分のお母さんを退避させるよう促しています。


「…………貴女の経歴は調べた、フランシス=トレフューシス。自身の娘を何年も監禁し、無理矢理教育させていた、と……そんな貴女が、今更母親気取り?」


「……どうでも良いわ、そんな事」


 不満とも挑発ともとれるイザーヌさんの言葉を、フランシスさんは一蹴します。そのまま手を真っ直ぐ前に向けて、魔法陣を展開しました。


「"冥府の呪縛(ハデスバインド)"、"操作(マニュアル)"」


「…………その手は食らわない」


 体力を奪い、そのまま拘束するという漆黒のロープを展開する魔法。それを"操作"で自在に操り、イザーヌさんを拘束しようとするフランシスさん。


 対してイザーヌさんは、それを掻い潜ってこちらへと接近していました。


「させないッ!」


「…………邪魔を」


 それを妨害しようと前に出たのは、ウルさんでした。魔狼達が持っていた手甲を身につけており、こちらへ向かってきているイザーヌさんとの打ち合いが始まります。


 い、いつの間にかっぱらったんですか……? ホントに抜け目のない……。


『援護するよウルちゃんッ! "光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


「……"冥府の呪縛(ハデスバインド)"、"操作(マニュアル)"」


 その後ろからは、オトハさんとフランシスさんの親子での援護が入ります。


 フランシスさんの魔法の腕は言うまでもありませんし、彼女に教えられたオトハさんもかなりの使い手です。


 ウルさんが前衛を張ってくれているお陰で、彼女達も存分に魔法を使えています。


 少しは私も回復してきましたし、このまま……。


「…………民間人相手に、これを使う事になるとは」

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