第197話 彼女の選択と一安心……?


「攻撃を止めろ、人国軍。そっちのエルフ達もだ。理由は、言わなくても解るな?」


「……魔狼部隊も落ちたものね」


 あと数名となった魔狼の一人が、そう告げてきます。何故か、なんて聞くまでもありません。


 下手をすれば、ウルさんのお母さんが酷い目に遭ってしまうのですから。


 そんな中、アイリスさんは両手を上に上げながら、そう呟いていました。


「民間人に手を出すなんて……あの有名だった魔狼部隊も、そこまで腐ったのかしら?」


「……黙れ。我らはただ、任務を遂行するのみ」


 やがてアイリスさんは、彼らが取り出したロープで身動きが取れないように縛られてしまいました。


 オトハさん達も展開していた魔法を解除しています。


「エルフ二人も大人しく両手を上に上げろ。妙な真似をすれば、この人間の命はない……」


『お、お母さん……』


「…………ホント、面倒だわ……」


 悪態をついているフランシスさんとオトハさんも、魔狼らによって縛り上げられてしまいました。


「……そして先ほど声を上げた階段の上にいる奴ッ! 出てこいッ!」


「ッ!?」


 魔狼達に怒鳴られて、私は身をビクッと振るわせました。


 耳が良い魔狼族の方々です。おそらく、先ほどのウルさんの声を聞かれてしまったのでしょう。


「ウルさ……」


 私が声を出そうとした時に、ウルさんに口を塞がれました。


「……ボクが、行ってくるから……」


 彼女はそう言うと、ゆっくりと階段を降りていき、一階にいる彼らの前に姿を現しました。


「貴様、魔狼……では無いな。半魔か」


「チッ、んだよ……ん? こいつ、人質と似てないか?」


 残った彼らの中にも、ハーフの方を半魔と呼んで蔑んでいる輩がおりました。それを聞いたウルさんは、拳を握りしめています。


「…………離、してよ……」


 そしてウルさんは、震える声で恐る恐る、そう口にしました。


「あん? 何か言ったか半魔?」


「離してよ……」


「なんだコイツ? 一体何の事言って……」


「離してよッ! ボクの……ボクのお母さんを離してよッ!!!」


「ッ!?」


 魔狼との少しのやり取りの後に、ウルさんはそう叫びました。それを聞いたウルさんのお母さんが、目を見開いています。


「お母さんだぁ? オイオイそれって……」


「人質のこいつ……半魔の母親って事か。似てるとは思ったが……」


「そうだよ……ボクの……ボクのお母さんなんだよッ!」


 やがて、ウルさんは頭を下げました。


「ウル、リーカ……?」


 彼女の言葉を聞いたウルさんのお母さんも、声を震わせていました。


「人質なら、ボクが代わるから……だから、お母さんを……離して、ください……お願いします……お願いしますッ」


「……関係ねーなァッ!」


「……おい」


 すると。一人の魔狼が仲間の静止を振り切って、ウルさんの元にツカツカと歩いてきました。


「親子だか何だか知らねーが、こちとら半魔なんざの言う事を聞いてやる義理はねーんだよッ!」


「あああッ!?」


 そして、ウルさんの顔を思いっきり引っ叩きました。


『ウル……ちゃ、んッ!』


「ちょっとッ! その子はまだ子どもなのよッ!?」


 縛られていて上手く魔導手話できないオトハさんと、抗議の声を上げるアイリスさん。


 叩かれたウルさんは頬を抑えながら床に倒れ込みました。それでもめげる事なく、彼女はそのまま土下座の態勢に入ります。


「……ボクは、どうなって良いです……所詮ボクは……半端者……なん、だから……だから、お母さんだけは……助けて、ください……お願いします……」


「なん、でよ……ッ!?」


 やがて声を上げたのは、ウルさんのお母さんでした。


「何でアンタがそこまでしてんのよッ!? 私がアンタに何したか忘れた訳!? なのにどうして……」


「……それ、だけじゃ、ないから……」


 自身のお母さんの言葉を遮ったウルさんは、そう言いながら泣いていました。ポタポタと、涙が床に落ちています。


「確かにお母さんはボクを怒鳴りつけてたし……ボクを置いて、出て行って……挙げ句、新しい家族を作ってるかもしれないけど…………それ、でも……それだけじゃ、ない、から……ボクと一緒に、遊んでくれた……買い物行って、ワガママ言ったボクに、欲しい物を買ってくれた…………ボクを……育てて、くれた…………愛して、くれた…………ボクの、たった一人の、お母さんだから……ッ!」


「ッ!?」


 涙ながらに、ウルさんはそうおっしゃいました。お母さんが、ハッとしたかのような表情をされています。


 辛い思いをしました。捨てられたんだと泣いていました。それでも……ウルさんは、以前ご自身で言っていたように、お母さんを憎み切れていませんでした。


 それだけではないから。キチンと愛情を持って、育ててくれた時もあったから。悪い思い出だけじゃないから。そう言う、事なのでしょうか。


「……あ、あれ?」


 そんな彼女の悲痛な叫びで、場が少し静まり返った時。私は側にいた筈のイザーヌさんの姿がない事に気がつきました。


 先ほどまですぐ近くにいた筈の彼女は、一体何処へ……?


「グアッ!?」


「な、なんだこのナイフはギャァァァッ!?」


 すると突然、複数いた魔狼達全てに向けて天井からナイフが降り注いできました。


 頭や胸といった急所に鋭く薄い鉄の刃が突き刺さって、彼らが悲鳴を上げます。


 何事かと上を見てみると、いつの間に動いていたのか、天井裏からイザーヌさんが降り立ちました。


 そして人質を取っていた魔狼に容赦なく、短い刃物その胸に突き立てています。


「ガッハ……ッ!?」


「…………制圧完了。お怪我はありませんか?」


「は、はい……」


 無表情のまま安否の確認をするイザーヌさん。戸惑いながらも無事を伝えている、ウルリーカのお母さんです。


「……もー! イザーヌはいっつも相談も無しに、勝手に動くんだからッ!」


「…………これが最良と判断したまで」


「……そ、そうよ、ウルリーカッ!」


 アイリスさんの愚痴か褒め言葉かわからないそれに、いつも通りの調子を崩さないイザーヌさん。


 そしてウルさんのお母さんは、ハッとして跪いていたウルさんの元に駆け寄りました。


「お、お母さ……」


 顔を上げたウルさんの言葉が途切れます。何故なら、ウルさんのお母さんが、彼女を強く抱きしめたからです。


「ごめん……ごめん、なさい……こんな……こんなお母さんで、本当に……ッ!」


 泣きながら、お母さんはウルさんを抱きしめています。それを見たウルさんも彼女を抱きしめ返し、そして泣いていました。


「う、ううう……ッ! お母さん……お母さんッ!!! う、うわぁぁぁああああああああああああんッ!!!」


「ウルリーカ……ウルリーカ……ッ!」


 よ、良かった。まだ他にもいるかもしれませんが、とりあえず見えていた魔狼は全て倒せましたし、オトハさんやアイリスさん、フランシスさんにも酷い怪我なんかもなさそうです。


 更には、ウルさんもお母さんと仲直りできました。


 怒涛のような出来事の数々に脳内の処理が追いつかないかと思いましたが、とりあえずは、何とかなったのですね。


「……そう言えばお母さん。さっきボクと会ったレストランで一緒にいた人達は……?」


「……あれは私の従兄弟の兄さんと、その子どもよ。新しい家族とかじゃないわ。気晴らしに一緒にどうかって、誘われてここに来たんだけど……」


「……んじゃ、イザーヌ。これ、さっさと外してくれない? 関節外しても解けない縛り方されててさ。ウルちゃんでも良いから……」


 ウルさんがお母さんに事情を聞いている中。安堵した声色で、アイリスさんがイザーヌさんに話しかけていました。


 関節外してもって、もしかして既に試されたのでしょうか。流石は現役軍人さんです。


「……………………」


 しかし、何故かイザーヌさんは無言でした。


 そしてアイリスさんの方やその周囲を、ゆっくりと眺めています。


 一体、何なのでしょうか?


 すると彼女は不意に遠話石を取り出し、通話を始めました。


「…………対象を確保できる状況と判断しました……はい、はい。いえ、正面は危険と思われますが…………承知いたしました。では、正面より……はい」


 一体どなたとお話されているのか。そんな疑問を持っていたら不意に、イザーヌさんが私の方を見てきました。


「…………これより確保に入る」

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