第196話 捕らわれたのは
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ! 今よ、イザーヌッ!」
「…………了解」
「ク……ッ! 人国の、雑兵如きがァッ!!!」
旅館の裏口を目指している私達は、現在建物内部にいた魔狼の兵士と戦闘中です。
まあ、私達とは言っても、基本的にはアイリスさんとイザーヌさんが対応してくれているのですが。
「……………………」
「グハァッ!?」
顔色一つ変えないまま、イザーヌさんは魔狼にナイフを突き立てます。
腹部にナイフが刺さった魔狼が声を上げた瞬間。彼女はそのナイフを抜いて、その魔狼を縦横無尽に切りつけます。
「う……ッ」
「ッ……」
「う、うえええ……」
「ちょっと、イザーヌッ!」
切りつけられた魔狼から血が吹き出し、むせ返りそうな臭いが広がって、私達は口元を押さえました。
それを見たアイリスさんが声を上げています。
「子どもの前で何してんのよッ! 一撃入れられたんなら、縛っておけば良いでしょッ!?」
「…………そんな時間はない。脱出を目指すなら、さっさと殺すべき」
「それはッ、そうだけど……ッ!」
「だ、大丈夫ですから、アイリスさん……」
何とか戻さずに済んだ私は、アイリスさんに話しかけました。
「これくらい……大丈夫です、からッ」
そうです。いずれは人国軍に入る為に、戦場に出る為に、私達は勉強しているんです。血が流れて当たり前の世界に、私は向かおうとしている。
いずれは戦争を終わらせる為に……こんなところでヘバッている訳にはいかないんです。
「……そうは言っても顔色悪いわよ、マサト君。とりあえず、ここから動きましょう。私もあんまり長居したくないし……女子二人も、辛かったら言うのよ?」
『だ、大丈夫、です……』
「な、何とか、ね~……」
オトハさんもウルさんも、口ではオッケーと言っておりますが、その顔は青ざめていました。私と同じで、あまり慣れていないみたいです。
そのまま一階へと続く階段を降りていこうとした私達ですが、一階のロビーで何やら騒ぎが起きていました。
「"冥府の呪縛(ハデスバインド)"」
「な、何だこのエルフ……ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ぁ」
「……ったく、何だってのよ」
バレないようにこっそりと下を覗いてみると、そこには剣や手甲で武装した複数の魔狼達相手に一人で立ち向かっている女性がいました。
緑色の長い髪の毛で片目を隠し、尖った耳を持ち、下着の上に白衣だけを身に着けているナイスボディのあの方は。
『お母さんッ!』
オトハさんのお母さん、フランシスさんでした。
彼女の後ろには、以前エルフの里で私達が捕らえられた時と同じ、鳥かごのような形の光の檻が展開されていました。その中には怯えた表情のお客や従業員といった方々が身を寄せ合っています。
「ん? ……ああ、無事だったの……」
『お願いです、お母さんを助けてくださいッ!』
「任せてッ! 私が行くわ。イザーヌはこの子達をお願いッ!」
「…………了解」
『わたしも援護しますッ!』
状況を確認したアイリスさんが加勢しに動き、オトハさんも助けを入れる構え。
私も何か手伝いを、とは思いましたが、オトハさん程魔法を自由自在に操れる訳でもない為、ここは周囲の警戒だけにしておきましょう。
あとは単純に、魔狼達が私を狙っているという事で、あまり姿を出したくないと言うのもありましたが。
そんな訳で、私とウルさんは下からなるべく見えない位置に身を隠し、イザーヌさんがその周囲の警戒をする形となりました。
「……んじゃ、あとよろしく」
「いやアンタも手伝ってよッ!」
「……ハァ」
やがて、アイリスさんがフランシスさんの元にたどり着き、魔狼達との戦闘に入りました。
「援護頼んだわよッ! ハァァァッ!」
「『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"』」
アイリスさんが声を上げて魔狼達との距離を詰めていき、フランシスさんとオトハさんの魔法がそれを援護します。
親子で揃って同じ魔法を繰り出します。バレーボールくらいの大きさの光の球を、まるで手足であるかのように操っていました。
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
『やらせませんッ!』
「……精度悪いわね」
接近するアイリスさんに魔法が放たれますが、お二人が操る"光弾"が全て受け止めてしまいます。
「ハァァァッ!!!」
肉薄したアイリスさんが、魔狼達と打ち合い始めました。彼女が拳での連撃を見舞い、魔狼の一人がそれを捌いています。
「貰っ……」
『させないッ!』
「隙ありね」
「グハァッ!?」
殴り合うアイリスさんを取り囲もうとしている他の魔狼ですが、それをさせないのがオトハさんとフランシスさんです。
少しでも目を逸らした相手に見逃さず、的確に"光弾"を入れています。
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
「しま……ッ!」
しかし、敵の魔狼の一人が隙を見てフランシスさんに向けて"炎弾'を放ちました。アイリスさんが焦ったような声を上げています。
彼女が操る"光弾"は他の魔狼の対処をしていたので、このままでは間に合いません。
「え、援護しませんとッ!」
「間に、合わせるよ……ッ!」
それを見た私とウルさんが魔法陣に描き始めましたが、フランシスさんに「必要ないわ」と拒否されました。
「アンタらの"炎弾"はもう解析済みよ。"封魔(キャンセル)"」
すると。フランシスさんは"光弾"を操ったまま、もう一つの魔法陣を展開しましたええええええええッ!?
「う、嘘、です…………」
「ど、同時発動ッ!? そ、そんな事が……」
私とウルさんの驚いている内に、フランシスさんは展開した魔法陣で放たれた"炎弾"をかき消してしまいました。
「…………戦闘時の"封魔(キャンセル)"の使用だけではなく、同時発動という高等技術すら可能とは……あの方
一体……?」
無口なイザーヌさんですら、感嘆の声を上げていました。
『わたしの、お母さんですッ!』
「……つべこべ言ってないで、さっさとやるわよ」
嬉しそうなオトハさんに対して、フランシスさんは面倒くさそうにお返事されていました。
「……………………」
そしてそれを、ウルさんが羨望とも嫉妬とも取れそうな、なんとも言えない表情で見ていました。
「ウルさん……」
「……ううん。ありがと、マサト。ボクは大丈夫だから……」
「まず一人ッ!」
その間にも、アイリスさんが一人の魔狼を殴り倒しています。他の魔狼らも、オトハさんとフランシスさんの"光弾"で、だいぶ数を減らしていました。
「きゃぁぁぁああああああああッ!」
「動くなッ!」
このまま押し切れるかと思ったその時。女性の悲鳴が上がりました。何事かと目を向けてみると、魔狼の一人がお客らしい人間の女性を一人捕まえ、首元に刃物を当てています。
人質、ですか。しかも、褐色肌に白い髪のあの方は……ッ!
「ッ!? お、お母さんッ!?」
先ほどレストランでウルさんと言い合いの喧嘩になっていた、彼女のお母さんでした。
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