第194話 優先される命令
「覚悟するのであります!」
「それはこちらのセリフだッ!」
何とか旅館にたどり着いたわたくし達。道中ではもう一度、魔狼の兵士に襲われましたが、イルマが対処してくださいました。
本当に、これがあの駄メイドなのか。わたくしは未だに信じられておりませんわ。
そして、信じられていないものがもう一つ。
「な、なんだ、あれ……?」
「ば、バケモンやわァ……?」
男子二名が声を上げているのも、無理はありません。遠巻きに見ているものではありますが、旅館の出入り口の竜車を停める駐車場で戦われている、お二方の戦い。
片方はノルシュタインさんですわ。人国軍の大佐の位にある、"消える人間"の異名を持たれている強者。彼の武勇伝は、少し調べたらワンサカ出てきますわ。
対して、彼に立ち向かっている魔狼。あれは……。
「……あれが、魔国の魔狼部隊の部隊長。以前、お嬢様から調べて欲しいと頼まれたでございます、ヴァーロックという魔狼でございます」
「あれ、が……」
ノルシュタインさんと戦っているのが、件のヴァーロックと言う魔狼でしたわ。茶色の毛並みを持つ狼の頭部と、人間の身体を持った魔族。
そんな彼は、"消える人間"と称されているノルシュタインさんと、互いに抜刀した剣を使い、互角の戦いを繰り広げておりました。
「"炎弾(ファイアーカノン)"、でありますッ!」
「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」
やがて距離を取ったお二方が始めたのは、士官学校でもよくお見かけする魔法戦。しかしそれは、わたくし達のような一介の学生とは、質が違いました。
速さも、精度も、そして威力も……どれ一つを取っても、わたくし達では足元にも及ばないでしょう。
「……貴様とまともにやり合うのは、初めてかもしれんな……人国軍、ノルシュタインッ!」
「こちらこそッ! こうして相見えるのは初めてかもしれませんでありますッ! 魔国軍、ヴァーロック殿ッ!」
そして再度距離を詰め、戦いは再び剣戟へと移行します。
「貴様が出てくる戦いには良い思い出がないが……いつも真正面から向かってくる貴様には、ある種の敬意があったぞッ!」
「それはこちらとて同じなのでありますッ! ヴァーロック殿がおられる戦いは、生半可な覚悟では臨めませんでしたッ! しかしッ! ヴァーロック殿との戦いには、私も年甲斐もなく熱くなっておりましたッ!」
振われる剣の息吹が、ぶつかり合う音が、離れているわたくしらの元まで届きそうな、激しい打ち合い。
「あれが……プロの、剣……ッ」
野蛮人も、その光景を目に焼き付けようとしているのけ、食い入る様に戦いを見ています。
それはわたくしとて同じですわ。自分よりも強い者同士の、互いに本気での剣の打ち合い。こんなもの、早々お目にかかることではありませんわ。
「どうしたノルシュタインッ!? "消える人間(バニッシュ)"と言われているお前の力、見せてみろッ!」
「そちらこそッ! 魔狼部隊長として名高いヴァーロック殿ともあろう者が、出し惜しんでいらっしゃるのではありませんかッ!?」
しかも、互いに奥の手をまだ隠し持っているご様子です。
「援護します隊長ッ!」
「ッ!?」
「「「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」」」
しかし、ノルシュタインさんがお一人なのに対し、相手はヴァーロックだけではありません。
魔狼族の部隊はノルシュタインさんの周囲におり、彼らは一斉に彼に向かって魔法を放ちました。
無数の"炎弾"が、彼を襲います。
「て、手助けせねばッ!」
「いけませんでございます、お嬢様ッ!」
思わず身を乗り出しそうになったわたくしを、イルマが止めます。
「あの部隊に気づかれたら、ワタシ一人では皆様を守りきれないかもしれないのでございます! 行かせはしないのでございます」
「し、しかし、あのままではノルシュタインさんが……」
「お、おいあれッ!」
すると、野蛮人が声を出しました。わたくしが再度彼らの方を見ると、ノルシュタインさんの瞳が碧く輝いているのが見えます。
あれ、あの方、黒い瞳だった筈では……?
「"刹那眼(クシャナアイ)"ッ!」
そして次の瞬間。ノルシュタインさんの身体が消えましたええええええッ!? ど、どちら、に……?
見失ったかと思えば、ノルシュタインさんは"炎弾"が飛んできた場所とは違う所にいらっしゃいました。い、いつの間に……?
「……この目で見たのは初めてだが、それが貴様の力か、ノルシュタイン」
ヴァーロックが感心したかのような声を上げております。何という、方なのでしょうか。
速いとか、そう言った次元ではなかったような気がするのですが……。
「……お恥ずかしい限りでありますッ!」
そう言っておりますノルシュタインさんですが、まったく油断はありません。しかし、一対多という見て解るくらいの不利な状況。
いくらノルシュタインさんにあの不思議な力があるとは言っても、あの劣勢を覆すことはできるのでしょうか。何か、力になれることは……。
「……何者だッ!?」
「ゲェッ!?」
「き、気づかれたでッ!」
「ッ! 皆様、ワタシの後ろにでございますッ!」
しかし、そんなわたくしの気遣いの前に、魔狼の一人にこちらの存在に気づかれてしまいました。
それに呼応して他の部隊員が、ヴァーロックが、そしてノルシュタインさんがわたくし達の姿を目にします。
「ッ! マグノリア殿ッ!? 他の皆様まで……ッ!」
「援軍か……? いや、そうでもなさそうだが……余計な邪魔をされる前に始末せよッ! 我々は命令を遂行するのだッ!」
「「「ハッ!!!」」」
そして、ヴァーロックの声の後に、複数名の魔狼がこちらへと向かってきます。
「ワタシが食い止めるでございますッ! どうか皆様ッ! その間にお逃げくださいでございますッ!」
それに立ち向かうのは、イルマでした。手に針を持ち、そう言い残すと魔狼達へと向かって走り出しました。
「イルマッ!?」
「クッ……そうはさせないでありま……」
「……"刹那眼(クシャナアイ)"、だったか。どうやら、乱発はできないみたいだな。貴様の相手はこの私だ、ノルシュタインッ!」
向こうではノルシュタインさんがこちらの援護に来ようとしましたが、ヴァーロックに行く手を阻まれております。わたくしはメイドの名前を呼びました。
「イルマッ! 戻りなさいッ! 命令ですわッ!!!」
「残念ながら、お嬢様をお守りするというご主人様の命の方が優先されるのでございますッ!」
「駄目ッ! 駄目ですわイルマッ! 貴女までいなくなって、わたくしを一人にするおつもりですのッ!?」
「……………………」
わたくしのその叫びは、果たしてイルマに届いたのでしょうか。彼女は何も返事を返してくれないまま、やがて魔狼らがぶつかり合って……。
「ッァァァ……!?」
「イルマァァァッ!!!」
二、三名の魔狼に膝をつかせたところで、一人の魔狼の剣が、イルマの下腹部、太ももの付け根に近い辺りを貫きました。
「メイドのねーちゃんッ!!!」
「メイドさァァァんッ!!!」
その瞬間。わたくしは、野蛮人は、変態ドワーフは呼びます。彼女の、イルマの名前を。
「ワタ、シは……ご主人様の……お嬢様の……メイドで、ございます……ッ!」
すると、彼女は刺してきた魔狼を蹴りで引き剥がし、刺さった剣を抜きました。
ボタボタと血が流れる中でスカートを翻したかと思うと、その手に大量のは針を持っておりました。あ、あんな数を、スカートの内側に……?
「舞え……"鋭針舞踏(えいしんぶとう)"……でございますッ!」
その針の全てを魔狼らに向けて縦横無尽に投げ放ちました。その針を放る彼女の姿は、まるで何かの舞のよう。
「「「グァァァアアアアアッ!?」」」
その針は周囲にいた複数の魔狼らに突き刺さり、彼らに膝をつかせました。
や、やったの、ですか……?
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