第195話 今、行きますわ
「ァ…………」
しかし、膝をついている魔狼達の前で、イルマは倒れ伏してしまいました。流れ落ちている血が、彼女の状態が酷いことを如実に示しています。
「い、イルマァァァッ!!!」
「く、クソがよッ!!!」
「め、メイドさんッ! しっかりしてやァッ!!!」
わたくし達三名はたまらず、イルマの元へと駆け寄りました。
魔狼も倒せた今であれば、彼女を助け起こすこともできることでしょう。早くしなければ、取り返しがつかない事に……。
「ッ! 駄目でありますッ! 魔狼達は、まだ……ッ!」
「そうだ……我が部隊員は、この程度で終わりはせんッ!」
しかし。ヴァーロックとの剣戟を続けいているノルシュタインさんから、そんな声が上がりました。
そして、続けざまに放たれたヴァーロックのその言葉と共に、幾人かの魔狼達が立ち上がりましたわ。
な、何故、ですの……イルマの毒入りの針は、効いている筈では……?
「……おい、無事か?」
「ああ……一部毒が効いちゃいるが……全ての針に毒を付与する暇はなかったみたいだな……もう、動けるぜ」
「なら……向かってくるガキ共も、全て始末するッ! 任務の為にッ!」
声を上げた魔狼達が刺さった針を払い落とすと、こちらへと向かってきます。
わたくし達は慌てて立ち止まりましたが、時既に遅し、という奴でした。
自分たちで先ほどよりも距離を詰めてしまった今ではもう、ここから逃げ始めようと逃げ切ることはできないでしょう。
「し、しま……ッ!」
「く、クソがァ……ッ!」
「な、なんで無事なんやお前らァッ!?」
それでも、わたくし達は引き返そうとしました。ここでやられてしまえば、それこそイルマは何の為に身を挺したのか。
彼女の頑張りも無駄にしない為にも……と意気込んだは良いものの、あっという間に距離を詰められてしまいます。こ、こうなれば……ッ!
「野蛮人ッ! 変態ドワーフッ! やりますわよッ!!」
「おうよッ! やるっきゃねぇッ!!!」
「メイドさんの仇は、ワイらが取ったるッ!!!」
わたくし達は自身の得物を構えました。向かってくる相手は三名。全員手甲をはめており、人数もちょうどこちらと同じですわ。
一人あたり一名で……なんとしても切り抜けてみせますわッ!
「ハァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」
わたくしは声を上げて、迫りくる魔狼へと突進します。まずは……一撃ですわッ!
「"花は岩を穿つ(アパスブロー)"ッ!!!」
突進の勢いと全体重を乗せたわたくしの突きの一撃を見舞いました。
出し惜しみはいたしませんわ。わたくしにできる全てを持って、必ずこの魔狼を退けてみせますッ!
しかし、そんなわたくしの意気込みは、
「甘いんだよッ!」
「な……ッ!?」
あっさりと魔狼に受け流されてしまいました。そ、そんな……わたくしの一撃が、こんなに……。
「オラァァァッ!」
「ふぁ、"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」
「ク……ッ!」
咄嗟に空いている左手で魔法を放ちます。魔狼は炎の直撃を避けて距離を取った為、わたくも難を逃れることができました。
現在、わたくしの射程のギリギリ外の所で、魔狼と向かい合っております。
い、イルマの容態が心配で、急がなければならないというのに……そういう焦りの気持ちもあったのか、わたくしは再度、魔狼に向かっていきました。
突きによる点での攻撃が駄目なら……面で攻めますわッ!
「"花はここに散る(フォールアウト)"ッ!!!」
一人で多人数すら相手が可能な乱撃の技。これなら如何に魔狼とて、無事では済みませんわ。
そう思い、わたくしは木刀による乱撃をそのまま相手にぶつけようとしましたが、
「……そこだッ!」
「ッ!?」
振るった木刀の一撃見切られ、白刃取り、という奴でしょうか、向こうの両手で木刀を掴まれてしまいました。
「そん、な……」
「フンッ!」
「あああああああああッ!!!」
掴まれた木刀をあっさりと捨てられ、無防備となってしまったわたくしは咄嗟に魔法を放とうとしましたが、
「遅ェッ!!!」
「ゲホッ!? グア……ッ!?」
流れるような動作にお腹に拳の一撃をもらい、身体がくの字に折れ曲がったその時に、後頭部に対して肘の一撃を入れられました。
一瞬、視界がブレたかと思うと、わたくしはそのまま地面に倒れ伏してしまいます。ち、力が、入りません、わ……。
「……トーシロって訳じゃなかったが……ま、こんなもんか。おい、そっちはどうだ?」
わたくしを倒した魔狼が、首を捻って周りをみております。
その目線の先を追うと、他の魔狼の兵士と打ち合っている野蛮人の姿がありました。
「ク……ッ! このぉ……ッ!」
「ハッ! 結構やるじゃねーかガキッ!」
野蛮人が木刀を必死に振るっておりますが、対して魔狼は余裕そうにそれを捌いておりました。
まるで、いつぞやのキイロさんとの戦いのようですわ。猛攻をしかけている野蛮人ですが、相手の守りの牙城を全く崩せておりません。
「チィ……ッ!」
大きく舌を打った野蛮人が距離を取り、腰に自身の木刀をしまいます。あの構えは……。
「"流刃一閃"ッ!!!」
そして、腰に刺した木刀の抜く間髪を入れずして繰り出す、居合の一撃を見舞いました。
一撃必殺の、あの技。木刀とは言え、野蛮人も相当な馬鹿力です。これなら、
「グ……ッ! ……やるじゃねーか、ガキがよぉ」
「く、クソが……グハァッ!」
でも、その一撃も相手の手甲に阻まれてしまいました。全く効いてないことはなさそうですが、かと言ってそれで相手を倒せる程の威力はない。
そのまま野蛮人も拳を顔面に受け、倒れてしまいます。
「オラァァァッ!!!」
「あっぶなッ!?」
更に向こうでは、変態ドワーフがご自慢のハンマーを振り回していました。
野蛮人に匹敵する単純な馬鹿力だけではなく、質量をも併せ持つあのハンマー。一度持たせていただきましたが、まあ重いこと重いこと。
あの一撃を喰らえばタダでは済まないと解っているのか、わたくし達とは違い変態ドワーフの攻撃は受け止められる事はなく、ひたすら回避されているものでした。
「ヤベェもん持ってんな、チビごときがよぉ……」
「誰がチビじゃ! オメーらがデカ過ぎなんやボケェッ!!!」
変態ドワーフが声を上げてハンマーを振るいます。これなら、いけるのでは? 流石の魔狼と言えども、あのハンマーさえ当たれば……。
「……当たれば、ヤベェだろうなぁ……」
「クッ……こんのォォォッ!!!」
ハンマーの一撃さえ、当たれば。ええ、わたくしもそう思います。
しかし実際は、変態ドワーフのハンマーは空を切るばかりで、一度として魔狼の身体を捉えておりません。
「オォォォラァァァッ!!!」
「……隙あり」
「ヘブアァッ!?」
攻撃がヒットしないことに焦りを覚えたのか。変態ドワーフが一際大きく振りかぶったハンマーの一撃が避けられ、その隙を突かれて逆に一撃をもらってしまいました。
当然、敵がその機会を逃す筈がなく、変態ドワーフに手甲をつけた拳による乱撃が見舞われます。
「お返しだこのチビ助がァッ!!!」
「あっ、グハッ、ガッハ……ッ!」
「へ、変態ドワーフッ!!!」
わたくしが声を上げた時、トドメと言わんばかりのアッパーカットが振るわれました。
その一撃で少し宙を飛んだ変態ドワーフは地面に落ち、苦しそうにうめき声を上げています。
「あっ……ぐっ……」
「おー。あんだけ殴って、まーだ意識があんのか。やっぱドワーフ族は頑丈で面倒……」
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
しかし次の瞬間。わたくし達を制圧した魔狼らに向けて、"炎弾"が放たれました。
わたくし達もイルマも倒れており、ノルシュタインさんは向こうでヴァーロックとやり合っているままです。
こんな状況で、い、一体誰が……?
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「子ども相手に何してんだテメーらァァァッ!!!」
「お、オーメンさんッ!?」
旅館の上の階からガラスを破って飛び出してきたのは、オーメンさんでした。
不意の一撃で、変態ドワーフを相手にしていた魔狼を倒す事ができましたが、まだ二人が残っています。
「オーメン殿ッ! 子ども達を、そしてイルマ殿を頼むでありますッ!」
「了解だノルシュタインさんッ! 覚悟しやがれテメーらッ! "炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」
「チィッ! 今度はプロじゃねぇかッ! やるぞッ!」
「おうよッ! "守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」
「こっちだ魔狼共ッ!!!」
そのままオーメンさんらとの戦闘に入った魔狼達。こちらから離れるようにオーメンさんがぶつかってくださったので、倒れているわたくし達は何とか人質に取られずに済みます。
「い、イルマ……今、行きますわ……」
この隙に、わたくしはイルマの元を目指しました。後頭部への一撃で頭がクラクラしますが、そんな事言っている場合ではありません。
這うように地面を移動するわたくしは、血を流して倒れている彼女の元を目指しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます