第191話 メイドさんの本気
「一体なんの騒ぎですのッ!?」
突如として起きた爆音。逃げ惑う皆様。外に出たわたくし達が目にしたのは、辺りには煙を上げている建物の数々。観光地ユラヒの綺麗な町並みは、今や火の手が上がっている状況です。
「んだこりゃぁ!?」
「なんやねんコレぇっ!?」
男子二名も、この状況に声を上げております。ついさっきまで、観光客で愉快な声が響き、そして賑わっていた筈の周辺では、今や悲鳴しか上がっておりません。
「魔族だッ! 魔族の襲撃だァッ!!!」
「なんでこんな辺鄙な街に魔族が……?」
「に、逃げろッ! 早くこの街から出るんだッ! 死にたくねぇッ!!!」
「魔族の襲撃ですってェッ!? な、何故今そんな事がッ!?」
逃げ魔導人々が口々に叫んでいる内容から、おそらくは概要は解りました。
魔族によるユラヒの襲撃。ほうほうで上がっている煙は、魔族による魔法攻撃の所為なのでしょう。
「ど、どーすんだよこれッ!? 魔族の襲撃なんざ聞いてねぇぞッ!?」
「や、ヤバい、ヤバすぎるわッ!!! は、早うワイらも逃げんと……」
「そんな事は解っておりますわッ!!! ま、まずは動いてみないと何とも……」
「皆様、落ち着いてくださいでございます」
わたくし達が一斉に動揺している中。イルマが静かにそうおっしゃいました。
「こういう切迫した状況下に置いて、焦りと早とちり、そして当てもなく動き出すことは禁物でございます。まず必要なのは情報。この事態を正確に把握すること、でございます」
「い、イルマ……?」
わたくしはこのパニックの渦中において全く平静である彼女に驚きを禁じえませんでした。
今の彼女からは、普段の駄メイドの雰囲気は一切なく、ただただ冷静に周囲を見ております。
「め、メイドのねーちゃん……?」
野蛮人と変態ドワーフも、その様子を見て目を丸くしております。
「メイドさん、一体どうしたんや……?」
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
変態ドワーフの言葉が終わるか否かのその時。突如として魔法の呪文が唱えられました。
びっくりして顔を向けると、そこには魔狼族の兵士と思われる輩と、こちらへ向かってきている炎の塊が……。
「あっ……」
「パツキンッ!」
「お姉さまッ!」
駄目、ですわ。この距離では、もう、回避も防御も間に合わ……。
「"守護壁(ディフェンスウォール)"、でございます」
しかし、その"炎弾"がわたくしに届くことはありませんでした。
目の前に薄緑色の魔力でできた壁が現れたかと思うと、飛んできていた炎の塊を防ぎ、直撃を阻みます。
「ご無事でございますか、お嬢様?」
「え、ええ……」
全く調子を変えないイルマに、動揺が止まりませんわ。魔狼が現れた事といい、魔法を撃たれた事といい、そしてイルマのこの様子といい……わ、わたくしの理解の範疇を超えそうでしてよッ!?
「め、メイドのねーちゃん……?」
「アンタ、魔法使えたんかァッ!?」
二人も素っ頓狂な声を上げておりますが、その向こうで魔法を撃った魔狼が舌打ちをしておりました。
「チ……ッ!」
「詳細はこの魔狼を制圧してから、でございます」
こちらへ向かってきた魔狼に対して、イルマが立ちはだかり、それを迎え撃ちます。
「イルマッ!?」
「ご心配なく、でございます」
「オラァァァアアアアアアアアアアッ!!!」
拳を握りしめて向かってきた魔狼を、イルマは自身の拳で受け止めます。
「ハァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」
「速い、でございますね……」
連続でジャブを放ってくる魔狼の攻撃を、イルマは調子を変えないままに捌いております……捌いておりますゥッ!? う、ウッソですわイルマァッ!?
「こ、このメイド、一体……?」
「……ワタシはイルマ。家名はございません」
目を見開いている魔狼との打ち合いが続く中、イルマは静かに声を上げておりました。
「お嬢様のお父様……ワタシのご主人様である人国の英雄、アルバート=ヴィクトリア様の影。ご主人様に仇なす者を裏で始末する、ただのお掃除係……今はその遺言に従い、お嬢様をお守りするのが、ワタシの使命でございます」
「チィ……ッ!」
このままでは埒が明かないと思ったのか、一度距離を取る魔狼ですが、わたくしはそんな事どうでも良くなっておりました。
だって、イルマのお話が、にわかには信じられないものだったから。
「……影だか何だか知らないが、我々には任務がある。このま、ま……?」
しかし距離を取った魔狼が、突如として痙攣し始めましたわ。
ろれつも回らなくなったのか、うめき声みたいなものしか出せておりません。
「あ、ふ、ああ、ひ、あああ……?」
「ご安心ください、でございます」
やがて立ってもいられなくなった魔狼が地面に倒れ伏した事に対して、イルマがそう告げます。
いつの間に出していたのか、握った拳の指の合間で挟んだ針のようなものをしまい、彼女は静かに話し始めました。
「少々動きを止めるだけの神経毒でございます。ワタシとしましては、お嬢様に手を上げた貴方様をそのままにはしたくございませんが……生憎、お嬢様の前での殺しは、ご主人様の遺言によって禁じられておりますでございます。ワタシとしても、この辺りが落とし所でございましょう」
すると彼女は、メイド服のスカートの裾を両手で持ち上げ、ペコリ、と一礼していました。
「それでは、ごきげんよう……でございます」
「う……ああ……」
それっきり、魔狼は動かなくなってしまいました。それを確認したイルマが、こちらを振り返り、びっくりしているわたくしに向かって頭を下げてきます。
「……申し訳ありませんお嬢様。ワタシがおりながら、危険な目に遭わせてしまいまして……」
「い、いえ、その……」
「いつものように、お嬢様に気が付かれないままに事を終わらせたかったのですが……事態も事態でしたので、こうさせていただきましたでございます。ワタシも、まだまだ未熟でございます」
わたくしに気が付かれないまま、とおっしゃっておりますが……もしやイルマは、今までもずっと。見えない所でずっと、わたくしを守ってくださっていたのでしょうか……?
「え、えーっと、その……あー、なんだ……?」
「い、一気に色々ありすぎて、何がなんやら……?」
男子二人も戸惑っているみたいです。当然ですわね。突如として有能になり出した元駄メイドに、わたくしも動揺が隠しきれませんもの。
「……皆様。もう一度言葉にするのでございますが、まずは一息ついて、落ち着くことが大切でございます。こういう状況下で焦りや混乱はいけませんでございます」
しかし、今は彼女の言う通りですわ。色々ありましたが、結局は何が起こっているのか。
それをちゃんと把握しない限り、わたくし達もどうしようもできません。
わたくしは一度、大きく息をつきました。酒モドキをたらふく飲んで、まだ少し酔い気味ではありますが……ボーッとしている訳にもいきませんわ。
「ふーっ…………ええ、もう大丈夫でしてよ」
「流石でございますお嬢様。お二方も、大丈夫でございますか?」
「あ、ああ……」
「も、もう大丈夫やで……?」
他二人も落ち着いたのか、わたくしと同様に息をついているみたいです。
「良し、でございます。ではまずは情報を集めつつ、ワタシ達の旅館へ戻ろうと提案するでございますが、いかがでございましょうか? マサト様やオトハ様、ウルリーカ様が心配でございます」
「ッ!? そ、そうですわッ!」
はた、と気がつけば。マサトやオトハ、ウルリーカはここにはおりません。話を聞く以前に、彼らの安否が心配ですわ。
「そーだな。兄弟達も大丈夫か気になるし……」
「ワイらの荷物も旅館に置きっぱなしや。早いとこ戻ろか」
「はい、でございます。それでは、参りましょうでございます。先ほどのような魔狼がいるみたいですので、どうぞ皆様、警戒を怠ることなくお願いするでございます」
「わ、解りましたわ……」
そのままわたくし達は、イルマに連れられるままに旅館へと向かいましたわ。
また、お話を聞かなければならない方が増えてしまいましたが……とにかく今は、離れている皆様が心配ですわ。
どうか、ご無事でいらしてくださいまし……ッ!
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