第190話 茨の道でいきなり


 勝手な都合で連れてこられて、身体を乗っ取られて、酷い目に遭って……ようやく仲良くしてくれる人と出会えたのに、向こうの都合で仲良くしてくれた人達に嘘までつかなくちゃいけない。


 どうしてこんな事になってしまったのか。自分だけじゃどうにもできない事態に、何で巻き込まれているのか。表には出しませんでしたが、嫌になった事なんて、いっぱいありました。


 それでも、そうだとしても。


『諦めなければ、思わぬ道が見つかるものですッ! ネバーギブアップ、でありますッ!』


「私は……諦めたく、ないんです……」


 威勢のよいあの人の言葉は、私の中にずっと残っています。それは決して、何もかもを投げ出す選択肢なんかじゃありません。


 辛くても、苦しくても。最後まで踏みとどまって足掻こうとする、茨の道。


 全てを救う魔法の言葉なんかではありません。誰もがそれで頑張れるような名言なんかじゃありません。


 それでも、私は……それが良いと、思ったんです。そうなってみたいと、思ったんです。


「もしかしたら、こんな辛い思いが笑って話せる日が来るかもしれない……皆さんで笑える未来があるかもしれない……そう、思いたいんです。そう願いたいんです……それだけ、なんです」


「ッ!?」


 ウルさんが目を見開いています。


 上手く言葉にできているのでしょうか。言いたい事は、彼女に伝わっているのでしょうか。


 こういう時に自分の馬鹿さ加減には、本当に嫌気が差します。


「……なん、だよ……なんだよッ!!!」


 やがて、ウルさんは声を上げました。


「解ってくれるなんて言ってッ! 間違いなんかないなんて言ってッ! 何だよそれ、信じられないッ! 結局マサトもオトちゃんと一緒じゃないかッ! ボクは……ボクは君たちみたいに、強くなんか……」


「ウルさんッ!!!」


 私は喚き始めた彼女に駆け寄り、その身体を抱きしめました。


「私が、います……」


「ッ!?」


 いつかオトハさんに言われて、嬉しかったこの言葉。今度は私が誰かに、ウルさんに言ってあげたいのです。


「ウルさんは一人なんかじゃありません。私がいますから。それに私だって、強くなんかありませんよ……苦しくて、辛くて、今にも倒れそうなのを……ただやせ我慢して、カッコつけて、立ってるだけなんです……だから、大丈夫。大丈夫、です」


「そ、んな、こと……」


「……それに私だって、ウルさんに助けて欲しいんです」


 心の内に湧いてくる言葉を、私はただただ吐き出していきます。


「私も辛いんです。苦しいんです。だから……助けて、ください。私一人なんかじゃ、絶対いつか限界が来ます。でもウルさんが一緒なら、何とかなる、気がするんです……」


「マサ、ト……」


「私がいます。私が貴女を助けます。だからウルさんも、私を助けてください」


 最後に思い浮かんだのは、本当に簡単な言葉。一緒にいて、そちらを助けるから、こちらも助けて欲しい。


 私に全て任せておけ、なんて強い言葉は言えませんでしたけど。これが、私にできる精一杯です。私の、本心です。


「……………………」


 少しの間、何も言わないウルさん。何か言葉を間違えたかと、内心で私が焦りだしたその時。


「…………フフフ」


 彼女は、笑ってくれました。


「……そこはさ、俺がお前を助けるからって言い切ってくれた方が、もっとカッコ良かったのに……助けるから助けてくれー、なんて……フフ」


 やがて身体を離したウルさんは、涙目のままクスッと笑っていました。


 はい。そこについては、本当にすみません。


「……でも。そこが君らしいね。うん。マサトはそれで、良いと思うよ……」


「……それ、褒めてるんですか?」


「もちろんさ」


 彼女はそう言いながら、目元を手で拭っています。


「……まだ、整理がついてないところはあるけどさ……とりあえず、落ち着いたよ。ありがと」


「いえ」


 ふーっと息をついた彼女を見て、私もはーっと息をつきました。ようやく、落ち着いてくれたみたいですね。


「マサトは馬鹿だからね。ボクが助けてあげないと」


「……やっぱり私の事、馬鹿にしてますよね?」


「うん。大馬鹿だと思うよ? でもボク、そんな君だから良いんだ」


 ニコッと笑ってくれたウルさん。馬鹿で良いと言われたんですけど、私的にはかなり複雑な気持ち……。


「……ウルさん。お母さんについては……」


「…………やっぱり、さ。憎み切れないよ……」


 間を置いて尋ねてみると、ウルさんからはそんな返事がありました。以前、体育祭の時も聞いた、この言葉。


「……もう新しい家族を作ってるのかもしれないけどさ……やっぱり、ボクのお母さんは、あの人だけだから……何処か、期待しちゃう、よ……馬鹿、だよね……?」


「……そんな事ありません」


 自重気味に笑う彼女に、私はいいえと答えます。私からしたら、まだそんな風に考えられるくらい、昔は良くしてくれていたのかな、と羨ましいくらいです。


 元の世界の自分の母親には、あまり、そんなイメージが思い出せないから……。


「まあ。まだ整理もついてないとこはあるけど……とりあえず早速、助けてくれない? ボク、オトちゃんに謝りに行きたいんだ。酷い事、言っちゃったし……」


「……そう、ですね。早い方が良いでしょうし。では、オトハさんがいる部屋に……」


 私がそう口にした時に、突如として何かが爆発するような音が響き渡りました。次の瞬間には、建物自体が揺れています。


 い、い、一体、何が……?


「この建物は我々魔族が占拠したッ!!!」


 やがて聞こえてきたのは、そんな声でした。

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