第178話 ユラヒの四十八滝


 酒モドキでも飲みすぎると頭痛が残ると身を持って知った翌日。私たちはとある観光スポットを目指すために、山道を上っていました。


「……頭、痛いです……」


「あー、腹いてー……食い過ぎた、か……」


「ふ、フラフラしてないかワイ……? いや、むしろフラフラしてるのは世界……?」


『……ベッドで寝なかったからかな、身体痛い……』


「さあ! 今日行く観光スポットはどちらですの? 楽しみですわー!」


「おぇ……も、もうボクの中に出すものない、よ……?」


 だいたい全員、昨夜はしゃぎ過ぎた後遺症を何らかの形で背負っていますが、まあ歩けない程ではないのでおそらく大丈夫でしょう。


 あと一人だけ元気良すぎじゃないですか? ねえ、マギーさん。


 昨日あれだけ飲み食いしていた筈の彼女は、一晩寝たら全部リセットされたのでしょうか。羨ましい身体構造です。


「皆さま、見えてきたのでございます」


 そして、私たちを引率しているイルマさんも、いつもの変わらないご様子。


 昨夜の宴会で兄貴に執拗にアタックし、"流刃一閃"による返り討ちに遭っていた筈なんですが、どうしてこの人もこんなに平気そうなのでしょうか。


 もしかしてマギーさんの関係者には、超回復的な特殊能力があるのかもしれません。知りませんけど。


「こちらがこの辺りで有名な観光スポット。ユラヒの四十八滝でございます」


「「「「『「おおーーーーッ!!!」』」」」」


 山を登りきった所で目の前に広がった景色は、私たちに歓声を上げさせる程素晴らしいものでした。


 大きな山の斜面のところどころから小さな滝がいくつも流れ落ちており、目の前の大きな湖に落ちて、水しぶきが上がっています。


 その滝の数は、名前の通り全部で四十八。細かい水しぶきが太陽の光を屈折及び反射させて、虹がかかっている所もありました。


「すげー! めっちゃ綺麗じゃねーか!」


「こんな滝見たことないわ! 虹まで出てるやん!」


「なんと美しい景色ですこと……心まで洗われそうですわ!」


「この滝一つ一つに名前があり、それぞれの滝に力があるのでございます。健康、勉学、商売繁盛等、その滝の水を飲むことで、ご利益が得られるのでございます」


 興奮している兄貴達の隣で、イルマさんが説明してくれます。なるほど、ここは元の世界で言う清水寺の滝バージョンといったところでしょうか。


 小学校の修学旅行で行った時に、似たような説明を受けた気がします。


「中でも有名なのは、あの二つの滝でございます。まるで鏡合わせのように対象的に流れており、その形がハートのように見えることから、あの滝は二つで一つの滝……通称、恋心の滝でございます」


「『その話詳しく』」


 イルマさんの説明に、オトハさんとウルさんの二人が食いついています。まあ、女の子でしたら、恋愛のお話は大好きですからね。気になるものなのでしょう。


「向こうの方に、滝からの湧き水を流している飲み場があるのでございます。男の子は向かって右の滝、女の子は向かって左の滝のお水を一緒に飲むことで、二人は永遠に結ばれるという伝説があるのでございます。

 ただし、お水は一人につき一回まで。つまり、一緒に飲む相手は一人だけ、ということでございます。二回以上飲んでしまえば、効能が無くなってしまうでございます。欲張りはいけないのでございます」


「『一緒に飲む相手は一人だけ……』」


 私は兄貴達と一緒に、件の水飲み場まで来ていました。ほほう、こんなに種類があるんですね。健康、勉学、商売繁盛、武芸上達等……本当に四十八個ありますね。


「よーし、俺ぁもちろん武芸上達だな」


「ワイはもちろん、商売繁盛や! ガッポガポやでー!」


「わたくしはどれにいたしましょうか。まあ、わたくし程であれば、お水の力を借りずとも、自力で到達してみせますわ!」


 みんなで湧き水のところに集まってきました。思い思いの水を選ぼうと思っていたら、マギーさんはまさかの飲まない選択肢でした。


 ま、まあ、本人が良いなら、それで良いのですが。


「ちなみにワタシは、性欲向上のお水でございます。こちらのお水がワタシをエロのその先へ導いてくれるものと……」


「わたくしの全てを賭けて阻止させていただきますわッ!」


「四十八もあるからってんな効能までカバーしなくていーんだよッ! あと俺の方見て顔赤らめんなッ!」


「うまーい! なんやこの水、なんか味ついとる!」


 皆さんがそれぞれわいのわいのと騒いでおります。良いですね、ホントに旅行って感じがして。


 さて、そんな気分に浸りつつ、私はどれを飲みましょうかと思っていたら、物凄い勢いでオトハさんとウルさんがこちらに近寄ってきてブハァ!?


『マサト、何も言わずにこの水飲んで。早く』


「あっ、オトちゃんズルい! ボクのこっちの水を……」


「あっ、ちょ、待っブハァ!?」


 何故か湧き水飲み場で何処かの水を私に向けて飲まそうとしてくるお二人ブハァ。


 ちょっと、そんな勢いよく来られても困るだけブハァ。


 あの話を聞いてブハァ。


「さ、三十六計逃げるに如かずッ!」


 顔面がびしょびしょになった私は、脱兎のごとく逃げ出しました。

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