第177話 何故いるのか


「まいったわねぇ……」


 お風呂を終え、自室に戻ってきたバフォメットは、幻影魔法での変装を解いてため息をついていた。


 理由はもちろん、人国軍の軍人達の事である。


「一般兵は良いにしても……なーんで"消える人間(バニッシュ)"と"魔法殺し(スレイヤー)"が一緒にいんのよ……?」


 特に問題なのはこの二名だ。ノルシュタイン=サーペントとベルゲン=モリブデン。魔国にもその名を二つ名と共に轟かせる、人国軍の強者。


 単騎でも手を焼くと言うのに、それがまさか二人も揃っているのだ。頭の一つも抱えたくなる。


「……まさか、既に内実が知られてる訳……?」


 あの目標であるマサトを捕らえようとした矢先に、この状況だ。偶然にしては出来過ぎている。バフォメットの頭の中には、最悪の予感がよぎっていた。


 こちらの実情が知れ渡り、捕らえようとしている事すらも看破され、罠を仕掛けられているのは我々の方なのではないか。


「……いいえ。そこまではない筈よ」


 しかし、バフォメットは頭の中で、それを順に否定していく。


 まずこちらの全てが筒抜けになっていることは、あり得ない。


 もしそうであるならば、とっくに攻撃を受けたり捕縛されたりしている筈だ。こちらは気づいていなかった訳であるし、チャンスはいくらでもあったのだから。


「……とすると、次の可能性は……何処まで、知られてるの……?」


 次なる可能性は、内容の一部が知られている事だ。


 例えば、何らかの理由でマサトが魔族に狙われている事を知った。自分が人国にいる事だけがバレている、等だ。


 一部と言っても、その範囲を絞り込む事は難しい。しかし人国軍の二大強者がここに居る時点で、ほとんど知られていないとは考えづらい。


「……ある程度、核心は触れられていると考えた方がいいわね。下手に侮るよりも、慎重になり過ぎるくらいでちょうどいいわ」


 自分達の事まで知られているかは解らないが、少なくともマサトの境遇。そして魔王の死は知られていると見て間違いないと、バフォメットは思う事にした。


 そうとでも考えなければ、あの二人がマサトと親しくしている理由が解らない。


 マサトは異世界から連れてきた人間だ。こちらの世界での人脈等皆無であり、そんな特殊な事情でも無ければ、人国軍のお偉いさんが二人も彼の事を知っている筈がない。


「両方に知られているか、それか片方だけかは解らないけど……」


「……バフォメット様」


 一人で考えをまとめていた際に、バフォメットは不意に声をかけられた。声のする方を見てみると、窓の外に人型で大柄な影がある。声色からしてヴァーロックに間違いない。


「周囲を慎重に探った結果。人国軍のベルゲン=モリブデンの私兵と思われる存在を把握した。おそらく、仮面親衛隊だ」


 仮面親衛隊。ベルゲン=モリブデンが所有する、彼個人の部隊だ。全員が白い仮面をつけていて表情が読めず、ベルゲンに忠実な精鋭の兵士達。先の戦争時にも随所で嫌な動きをされたこともあり、バフォメットの顔が苦いものとなる。


「……仮面親衛隊が出てきてるってことは、あのキイロ=ジュリアスもいる訳?」


「いや。キイロ=ジュリアスの存在はまだ確認していない。だが、我々も大々的には探れなかった為、いる可能性は否定できない」


「……そ」


 "魔法殺し"と呼ばれているベルゲン=モリブデンの懐刀、キイロ=ジュリアス。仮面親衛隊の隊長で居合抜きの達人。


 魔法をもその腰に下げた刀で斬り払う彼の存在は、魔国でも厄介な敵として知られていた。


 他の報告でも、ノルシュタイン=サーペントの部下と思われる軍人の姿も確認されており、思った以上にここには人国軍がいることが明らかになった。


 バフォメットは目を閉じて、今後の動きについて思案する。


「……いかがする? 今後の動きについて、変更があれば伺おう。もちろん我々は、当初の作戦であろうと必ずやり遂げてみせる」


「…………」


 ヴァーロックの言葉を聞きつつ、バフォメットは思考を回す。予想以上に人国軍がいるここで下手なことをすれば、あっという間に捕まってしまうだろう。


 そもそもは、マサトを拉致することだけが目的であったのだ。ここまでの数の人国軍とやり合うことを想定していた訳ではない為、こちらの戦力にも限界がある。


 今から応援を呼ぼうにも、その頃には旅行を終えたマサト達が人国の首都へと帰ってしまう。


 また、あまりうかうかもしていられない。度重なるマサトへの襲撃で、いつ人国が彼を本格的に保護し始めるかも解らない。


 そんなことをされてしまえば、彼を拉致する機会など無くなってしまうだろう。


 人員も足りなければ時間もあまりない。厳しい現実を再確認したバフォメットは、一つ、大きなため息をついた。


「ハーァ……全く。女神様は魔族にも微笑んでくれるもんじゃないの……?」


 愚痴混じりにそう口にした後に、バフォメットは目を開いた。その目には、強い決意が宿っている。


「……ヴァーロックちゃん」


「ハッ」


 少しの沈黙の後、バフォメットはヴァーロックを呼んだ。その声色に、迷いはない。


「作戦の一部を変更するわ。大まかには変えないけど、基本は同じ。決行のタイミングはアタシが指示するわ。必ずこの旅行中に捕まえるわよ」


「承知した」


「……あと、念のためにプランBを用意しましょう」


 そのまま二人で話し合う。部屋にはいつの間にか"無音(サイレンス)"がかけられており、その内容が外に漏れることはない。


 彼らの都合を通す為に、マサトを捕らえる為に、彼らは言葉を交わしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る