第166話 男の欲望はいきなり


「しくしくしくしく……」


「いでーーー……」


「わ、ワイは、ワイはノーマルなんやぁ……」


 あれから少し経ち。宿に到着した私たちはそれぞれの部屋に荷物を置きにきました。


 部屋は和室となっていて、畳があります。おや懐かしい。こちらにも日本的な和の文化があるんですね。


 私、兄貴、シマオの三人は荷物を置いた後に、揃って床に寝転がっていました。


 ちなみに部屋割りですが、私たち男子三人で一部屋。オトハさん、ウルさん、マギーさん、イルマさんで一部屋。そしてバフォさんが個室となっています。


 まあ、私たちの部屋は四人用なのですが、元々旅行券を持っていたバフォさんに悪いということで、私たちでお金を出し合って個室を用意させていただきました。


 ここはゆっくりしに来る所ですし、バフォさんも初対面の私たちと一緒では気を使ってしまうでしょうしね。


「マモレナカッタ……」


「あんのパツキン、思いっきり殴りやがって……」


「ワイの貞操も菊も無事なんやー……」


 ちなみに私たちのこの様子ですが、まあ、察してください。私はM氏から頂いた切れ端を、守ることができなかった……。


 おまけに取られただけではなく、あのお二人が同時に私の頬に向かってサンドイッチビンタを振るった所為で、顔も痛いです……なんと情けない。


「……だが、こんなんで終わるワイらやあらへんでー……」


 少しの間ぐてーっとしていた私たちでしたが、やがてシマオがそう言って起き上がりました。


 それに呼応するかのように、兄貴も起き上がります。


「……そーだな。取引で得た大事なモンは消えちまったが、まだ楽しみはある……」


「……そうですね……」


 もちろん私も。こんなところで終わるような私……いえ、私たちではありません。


 温泉宿。女子と一緒に来た。そしてここには同じ思いを共有する漢たちがいる。こんな状況でやることといったら一つしかないでしょう。


「「「覗きだッ!!!」」」


 欲望に忠実である我らこそ真の漢というもの。女子の裸体を拝みたいと思って、何が悪いのか。


 そもそも、私たちはその女子らの清らかなる裸体から生まれてきたのです。自分の出自に関する情報を確認したい等、当然のこと。


 これはそう思って当たり前の感情なのです。


「さて、それでは同士諸君。作戦を練りましょう」


「よっしゃ」


「やったるでー、拝んだるでー」


 皆、気合いもバッチリですね。これは成功間違いなしでしょう。


「まずは場所です。今日であれば、おそらく使われるのはこの旅館のメインである露天風呂付きの大浴場」


「ま、いきなり他の温泉は行かねーだろーしな。ここで間違いねーと思うぜ」


 私の予想を兄貴が肯定してくれます。


「露天風呂ええよな~。露天やから外から行けるしな」


「その通りです」


 そう言って、私はこの旅館の入り口にあった、旅館案内のパンフレットを取り出しました。


 取り上げられた風俗情報誌の切れ端とは違い、こちらは持っていてもおかしくないもの。


 私たちの覗き計画において、位置情報が記されたこの資料はなくてはならないものです。


「ここは山の中腹に作られた旅館です。山道が通っている正面玄関の方に対して、露天風呂がある後ろの方は断崖絶壁の山肌。その山肌に捕まっていられれば、見放題なのは間違いないのですが……」


「そんなとこ捕まってられんし、そもそも女子風呂の方からも丸見えになってまうな」


 シマオの懸念通り、山肌の中腹で粘るのはNGです。


 彼の言う通り女子風呂の方からも丸見えになってしまいますし、第一山肌の中腹に捕まっていられるような装備も魔法もありません。


「……ってなると、やっぱ囲いの上から覗くのが定番か」


 その話を聞いた兄貴が、腕を組んだまま呟きました。


 露天風呂覗きの際の定番は解りませんが、彼の言う通り露天風呂を外から見えなくするために囲われている囲いをよじ登って上から見るのが、安牌に見えます。


「あとは、その囲いに隙間を作って覗くか、ですね」


 兄貴の呟きに対して、私はもう一案追加しました。よじ登るという行為をしなくても、その囲いに覗けるだけの隙間を作る、というのもアリだと思います。


「何せ、よじ登って見る場合は、顔が半分以上、向こうからも見えてしまいますからね」


「なーるほどな、流石は兄弟」


「いえ、それほどでも」


 旅館に入る際にチラリと見ただけですが、露天風呂の囲いは元の世界で言う竹のような素材っぽく見えたので、隙間を作ることも無理じゃないと思ったからです。


「でもそれやと、隙間作る手間も要るな。隙間作れるかも解らんし、あんま大きい音出すと勘付かれてしまう……」


「……そうですね、特にマギーさんは要注意です」


 これは名案か、と思われたその時。シマオから懸念点が指摘されました。確かに、その通りですね。


 何せ、実際に隙間が作れるのか検証した訳ではありません。いざやってみたら全然駄目で、その時の音で気づかれる可能性だってあります。


 特に注意すべきは、勘が異常に良いことで有名なマギーさんです。何かしらの拍子で彼女の勘が働いてしまうと、一発でバレる危険性すらあります。


 そうならない為にも、必要な工作は最小限にするべきかもしれませんね。


「……しっかし、他に案が出てくる訳でもねーな。こりゃ一回見に行った方が早いか?」


 あーでもないこーでもないと話していても決まらないと思ったのか、兄貴がそんな提案をしてきました。それは確かに、アリですね。


「そうですね。ここでだと全体図しか解りませんし……」


「行ってみたら思わぬ発見があるかもしれんしな!」


 三人で頷き合うと、私たちは同時に立ち上がりました。


 戦いの基本は情報を得ることから。地の利を得ずして、勝利は難しい。戦場となる地域の情報収集は、基本でしたね。


 おお、士官学校での勉強が役に立っているではありませんか。戦争の常を覗きに応用するのはいかがなものか、と自分の中の冷静な部分がツッコミを入れてきたような気がしましたが、おそらく気のせいでしょう。


 そうして意気込んだ私たちが部屋の扉を開けて、廊下に出たその時。






「……あら。あんたらも来てたの?」


「マァァァァァァァァァァァァァァァァァァベラスッ!!!」


「ワンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


「ブラボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」






 タオルで髪の毛を拭きながら、女性が裸の際に隠すべき所を全く隠さないまま、艷やかな雫をその裸体に纏っているフランシスさんがいらっしゃいました。


 その美しい肢体を拝んだ私たち三人は揃って喜びの雄叫びを上げました。


 私の困惑値が鰻登りです。え? なんでフランシスさんがここに? しかも全裸? 何これ私の初対面の時のデジャブ?


「何事ですかッ!? 廊下で叫ぶなんて行儀の悪……」


「へ、変な声が聞こえたけ……」


「エドワル様の声が聞こえましたが……突然叫び出すなんて、溢れる欲望が抑えきれないのでございましょうか。それならこのワタシが……」


『ど、どうしたの? 大きな声出してってお母さぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!!』


 やがて雄二人の雄叫びを聞きつけたのか、少し離れた所にある女子部屋から女性陣が顔を覗かせました。


 その光景を見た女性陣が次々と言葉を失っていく中、オトハさんが魔導手話とは思えないような音を響かせています。


「あら。オトハもいたの。偶然ね」


『偶然ねじゃないよ! なんでここに!? って言うかなんでそんな格好でいるの!? 着替えはッ!?』


「なんでここにって、この前の事で疲れたから温泉で癒やされにきただけよ。この格好? 別にいいじゃない。着替えを部屋に置いてきたんだから」


『良くないよッ! ここ旅館ッ! 自分の家じゃないのッ!』


「着替え持ってくの面倒なのよ。温泉に入るなら身軽の方がいいじゃない」


『だからって必要最低限の服まで省略しないでッ! って言うことは行きもそんな格好だったってことッ!? 信じられないッ!』


「魔導手話なのにうるさいわね」


 埒が明かないと思ったのか、フランシスさんはオトハさんに連れられて、女性陣の部屋へと引っ張り込まれていきました。


 やがてオトハさんだけが戻ってきます。


 ツカツカと音を立てながらこちらに向かって歩いてくると、不意に私たちの前で立ち止まり、手を真っ直ぐにこちらに向けます。


『"偽景色(フェイクビュー)"、"三重星(トリオス)"』


 すると私の目の前の景色がぐにゃりと歪みました。兄貴とシマオもふらついている様子でしたので、おそらく全員分の魔法をかけたのでしょう。


 って、いきなり何を……。


『"光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"ッ!』


 次の瞬間。オトハさんの頭上に現れた光の弾が私たちに襲いかかり、三人まとめて壁に叩きつけられました。


 潰れたカエルのようなポーズで壁に張り付いた私たちは、やがて重力によってゆっくりと床に落ちていきます。


『忘れてッ! 全部ッ! さっきは何も見なかったッ! 良いッ!? わかってッ!?』


 薄れゆく意識の中、オトハさんのそんな魔導手話が耳に届いたような気がしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る