第149話 体育祭当日⑤


『また一緒に踊ろうねマサト!』


「い~や! 次はボクとだよ!」


 オトハさんと踊り終えて自分の椅子へと戻ってきた私は、ウルさんも加えてお話していました。


 フォークダンスには勝ち負けはなく、身体を動かすのが苦手な人向けの休憩のような種目でしたので、特に肩に力を入れることもなく楽しむことができました。


 何故か借り物競走後の記憶がありませんが、忘れたということはそんなに大したことではなかったのでしょう。身体中に刻み込まれた傷が、思い出したら殺す、と言っているような気がしますし……。


「……さあて、行くか」


 やがて、兄貴が立ち上がります。次はいよいよ、模擬剣術戦です。


「……お姉さま、ホンマに辞退するんか?」


「ええ、少し目眩がしまして。フランシスさんにも少し休むように言われましたし、最後の選抜リレーには出たいですので」


「……しかし、マギーさんがいないとなると、優勝も厳しいかもしれませんね……」


「心配すんな、兄弟」


 私の心配を、兄貴が吹き飛ばすように言います。


「……俺がやる」


「兄、貴……?」


 短いその言葉の中に、強い決意というか、やる気というか。そういった感情が全て凝縮されたような、そんな力強さがありました。


 思わず私は、兄貴を呼んでしまいます。


「な、なんやノッポ……気合い充分やな……」


『が、頑張ってねエド君……』


「……負けないでね~。キイロさんとの試合、楽しみにしてるよ~……」


「野蛮人」


 皆さんが恐る恐る声をかける中、マギーさんが兄貴を呼びました。


「……行ってらっしゃいませ」


「……おうよ。お前の木刀、使わせてもらうぜ?」


「どうぞ、ですわ」


 そのまま短くやり取りをした彼らでしたが、何かこう、二人だけでわかり合っているような印象を受けました。


 お二人に、何かあったんでしょうか?


「……マギーさん。兄貴と何かあったんですか? 木刀まで貸して」


 堪らず聞いてみた私の言葉に、他の皆さんもマギーさんを見ます。やはり皆さん、先ほどのやり取りに何かを感じてたみたいですね。


「……いいえ、別に? わたくしが辞退するから、イルマの用意した良い木刀を貸しただけですわ」


「そ、そうなんですか……」


 お返事はいただきましたが、何だかはぐらかされてしまった気がします。


「……あと万が一、野蛮人がキイロさんに勝つようなことがありましたら、その後に彼をわたくしが直々に仕留めますので……皆さんは手出し不要ですわ」


 そして続いたこの言葉。最早何が何だかわかりません。思わず他の皆さんと、顔を見合わせました。


 拳を握り込んで震わせているマギーさんのご様子から本気という事は解るのですが、一体何故そんなことになったのかがサッパリわかりません。


「開始ッ!」


「ほら。始まりましたわよ」


 やがてグッドマン先生の掛け声で、模擬剣術戦が始まりました。これ以上は聞いても教えてくれなさそうですので、大人しく観ることにしましょう。


 今回の模擬剣術戦は、だいたいはクラス対抗白兵戦の時とほぼ同じで、最初は全員による乱戦です。


 赤組と白組の人数は同数ですが二クラス分と人数が多い為、まずは一定時間内に決められたフィールド内にて、全員でハチマキを奪い合います。


 その後に互いの組の生き残りを集めて一対一の勝ち残り戦を行い、どちらかを全滅させた方が勝ちとなります。そして、勝った組の生き残りから代表を一名選出して、その方がキイロさんと戦うのです。


 ただし、今回は魔法は禁止。また、ハチマキの獲得による復活制度もなし、という違いがあります。純粋な殴り合いですね。


 その為、最初の乱戦ではまず生き残らなければなりません。果たして兄貴がどう動くのか。


 まあおそらく、すぐに頭に血が上って乱戦に突っ込んでいったりしそうなもの、です、が……。


「えっ……?」


『嘘……エド君が……』


「の、ノッポが様子見しとるでッ!?」


「ま、まさか~、ボクじゃあるまいし……」


 ウルさんが自分で言ってますが、兄貴はまるで彼女のように落ち着いて周囲の状況を見ています。


 無駄に戦うこともなく、襲われたらそれに対して丁寧に反撃し、目立つことなくやり過ごしていまウッソだろお前。


 あの兄貴が……年がら年中脳筋突撃万歳の兄貴が、あんな冷静だなんて……ッ!?


 私は驚きを隠せませんでした。他の皆さんも驚愕の表情を浮かべています。


「…………」


 唯一、マギーさんだけは驚いたりせずに、真剣な表情でそれを見ていました。


「ッハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 そんな私たちの驚きを吹き飛ばすかのような、兄貴の咆哮が耳に響きます。


 様子見をしているからと言って戦っていない訳ではないため、木刀での打ち合いになれば声を荒げます。


 自身の持つ馬鹿力で無理やり相手を押し込んだり。木刀だけではなく、合間合間に蹴りを挟んだり。かと思えば木刀を腰にしまい、


「"流刃一閃"ッ!」


 お得意の居合抜きを繰り出し、一撃で相手を沈めたりしています。しかしそれは、いつもの無策特攻ではありません。


 相手を見極め、自分にできる一番の対処方法を判断し、下した判断を忠実に実行するという、何処までも冷静な戦い方でした。本当に兄貴とは思えない戦いっぷりです。


 兄貴の今の姿は暴れまわる悪鬼羅刹というよりも、獲物を必ず狩ると決めた冷酷な狩人そのもの。今の兄貴と対峙したら、本当に勝てる気がしません。


『す、凄い、エドくん……』


「あ、あれはちょっと、ボクも相手したくないな~……」


「つーか怖ッ! あのノッポマジで怖ァッ! 何やアイツ、あんなん聞いてないでッ!?」


「……やればできるじゃありませんの……全く」


 兄貴の豹変っぷりに驚いている私たちの側で、マギーさんが呟いています。


「……マギーさん?」


「なんでもありませんわ」


 私の疑問は、彼女にまたかわされてしまいました。一体何があったのでしょうか。流石にあそこまで変わった兄貴を見ていると、何も無かったでは納得できないのですが……。


『あ、危ない……ッ!』


 オトハさんの魔導手話が飛んだことで、私は聞くことを止め、グラウンドの方を見ました。するとそこには、兄貴を危険とみなした相手が多人数で彼に襲いかかっています。


 少数くらいなら押し返せる兄貴ですが、あの人数は流石に……。


「…………」


 そんな私たちの心配を余所に、兄貴は木刀を腰に収めたまま目を閉じていました。


 "流刃一閃"、でしょうか。しかしあれは対個人を想定した技の筈。あの多人数を斬り伏せられるとは思えないのですが……。


「「「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」


「…………ッ!」


 声を上げて襲いかかる生徒達がまさに兄貴に斬りかからんとしたその時、兄貴は目を見開き、腰の木刀を抜きました。


「一刀一閃流奥義ッ! "旋風一閃"ッ!!!」


「「「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」


 居合抜きの要領で木刀を解き放った兄貴は、勢いのままにその場で一回転しました。


 それによって全方位へと居合による斬撃が放たれ、振るわれた木刀からの衝撃波も合わせて、襲いかかっていた生徒達の全てを一太刀で斬り伏せます。


 群がった生徒達が次々と倒れていき、残ったのは……。


「……うっし。やれたな」


 中心で立っている兄貴だけでした。襲ってくる相手もいなくなったということで、木刀を肩に担いで、ふう、と息をついています。


 す、凄い……凄、過ぎる……。


「……そこまでッ!!!」


 やがてグッドマン先生の号令がかかり、最初の乱戦が終了しました。それぞれの組の脱落者は退場して、自分たちの席へ。


 生き残った生徒達は、次の一対一の個人戦が行われるまでの待機場所へと歩き、整列しています。


 当然、兄貴も生き残りましたので、待機場所へと向かっていました。その途中にこちらを振り向いて、グッと親指を立てて見せます。


「あ、兄貴……」


『す、凄いね……それしか、言えないよ……』


「……怖いね~……悪鬼羅刹は伊達じゃない、って感じだね~……」


「ヤバすぎるわノッポの奴……」


「お見事……この貴方と、一戦交えてみたいものですわ……」


 呆気に取られている私たちの隣で、マギーさんは兄貴に対して親指を立て返していました。

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