第136話 いよいよ体育祭


「さあて諸君。いよいよ体育祭が近づいてきた」


 私、マサトが朝のホームルームで鬼面ことグッドマン先生から聞いたのは、そんな言葉でした。


「ウチの体育祭は赤組と白組の二つに分かれて戦う。一学年が四クラスあるから、二クラスずつだな。今年は一組と二組が赤組。ウチの三組と四組が白組だ」


 そうして鬼面先生の説明を聞きましたが、基本的には元の世界の体育祭と同じような感じでした。


 赤組と白組に分かれていくつかの競技を行い、その結果によって点数が加算される。全ての競技を行った後、最終的に点数の高い方が勝ちと言うシンプルなものでした。


 特に勝利報酬みたいなものはありませんが、クラスメイト達は皆さん揃って顔を輝かせています。


 士官学校と言う身体を動かすことの多いここでは、皆さんウズウズしているのかもしれません。


「来たぜ体育祭……腕が鳴るぜ」


「よっしゃ! ワイの勇姿を見せつけたるええチャンスやッ!」


 兄貴ことエドワルさんとドワーフのシマオも、揃って声を上げています。


 その言葉からも、楽しみにしていることがよく伝わってきました。


「わたくしの華麗なる活躍を見せつける絶好の機会ですわッ!」


 自慢の金髪と胸を揺らしながら声を上げるマグノリアことマギーさん。今日も素晴らしい目の保養です。


 元貴族の彼女は、自身の家の再興の為に、自分の力を見せつけることを念頭においています。


 こういったイベントでは、まさに絶好のチャンスなのでしょう。


 以前のクラス対抗白兵戦では、決勝ラウンドで負けてしまいましたし、そのリベンジもあるのかもしれません。


『四組と一緒って事は、今回はウルちゃんも味方だね』


 そして、私の隣の席で、魔導手話を用いて話しかけてくるエルフのオトハさん。


 少し前まで大変な目に遭った彼女ですが、何とか元の学校生活に戻ってくることができました。


 特に私が何かをした訳ではありませんが、それでも帰ってきた彼女迎えることができたのは、素直に嬉しかったです。


「……体育祭、ですか……」


 そんな中、私は一人でそのイベントについて思いを馳せていました。


 現代日本から異世界であるここへやって来てしまった私。元の世界での体育祭は、先生方によい成績をつけてもらう為だけに頑張るものでした。


 それこそロクに友達もおらず、忙しい両親が観に来ることもなかった私は、体育祭当日でも一人でお昼を食べていた記憶があります。


 しかし、この世界に来て、私はかけがえのない友人を得ることができました。そんな彼らと一緒になって体育祭に臨めるのかと思うと……。


「……楽しみ、じゃないですか……」


 自然と笑みが溢れてきました。周りの楽しみという雰囲気に当てられただけなのかもしれませんが、それでも私はそう思う事ができました。


「おっしゃ、兄弟ッ! 日頃の成果、見せつけてやろーぜッ!」


「ワイの事見とけよ兄さん! 度肝抜かしたるからなッ!」


 そう言って肩を組んでくる兄貴と、親指を立ててニカっと笑っているシマオ。


『運動はちょっと苦手だけど、わたしも頑張るよ』


「わたくしがいるのですから、勝利は当然ですわッ! ああ、早く当日にならないものかしらッ!」


 オトハさんとマギーさんも加わって、みんなで笑い合います。


「ホント楽しみだね。って言うか今回はボクも味方なんだから、除け者にしないでくれよ」


 隣のクラスなのにいつの間にかいるウルさんこと、ウルリーカさん。


 狼と人間の両方の耳を持ち、尻尾を揺らしている彼女は、魔族である魔狼と人間のハーフ。一部からは半人なんて蔑称で呼ばれたりもしますが、私たちはそんなことを気にせずに彼女と接しています。


 以前、とある事件の原因の一つとなった彼女は、現在執行猶予中の身ではありますが、それでも不自由なく一緒にいることができています。


「って、ウルさんッ!? なんでここに……?」


「ん? せっかく一緒に体育祭で頑張れるって聞いたから、お話をしようかと」


『……向こうのホームルームはどうしたの?』


「ちょっとしたコツがあるんだよ」


 オトハさんの疑問に飄々と応えるウルさん。何でしょうか、ホームルームのコツって。言われても何一つ、全くと言って良いほど頭に思い浮かびません。


「ま、そんな細かいことはい~じゃん。今回はボクも一緒にやれるんだから、よろしくね~。あ、そうだ。マサト、一緒に二人三脚に出ないかい?」


「二人三脚、ですか?」


「そそ」


 二人三脚と言えば、二人組みとなって隣り合った足くびを結び合わせ、三本足で走る競技です。パートナーとなった相手と肩を組んで、一緒になって走るイメージがあります。


「ほら、ボク達って背丈も同じくらいだしさ。走りやすいと思うよ~」


『ちょっとウルちゃん! 勝手に決めないで!』


 グイグイ押してくるウルさんに対して、私ではなく何故かオトハさんが反論しています。


『マサトもほら。嫌だったらちゃんと言うこと! なんでもかんでも人に言われるままなんて駄目だよ! ちゃんと自分で考えないと……』


 そしてこのお説教です。うん、やっぱりオトハさんは私の事、手のかかる子どもみたいに思ったりしていませんか?


「嫌だなんて失礼な。マサトはまだ何も言ってないじゃないか」


『そうやって何も言ってないからって、何でもかんでも進めて良いものじゃないの! マサトとの二人三脚はわたしが出ます!』


 あれ? どうして今度はオトハさんと組むことになったのでしょうか。謎は深まるばかりです。


「それは聞き捨てならないね。先に誘ったのはボクだよ?」


『決めるのはマサトだから。ね、マサト。わたしと一緒に出よ?』


 ずい、っと私に寄ってきて上目遣いでそうお願いしてくるオトハさんですが、ちょっとここで疑問が。


 私はいつ二人三脚に出ることが決まったのでしょうか。まだ何の競技があるのかも知らないままに、いつの間にか出場競技が定められ、相方決めの話になっています。


 よく解らないことばかりの中でも何故か決めなければならないこんな世の中。生きていくのって難しいなあ。


「俺の足の速さ見て驚くんじゃねーぞ、パツキンよぉ?」


「あら。野蛮人の癖に随分と吠えますわね。鍛え抜かれたわたくしの身体能力に少しでも勝てるとお思いで? この前の惨敗を忘れたのでしょうか」


「……んだとぉ? この前ちいとばかし勝ったからって調子乗ってんじゃねーぞオラァ!」


「負けた輩はキャンキャン吠えると言いますが、本当でしたわね! ああ、悔しながらに吠えることしかできない愚かな男! まさに敗北者という名に相応しいですわッ!」


「上等だゴラァッ! その言葉取り消せよこのデカチチお化けがァッ!!!」


「何ですってェッ!? 今何といっしゃいましたかッ! 受けて立ってやりますわこのセクハラ野蛮人ッ!!!」


「さあさあさあさあッ! 本日の試合開幕やッ! オッズはお姉さま有利! 最近勝ち越してる彼女が勝つか、今日こそノッポが意地を見せるか……じゃんじゃん賭けていってくれやッ!」


『ねえマサト。ウルちゃんなんかよりわたしを選ぶよね? 海でだって彼女にわたしを選んでくれたもんね?』


「それは仕方なかっただけだって! 勝手に彼女面しないでよオトちゃん! それにボクはマサトと一緒に寝たことだって……」


『……その話、わたし聞いてないよ?』


「マサトったら、ボクの目の前で無防備な寝顔見せちゃってさ~。ボクの歌声がないとマサトくんは寝れまちぇんからね~。またお姉さんがお歌を歌ってあげまちゅよ~。そして~、その後は~……きゃー!」


『……マサト、ちょっとお話しようか……?』


「ウルさんいい加減その事は忘れてください。そして勝手に何捏造しているんですか、そんな事実はありませんよ、決して断じて絶対に。

 あとオトハさん誤解ですあれはウルさんが勝手に私の布団を占拠しただけであって別にやましいことは何もありませんでした本当です信じてくださいこの通りですからその魔法陣を展開している手をゆっくりと下に……」


「……ええいッ! 楽しみなのは解ったから静かにせんかこの馬鹿者共がァッ! ホームルームが終わらんだろうがッ!」


 やがて鬼面先生の怒号が響くまで、私たちはキャアキャアと騒いでいました。

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