第134話 聞こえない宣戦布告
「お疲れ様ですベルゲン殿ッ!」
「おや、ノルシュタインさん。お疲れ様です」
ベルゲンがエルフの里での話し合いを終えて人国に帰ってきた時、真っ先に話しかけてきたのはノルシュタインであった。
いつもの威勢のよい彼の声を聞いて、ベルゲンはああ帰ってきたんだなと変な実感を覚える。
「エルフの里への出張、お疲れ様でありました! ベルゲン殿の働きは、こちらまで聞こえてきているであります!」
調子を崩さないまま、ノルシュタインはそう口にする。
彼の言葉をそのまま信じるのであれば、エルフの里での出来事については、おおよそ知れていると見て良いだろう。
お忍びで行った牢獄のことまで知られているのかは分からないが、少なくとも彼が戦闘を行ったことともう一つ。
エルフのとある貴族の当主が、ウチの学生を襲った件くらいについては知っているに違いない、とベルゲンは考えた。
「ええ、全く。ただの交換留学の視察の筈が、思わぬ仕事になってしまいましたよ。ウチの学生への攻撃行為、しかも二件もありましたからね。
一件は私欲と見て間違い無さそうですが、もう一件は軍部が関わっていた。向こうのトップの入れ替わりから今後の両国間でのやり取りについてまで、色々と大変でしたよ」
「心中お察しいたします、であります!」
今回の件でエルフの里は国のトップである長老の交代及び人国への賠償をすることとなった。
詳細はまたこちらとの講和会議で決まることとなるが、しばらくエルフは人間に足を向けて寝られないだろう、と思うベルゲンであった。
「……ちなみにベルゲン殿も戦闘されたと聞きました! 一体どういう状況だったのか、教えていただけないでありますか!?」
グイグイ聞いてくるのは貴方の良いところですよ、とベルゲンは思った。
「いやなに。詳細はまた報告を上げますが、視察途中で私が部下キイロ君と写し絵を撮りに散歩していた時に、偶然エルフの部隊が我が国の学生を襲っているところを見ましてな。助けに割って入ったと、そういうことなんですよ」
「流石はベルゲン殿であります! 国民のことを第一に考え、危険を顧みずに助けに入られたとは!」
相変わらずの社交辞令である。いや、この男の場合は本気で言っている説も否定できない、とベルゲンは感じていた。
それは置いておいても、ルーゲスガーから聞いた第二神の件だ。攫われたエルフの女の子、オトハを用いて恐ろしい神代の神を復活させようとしていたエルフの里。
こんな重大な内容を、もしノルシュタインが事前に知っていたにも関わらず秘匿していたとしたら。これは彼を攻める一手になり得る。
「……ところでベルゲン殿!」
ベルゲンが頭の中で考えをまとめ、それについて問いただそうとしたその時、不意にノルシュタインが話し始めた。
開けようとしていた口を閉じ、ベルゲンは一息ついた。タイミングが悪かったか、と思い、とりあえず話を聞いてみようとする。
問い詰めるのは後からでも、遅くはない。
「もう定例会議の議事録には目を通されましたでしょうか!? 今回の事項に、エルフの里についての重大な案件があったのであります!」
「……重大な案件?」
ノルシュタインからの言葉は、ベルゲンの予期せぬものであった。
確かに先ほど帰ってきたばかりである彼は、この視察のために軍の定例会議には参加できなかった。
当然、議事録もまだ読んではいない。この会議で、一体どんな事項があったというのか。
「諜報部からの報告で、エルフの里が何らかの方法で第二神を復活させて軍備を強化しようとしている、という情報が入ったのであります! 第二神の軍事利用については、国際法違反となります!
なのでもう少し裏取りを済ませた後に、国王から正式に回答を求める文書を出すこととなりました!」
「……何ですと?」
それはベルゲンの予想だにしない内容であった。彼の調べでは、諜報部がエルフの里を張っていた事実はない。
エルフの里が第二神を用いようとしていた情報は、状況的に考えてノルシュタインが持っていた筈なのだ。
しかも彼はおそらく、オトハが第二神の復活の鍵であることも知っていた筈だ。でなければ彼が部下を使ってまで、オトハを警護していた理由が立たない。
(……にも関わらず、今回諜報部からそういう情報が出たということは……これは、先手を打たれましたかな?)
目を閉じて一呼吸入れ、驚きを抑えたベルゲンは、再び目を開けてノルシュタインを見やる。
目線の先にいる同僚に、いつもの調子を崩す様子は見えない。
おそらくだが、この話はノルシュタインが諜報部に流したのであろうと、ベルゲンは考えていた。
エルフの里でベルゲンに知られることを見越して、彼は責められないようにと先手を打ったのだ。
「そんな情報が出た時に、ベルゲン殿からの報告です! 軍部はベルゲン殿の働きを、言い方が悪いですが利用し、エルフの里への言及するそうであります! その為、ベルゲン殿からお話を伺いたいというのであります! まだ向こうの詳細については、不明なままでありますからね!
つきましてはベルゲン殿!」
ノルシュタインはそう言って、ベルゲンを真っ直ぐに見据えた。
「エルフの里でそう言ったお話について、何かご存知ではありませんか!?」
その視線に、ベルゲンはほんの少し、眉をひそめてしまう。真っ向から聞いてやろうとする勢いが、ありありと感じられたからだ。
(……ここで私が知った内容を話すのは簡単なのですが……)
ベルゲンは更に考えを巡らせる。こうなってしまえば、もうこの内容でノルシュタインを問い詰めることはできない。むしろ今、問い詰められている状況だ。
そしてその内容を話す、つまりはオトハというエルフの女の子が第二神の鍵である情報を出すのは、選択肢はNGだ。
そうなれば、おそらくオトハは人国軍によって拘束され、根掘り葉掘りと内容を確認しようとするだろう。場合によっては研究対象として、監禁される可能性もある。
ベルゲンからしたらそんなこと知ったことではないのだが、それでは困る人間が別にいる。
それはもちろん、マサトの事だ。
彼はオトハと懇意にしており、連れ攫われた彼女をエルフの里に探しに行く程に親交が深い。
そんな彼が、彼女が軍に拘束されることになったとすれば、再び嘆き悲しむだろう。
オトハについて任せておけと言ったのは、他ならぬベルゲンだ。
今回の件の後始末で、オトハを士官学校へ戻す手続きを取り計らったのも、マサトへの飴玉のためであった。
それなのに結局彼女をマサトから引き剥がしてしまうことになるということは……。
(……それは、マサト君の信頼を裏切ることになる)
今回の件についても、ベルゲンはマサトの信頼を勝ち取る為に、わざわざ手を尽くしたのだ。
ノルシュタインが秘めている情報の中核を担っていそうな彼を、籠絡するために。
それなのにここで彼の信頼を失ってしまえば、それまでの苦労が無駄になってしまう。
ひとたび信頼を失ってしまえば、それを回復させるには多大な時間と労力がかかってしまうからだ。
オトハの情報を流すという事は、おそらくエルフの里と第二神についてを知り、他の軍部から賞賛されるという目先の小銭は拾えるだろう。
しかしそれは、マサトの信頼、ひいてはノルシュタインの弱みという、更に先にある大金には届かなくなってしまう可能性がある。
しかもこの情報は、ベルゲンがいない時の定例会議で出ている。こうなると、どう考えてもこの時を狙って出てきたとしか、彼には思えない。
(……やってくれましたね、ノルシュタインさん)
やられた。完全にだ。
ここで情報を出せば、ある程度までは拾えるがそれ以上はない。それどころか、それで全てですと片付けられる可能性すらある。
情報を出さない場合は、
(……この件からこれ以上、ノルシュタインさんを強請ることはできなくなりますね。加えて、言わないことで軍部がオトハさんの存在を知らないままになるため、マサト君は彼女と一緒にいる事ができる、と……いやいや、本当にお見事ですな)
ベルゲンは内心で、この見た目以上に強かな同期に、改めて感心を覚えた。
と一緒に頭の中に浮かんだ二択についてメリットとデメリットを比較し、自身が取るべき内容を決定する。
「……いいえ。私は特にそんな話は聞きませんでしたなぁ」
ベルゲンが選んだのは、マサトの信頼の方だった。まだだ。まだ彼を完璧に籠絡できる機会はある。ここで焦る必要はない。
「……そうでありますか! 承知いたしましたであります! ベルゲン殿! 長旅でお疲れのところ、呼び止めてしまい申し訳ないのであります! 何せ、重大な案件でした故に、でありますッ!」
「いえいえ。こちらこそ、わざわざ教えていただいて、ありがとうございました」
二人はイヤに丁寧なやり取りをして、その場を後にする。
互いに背を向けて歩き出すが、自身の背中にいる同期について、彼らはそれぞれ思いを馳せていた。
(……やはり、ここではマサト殿を優先されましたか! これで一時の時間的猶予は作り出せましたが……言い換えればベルゲン殿は、まだマサト殿を諦めていないことになります!)
(……やはり侮れませんな、ノルシュタインさん。そう簡単には、尻尾を掴ませてくれません。ああ、だからこそ……こちらも張り合いがあるというもの)
ノルシュタインとベルゲンの二人は共に、目線だけで背後で遠ざかる同期の姿を追った。
(……まだ油断できないのであります! 私は未来ある彼らのために、戦争を再開させないために、この身を尽くすのであります!)
(……必ずしも、貴方の秘めている内容を暴いてみせましょう。今回は一本取られましたが、私とてやられっぱなしは性に合いません)
(……ベルゲン殿!)
(……ノルシュタインさん)
(貴殿にはマサト殿を渡さないのでありますッ!)
(貴方には負けませんよ)
心の中での聞こえない宣戦布告をした彼らは、なんの偶然か、同じタイミングで角を曲がり、それぞれから姿を隠すことになった。
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