第131話 大人に任せてください
怒声に呼応して、周囲に残っていたエルフ達が一斉に弓を放ちます。
「ベルゲンさんッ! キイロさんッ!」
私も声を上げました。視界を埋め尽くさん限りの複数の矢が、お二人めがけて飛んでいきましたが。
「キイロ君」
「り、了解です」
腰に下げた剣を構えたキイロさんが、前に出ると、その剣を抜きました。
「お、黄華激閃流奥義、"激流激閃"ッ!」
瞬間、剣が放たれたかと思うと、気づいたら飛んでくる矢の全てが斬り裂かれていました。
しかも抜かれた筈の剣は、いつの間にかキイロさんの腰の鞘に収まっています。
「おおっ! これがキイロ君が編み出したという黄華激閃流かね。凄いじゃないか」
「あ、ありがとうございますベルゲンさん。ま、まだまだですよ。い、今も奥義の訓練中に偶然何かを斬った気がしますが、よ、よく見えませんでしたね……」
「そうかそうか。見えなかったのなら仕方ないですなぁ」
そしてこのわざとらしいやり取りです。明らかにエルフ達が放った矢を全て斬り裂いたというのに、まるでそんなもの無かったかのような調子です。
ルーゲスガーさんも、その光景には目を見開いていましたが、やがてすぐに調子を取り戻し、部下に攻撃命令を出していました。
すると今度は、ベルゲンさん達に襲いかかってくる者、弓で攻撃する者、そして魔法で牽制する者に別れて多彩な攻撃を繰り出してきました。
「……ああ、キイロ君。私はあの長老さんと少しお話がしたいんだが、取り巻きを任せても大丈夫かね?」
「り、了解しました。お、お任せください」
「うん、頼んだよ。やはり……戦いは素晴らしい」
そんな攻撃を躱しつつ、二人が動き出しました。
突如として加速した二人に、私たちも驚きを隠せません。特にベルゲンさんは、中年男性とは思えない身軽さです。
真っ直ぐにルーゲスガーさんに向かって行くベルゲンさんの前には、当然他のエルフ達が立ちはだかりますが、彼は速度を落とすことなく進んでいきます。もちろん。
「じ、邪魔はさせないよ……ご、"豪雨激閃"ッ!」
その取り巻きがベルゲンさんの邪魔をする前に、キイロさんが斬って捨ててしまいます。先ほど私たちを救ってくれた技ですね。
矢だろうと魔法だろうと、そしてエルフ自身であろうと、キイロさんはそれら全てを等しく居合抜きで斬り捨てます。
あと見ていて思ったのですが、キイロさんの技は腰の鞘に収めた剣を解き放っているので、おそらく兄貴が使う抜刀術である"流刃一閃"と同じです。
しかしキイロさんの場合、抜いて斬った剣は何故か鞘に戻っています。
抜刀して相手を切り捨てたのに、剣は鞘に戻っている。そして再び他の対象に向かって抜刀し、また鞘に戻る。
これはつまり、キイロさんは居合い抜きの一撃を、抜いた剣を高速で鞘に戻すことによって"流刃一閃"を連射しているということでウッソだろお前。
「"炎弾"ッ!!!」
やがて距離が近づいていることに焦ったのか、ルーゲスガーさんが迫り来るベルゲンさんに向けて魔法を放ちました。
先ほどフランシスさんにも放った、私たちとは比べものにならないくらいのサイズの"炎弾"。
それもキイロさんが斬って捨てるのかと思えば、彼は他のエルフの相手をしていました。あれは、不味いのでは? 魔法を斬って捨てるキイロさんがいません。
しかし、巨大な炎の塊を前にしたベルゲンさんは、ニヤリ、と笑います。そして自身の右手を真横に伸ばすと、ポツリ、と何かを呟きました。
「……"分割領域(スプリット)"」
私にはそれが聞き取れませんでしたが、ベルゲンさんが何かの魔法を使ったのは解りました。何故なら彼の周囲を、薄青色の膜のようなものが展開されたのですから。
それに炎が触れた瞬間。炎は細かい光となって消えました。ぶつかって弾けたとかではありません。文字通り、火花のように細かくなって、そして消えてなくなったのです。
「な……ッ!?」
「……あなた方は長く生きているが故に、変わらないままでいらっしゃる」
言葉を失ったルーゲスガーさんに、ベルゲンさんが肉薄しました。
「変わらないこと自体を否定はしませんよ。良いものは伝統として、変わらずにあるべきだと思います。
しかし時として、変わらないことが歩みを止めていることも、また事実だ。そのままでいることも大切ではありますが、それが前に進まなくて良い理由にはなりませんとも。前に進むために、変わらなければならない時がある。変化には苦痛が付きものです。
それを他人に押しつけては、いけませんなぁ」
「ガ……ッ!」
そしてルーゲスガーさんの喉に抜き手の一撃を入れ、彼は地面に卒倒しました。その様子を見たベルゲンさんは、パンパン、と手を払っています。
「こ、こちらも終わりましたよ、べ、ベルゲンさん」
「ああキイロ君。お疲れ様でした」
キイロさんの声のした方を見てみると、襲いかかっていたエルフ達の全てが地面に倒されていました。
親衛隊と呼ばれていた人達を、一人で制圧したのでしょうか。本当に凄い人です。
「す、凄い……」
『あ、あれだけいたのに、全員を……?』
「……ったく。アンタらが早く来てれば、私がこんな面倒しなくても済んだんじゃない……はーぁ……」
その光景を見て口を開けているウルさんに、呆然としているオトハさん、そして悪態をついているフランシスさんでした。
「マサト君」
「……は、はいっ」
不意に、ベルゲンさんは私を呼びました。一呼吸おいて、自分が呼ばれていると気づいた私は、少し遅れて返事をします。
「お疲れ様でした。ここまでよく頑張りましたね。後は、私たち大人に任せてください」
そう言って、ベルゲンさんは微笑んでいました。私はその笑顔に、とにかく頭を下げる他ありませんでした。
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