第130話 君は写し絵が趣味だったね


「……なんじゃ、お主ら?」


 突然現れたベルゲンさんとキイロさんに向かって、ルーゲスガーさんが厳しい視線を向けています。当然でしょう。


 この人達は、部下と私たちを閉じ込めていた魔法を滅多斬りにしてきたのですから。その表情に警戒心アリアリなのが、見て取れます。


「これはこれは初めまして。私、人国陸軍に所属しております、ベルゲン=モリブデンと申します」


「ぼ、僕はその部下。き、キイロ=ジュリアスです。よ、よろしく……」


 そんなルーゲスガーさんに対して、普段と何も変わらない調子で挨拶をするベルゲンとキイロさんです。


 ベルゲンさんに至っては、その顔はゆったりとした笑みを浮かべており、丁寧にお辞儀までして見せました。


『お母さん……ッ!』


「だ、大丈夫よ……全く、遅いじゃないの……ッ!」


 閉じ込めていた檻がなくなったことで、オトハさんがフランシスさんの元に駆け寄ります。


 彼女の手を借りて何とか起き上がった彼女は、キイロさん達を見てそうおっしゃいました。


 遅い、と。そう言えばここに呼ばれた際にフランシスさんは、アイツらは来ていないみたいだけど、とか言っていた気がします。


 もしかしてそれが、ベルゲンさん達のことだったのでしょうか。


「ご、ごめんねフランシスさん。ち、ちょっと道に迷っちゃってさ……」


「全く。君に案内を頼んだのに、ギリギリだったじゃないか。これじゃあ出待ちしてたみたいに思われちゃうよキイロ君。もっとしっかりしたまえ」


「ぷぷぷ。も、申し訳ありません……」


「……人国陸軍の方々が、何しにここまで来たんじゃ?」


 重要ではない失敗を形の上だけで叱る上司と部下みたいなやり取りをしているお二人に、ルーゲスガーさんが重く口を開きます。


 その周りには、無事であったエルフの兵士達が彼を守るように取り囲んでいました。


「これは我が国の問題じゃ。いくら同盟国だからと言って、こちらの内実まで干渉される覚えはないんでのう。速やかにお引き取り願いたいものなのじゃが……」


「それはそれは、申し訳ありませんな。エルフの里の長老である、ルーゲスガーさん」


 さっさと居なくなれ、というルーゲスガーさんの言葉にも、ベルゲンさんは動じません。


「そちらの内情の話でしたら、こちらが口出しするのは筋違いというもの。おっしゃる通り、私どもはさっさと身を引いた方が賢明と言えますな」


「……そうじゃ。今ならウチの兵士をいたずらに攻撃を仕掛けたことに対しても不問にしてやるぞ? 本来なら、同盟国である我が国の兵士をそちらの軍人が攻撃するなんて国際問題じゃ。そう言われたくなければ……」


「時に、ルーゲスガーさん」


 長々と話し始めたルーゲスガーさんの言葉を遮って、ベルゲンさんが口を開きました。


「つい先ほど、そちらが展開したと思われる魔法で、我が国の交換留学生を閉じ込めていた様にも見受けられましたが、あれはどういうことですかな?

 もしそれが本当なら、エルフの里は正式にウチの国から派遣された学生に暴力を働いたということになります。先にそちらが攻撃したのなら、こちらの行動も正当防衛というもの。そうではありませんか?」


「……なんのことかのう?」


 ベルゲンさんの追求に、ルーゲスガーさんはとぼけて見せました。そ、そんなとぼけ方……。


「そちらの見間違いではありませんぬか? 何を根拠にそんな……」


「いえ。先ほど私たち、目にしてしまったのですよ。偶然ね」


「そうかそうか。それはもしかしたら、ワシが魔法の実施訓練をしていた際に、たまたま近くを通りがかった学生さん達がいたからそう見えてしまっただけじゃろうて。言わば事故のようなものじゃわい」


「そ、そんな……」


 私が思わず口を挟もうとしたら、ルーゲスガーさんが射貫くような視線でこちらを見てきました。


 その鋭い目線に、思わず口をつぐんでしまいます。


「……ほら。学生さん達も何も言わないご様子。本当にそんなことがあったのなら、すぐにでもあなた達に助けを求めるもんじゃろう?」


「…………そうですなあ。確かにおっしゃる通りだ。事故であれば仕方ありませんな」


 するとベルゲンさんまで、そんなことを言い出しました。そ、そんな。さっきまでの事は全て、事故で片付けられてしまうのでしょうか。


 それはウルさんも同じだったみたいで、納得のいかない私と一緒に声を上げようとしました。


 しかしそれは、なんとベルゲンさんに手を伸ばされ、止められてしまいます。


 何も言わなくても大丈夫ですよ、と言わんばかりの笑顔で。


「……そう言えばキイロ君。君は写し絵が趣味だったね」


「は、はい。ベルゲンさん」


 すると、今度は話をキイロさんに振ります。キイロさんはそう言いながら、懐から写し絵の箱を取り出して見せました。


「さっき良い写し絵が撮れたと言っていましたね。少し見せていただけませんか?」


「も、もちろんですよ」


「ううん、素晴らしい写し絵だ。君は剣以外もセンスがあるね……おやおやぁ?」


 写し絵の箱に保存されたものを順番に見ていたベルゲンさんでしたが、不意にわざとらしい声を上げました。


 その声を聞いたルーゲスガーさん表情が、青ざめ始めます。


「これはこれは、なんという偶然か。たまたまキイロ君が撮った写し絵に、マサト君達が魔法で捕らえられている様子が……」


「放てェッ!!!」


 そしてベルゲンさんが言い終わる前に、ルーゲスガーさんの怒声が響き渡りました。

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