第115話 わたくし達が陽動係
「ようこそお越しくださいました。僕はダニエル=ディグレー=トレフューシス。このディグレー家の当主であり、エルフの里をまとめる長老の一族、トレフューシスの末席です」
わたくしと野蛮人、そして変態ドワーフとグッドマン先生の四名は、訪れた屋敷で歓待を受けていましたわ。
オトハが居るかもしれない、この屋敷に。マサト達は別の研究所に潜入することになっているのですが、こちらは違います。
短期留学としてエルフの里を訪れているわたくし達が、授業の一環としてエルフの弓術を見るために、弓の名家と呼ばれているこのディグレー家を見学する。
という建前でグッドマン先生にアポを取っていただき、この屋敷に来ることになったのです。
そしてわたくし達が迎えられている中、オーメンさんが密かにこの屋敷に潜入して中を調査する、という手はずになっております。要は、わたくし達が陽動係なのですわ。
「こちらこそ、急なお願いを聞いていただきありがとうございます。教員のグッドマン=リンドウです。こちらが、本日見学させていただく、三名の学生です」
「わたくし、マグノリア=ヴィクトリアと申しますわ」
「……エドワルだ」
「ワイはドワーフのシマオや!」
先生に続き、わたくし達は順番に挨拶をします。まさか当主の方にお出迎えいただけるとは、光栄ですわね。
しかし何故か、このダニエルさんという方の視線が、わたくししか捉えていないような気が……。
「……なんて美しい女性だ……」
「えっ……?」
今、何か呟かれましたか?
「いや、何でもないよ。よろしくね、三人とも。弓術を学びたくてこの家に来たのは、大正解だよ。なんてったってウチは、僕を筆頭にエルフの里でも一二を争う程の、弓使いが多い家だからね。たくさん見てってよ」
「お気遣い、感謝いたしますわ」
気さくなこの家の主であるダニエルさんは、毛先が切りそろえられたボブカットの前髪を上げながら、そうおっしゃいました。先程の視線は、気のせいだったのでしょうか。
そのまま彼を先頭にして屋敷に通されて中庭を歩き、弓の鍛錬を行っているという弓練場という建物に案内されます。
途中でチラリとオーメンさんが親指を立ててすぐに姿を消したのが見えましたので、潜入には成功したのでしょう。
よし、後はわたくし達がオーメンさんの存在に気づかれないように、無難に見学を切り抜けるだけですわ。
余裕があれば、お手洗いとか言って、こっそり探すのもアリですわね。
「……しっかし、なんつーか、すげー当主さんだな。ありゃ間違いなくナルシストだ」
「……せやろなぁ」
「……ですわね」
案内されている中、屋敷内の使用人さんとすれ違うたびに、「やあお疲れ様。ところで僕は、今日も美しいと思うかい?」と聞いて回っているダニエルさんの姿に、野蛮人と二人して頷き合いました。
「お美しいです!」と使用人さんらが声を揃えて言っておりますので、既に調教済みなのでしょう。
「お客様ですか、お兄様?」
そんな移動の途中、不意にわたくし達は声をかけられました。
振り返るとそこには、髪型こそ違いますが、ダニエルさんと同じ髪色をした少し年下くらいに見える大きな瞳を持った男の子が、カバンを持ったまま立っています。エルフの方々は長命ですので、実年齢はどうか知りませんが。
身内の方でしょうかと思っていたら、ダニエルさんがビクッと反応したのが解りました。どうかされたのでしょうか。
「や、やあ、カートウッド。き、今日は帰ってくるんだっけかな?」
「酷いですよお兄様。ぼく、ちゃんと帰ることは言いましたよ? それでこの方達は?」
「ああ、うん。人国からの短期留学生の学生さんさ。弓の勉強をしにウチに見学に来たんだ」
「そうなんですか! 皆さん、初めまして!」
すると、ダニエルさんとのやり取りの後で、この方は頭を下げましたわ。
「ぼくはカートウッド=ディグレー。ダニエルお兄様の弟です。本日は遠いところを、ようこそお越しくださいました。是非、ゆっくりなさってください」
「グッドマン=リンドウだ。こちらこそ、丁寧なご挨拶をありがとうございます」
挨拶するカートウッドさん返事をしたグッドマン先生に続いて、わたくし達も挨拶を返しました。
しかしカートウッドという方、本当にあのダニエルさんの弟なんでしょうか。
先ほどまでのダニエルさんの様子を見ていても、その、言い方は失礼なのですが、とても血が繋がっているとは思えないのですが。
「もし時間がありましたら、ぼくの弓術も見てください。お兄様程ではないかもしれませんが、ぼくもそれなりには自信がありますので。何か参考になれば幸いです」
「あー、うん。ありがとね、カートウッド。とりあえず、こっちはこっちで案内しておくから、君も早く荷物を置いてきな」
「はい、お兄様。では皆さん、どうぞゆっくりしていってください」
ダニエルさんのそう促されたカートウッドさんは、去り際にもう一度頭を下げ、そのままカバンを持って行ってしまわれましたわ。なんという礼儀正しい方なのでしょうか。
「あー、その。愚弟が申し訳ない。皆さんの足を止めてしまって……」
「いいえそんな。礼儀正しい、素晴らしい方ではありませんか」
「せや。めっちゃ感じのええ人やったで?」
謝罪してくるダニエルさんに向かって、グッドマン先生と変態ドワーフがそうお返事します。
そうですわね、礼儀正しく、しっかりとされた方に見えました。謝られることなんてございませんことよ。
むしろ、きちんとした言葉遣いとその立ち振舞いは称賛されて然るべきものである、という感想を抱きましたわ。
「そ、そうかい……で、では弓練場の方へ……」
そう言われたダニエルさんは、心なしか表情を曇らせたまま、わたくし達の案内を再開しました。
一体どうしたと言うのでしょうか。身内の方が素晴らしい方だと褒められたにも関わらず、何処か嬉しくなさそうですわ。
そんなわたくしの疑問を他所に、全員で弓練場へとたどり着きましたわ。
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