第114話 一安心かと思いきや


「……おい! 何してんだよ! 早く報告に行くぞ!」


「あ……ああ、悪い。気のせいだったわ……」


 他の誰かに呼ばれて、その警備のエルフは立ち去りました。足音が離れていくのを聞いて、私たちに安心感が生まれます。


「は、はぁー……」


「……マサトのバカ! 何をのんびりしてたのさ! 危うくバレるところだったじゃないか!」


 安堵のため息をついたと同時に、ウルさんから静かに、しかし激しい苦情が入ります。はい、本当にすみませんでした。


 まさか自分でも、急がなきゃと思えば思う程、足が動かなくなるとは思ってもみませんでしたので。


「……ま、まあ、こ、こんな事初めてだろうし、し、仕方ないよ……ば、バレなかったから、よ、良しとしよう」


「……すみませんでした」


「……気をつけてよ、全く……」


 キイロさんはまあ仕方ないよね、くらいで許してくれてそうですが、ウルさんにはコツンとグーで突かれました。はい、重ねて、本当にすみませんでした。


 そうして何とか建物内に入り込むことができました。しかし、そこはまだ廊下。いつ誰が通りかかるかも解らないこんなところで長居している訳にもいかず、隠れられる所はないかと、私たちは手近な部屋を調べることにしました。


 鍵がかかっていたので、キイロさんが再度鍵開けをして、中を覗いてみます。


 一番近くにあった部屋は、どうやら物置のような場所でした。中に誰もいる気配はなく、資料やビーカーのような容器など、様々なものが乱雑に床や棚に置かれています。掃除とか整頓をしていないのでしょうか。


 キイロさんの提案で、ここで一度打ち合わせをすることにしました。内側から鍵をかけられるので、いきなりここに入ってくることはない。物もたくさん置かれているので、いざとなれば身を隠すこともできるから、とのことでした。


「じ、じゃあ無事に潜入できたし、じ、順番に中を調べて行こうか」


 そう言って、彼は懐からこの建物の間取りが記載された平面図を取り出しました。


 これを手に入れるのにも苦労があったんだよ、とキイロさんがおっしゃっていたので、何かドラマがあったのかもしれません。よく解りませんけど。


「ぼ、僕達がいるのがこの部屋だね。き、基本的には天井にある通気口を使って、か、各部屋を確認していくことになるよ。ろ、廊下を歩くのは危ないからね。そ、その中で見つけられたらオッケーだし、き、気になる部屋があったら、じ、順番に調べるんだ」


 平面図上で自分達がいる場所を指差しつつ、キイロさんは説明を続けます。二階建てのこの研究所はなかなか広いものでした。


 この何処かに、オトハさんが居るかもしれない。あるいは兄貴達が向かった屋敷の方に居るかもしれませんが、まずはこの中を確認してからです。


 そして平面図をしまったキイロさんは、さっさと天井にあった通気口を発見してその蓋を外し、中へと入っていきました。


「せ、狭いから気をつけてね」という声があった後、私たちが登るためのロープを垂らしてくれます。


「よっと……」


 まず私が登り、続いてウルさんが上ってきました。き、窮屈ですね。


 通気口内は確かに狭く、縦も横も、ギリギリ四つん這いになれるかなれないかくらいの幅しかありません。


 とは言え、勝手に入り込んでいるのはこちらです。文句を言う資格もないまま、私たちは動き始めました。


 前から順番に、キイロさん、私、ウルさんの順番で四つん這いになって歩いていきます。


 先頭のキイロさんが各部屋を確認し、一度その部屋を調査するか、それとも通り過ぎるかを判断していきます。


「こ、ここは誰かいるみたいだけど、し、私室っぽいね。お、女の子はいないみたいだから、き、気づかれないように静かに行こう」


 そうしていくつかの部屋を見て回ったところで、とある部屋の上に来た時、ゴソゴソと何かをした後でキイロさんがそうおっしゃいました。


 何でも、色んな物がごちゃっと散らかっているめちゃくちゃ汚い部屋があり、しかもそこには誰かがいる気配がするというのです。


 どんな部屋なのかと通り過ぎる際に一度立ち止まり、網状になっている通気口の蓋の隙間から覗いてみると、そこはまあ汚部屋と呼ぶに相応しい有様でした。


 食べたものは食べっぱなし、脱いだ白衣等の服は脱ぎっぱなし。開いたままの本やめくった途中っぽい資料も机や椅子、床に乱雑に置かれており、最早片付ける気がない、という部屋の主の声が聞こえてきそうな雰囲気です。


 こ、こんな後片付けに無頓着な人がいるとは。


 エルフの皆さんはその綺麗な外見からきれい好きが多いのかもと勝手に思っていましたが、現実はそうでもないみたいです。


 ちなみに人影はありませんが、この部屋の隣からシャワーの音がしているので、おそらく部屋の主は入浴中なのでしょう。


 部屋は汚いのに自分の身は綺麗にしているとは、よく解らない人ですね。


「……ちょっと、マサト。いつまで止まってるのさ」


「……ああ、すみません」


 あまりの部屋の様子に思わず止まっていた私でしたが、後ろにいるウルさんに急かされて動き出しました。


 そうだ、汚部屋にびっくりしている余裕はありません。さっさとオトハさんを見つけないと……。


 ガコンッ!


「ッ!?」


 私が通気口の蓋の上を通過しようとしたその時、突如としてその蓋が音を立てて外れ、私は部屋の中に落とされてしまいました。


 呆気に取られる間もないままに、私はけたたましい音と共に床に叩きつけられ、その衝撃で散らかっていたものが更に散乱します。


「いつつ……」


「ちょっと何の音よ?」


 叩きつけられた痛みに苦悶していると、不意に声をかけられました。


 ギョッとした私が顔を上げると、そこにはドアを開けてこちらを見下ろしている長い緑色の髪をした女性のエルフの姿がありました。


 真っ裸の。


「    」


 シャワー中だったのは解ります。身体を清める際に服を着ている方はいませんものね。それは人間であれエルフであれ、同じことだとは思います。


 しかしだからと言って音がしたから様子を見ようと思ってもまさかタオルの一枚もせずにお風呂上がりの湯気をまとい水滴が艶かしく滴る裸のままで見に来る人がいるんでしょうかいるんですよ私の目の前にしかもとても美しい肢体を持つボンキュボンの美人が視界の先で身体の何処も隠さずにそのお姿をさらけ出しているというエロ本以外では見たことなかった女性の裸が今ここに眼福です幸せです本当にありがとうございましたーァ!!!


「……なに? あんた」


 訝しげな表情を浮かべるその女性の肢体を、私はガン開きになった瞳で凝視するばかりでした。

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