第85話 イベントの後、二人で②


 久しぶりとは、一体なんのことでしょうか。久しぶりと言うからには、最近してなかったことの話のハズです。


 しばらくやっていなかったことと言えば……なかなか思い浮かびません。強いて挙げれば、激辛のものを食べたくらいでしょうか。


「久しぶり、とは……あんなに辛いものを食べたのは、確かに久しぶりでしたが」


『ううん、違うよ……マサトと二人でいることが、だよ』


「……ああ」


 私の考えが全て見当違いだったことが明らかになりました。


 言われてみれば、オトハさんと二人だけ、というのはしばらく無かった気がします。


 それこそ人国に来てからは、マギーさんやイルマさん、そして兄貴にウルさん。最近はシマオも追加されて、みんなで居ることが多かったですからね。


『もちろん、みんなで楽しくやってるのも好きだよ? でも、わたしは、マサトと二人でいるのも好きなんだ。だって……マサトはわたしにとって、初めての人だから。マサトに会う前のわたしは……エルフの里にいた時も、魔国でマサトに会うまでも……ひとりぼっちだったわたしの、初めての人』


 オトハさんは、そのまま魔導手話を続けます。


『前にも話したけどさ。わたし、里にいた時は、実の親からさえこうするために生まれてきたって言われてて……ずっと部屋に閉じ込められてた。

 わたしの一日は起こされて、ご飯を食べて、その後はひたすら魔法や呪い、解呪の勉強ばっかり。ちょっとでもできなかったらぶたれて、できたとしても褒められもしなくて、ただただ言われたことをこなす日々だった。たまに生贄としての儀式とかもあったかな。思いついたような休憩も、稀にあったけどね。

 だから、わたしは……このまま言われるがままに生きて、言われるがままに死ぬんだって……ずっと、そう思ってた』


「…………」


 彼女の境遇については、私も聞いています。エルフの里で、第二神という神を蘇らせるための生贄として生まれてきたオトハさん。


 その為だけに学ばされ、言葉を奪われ、いずれ必要に応じて死ぬためだけに生かされてきた彼女。


 そんな彼女の気持ちを、今、私はどこまで解っているのでしょうか。


『里にいた時、監禁はされてたけど外に出られない以外は不自由があんまりなかったから、本とか読んで、色々知ったんだ。わたしの知らない外の世界。誰かと一緒にいる喜び。そういうわたしの知らないものがいっぱいあるんだって解って……わたしは逃げたくなった。

 このまま、誰かの都合で言われるがままに生きるのが、嫌になったから。だから魔族が里を襲ってきた時、わたしはワザと魔族に捕まるように逃げた。そうして捕まって、魔国に連れて行かれた。

 他のみんなは、魔族に捕まって絶望したような顔をしてたけど、わたしは笑ってた。だって、やっと窮屈な里から出られたから』


 オトハさんは私と違って、自分で逃げることを決心していました。本当に凄い方です。


 私なんかは魔国で囚われていた時、全てを諦めてそのままでいるつもりでいたのですから。彼女に逃げようと言われなければ、私はあのまま魔国にいたことでしょう。


 そうしていたら、今この時なんか無かったと思います。


 誰かに引っ張ってもらわないと動けなかった私と、自分で立って動いた彼女。どちらが凄いかなんて、火を見るより明らかですよね。


 そんな彼女は頬のコードに触れながら、話を続けます。


『魔国でオーク族の奴隷になって、このコードを入れられて。今度はより直接的に乱暴されるようになった。顔が気に食わないからって殴られてる人もいたし、女の人はどこかに連れて行かれて二度と戻って来なかったりした。

 そのうちにわたしも呼ばれて、あのオーク三人のところに連れて行かれたんだけど……あのオーク達は監視が甘かったし、身体も拘束されなかったから、もう一回逃げたんだ。

 里から出たかったからって、オークの奴隷になりたかった訳じゃなかったしね。あとは逃げて、逃げて……ただ、祈ってた』


「祈って、た?」


『うん。誰かがわたしを助けてくれるように、祈ってた。頑張って、頑張って……とにかく頑張るだけ頑張ったら、あとは女神様が助けてくれるって、宗教関連の本を読んだ時にそう書いてあったから。女神様なんて信じてなかったのに、どうか助けてくださいって、必死に祈ってたんだ。

 おかしいよね。普段は信じてないくせに、自分が大変な時は助けて欲しいなんてさ』


「……そんなことないですよ」


 そう言って自嘲気味に笑うオトハさんに、私はそんなことはないと返します。


 元の世界でだって、なんの神様も信じていないにも関わらず、そうやってお願いする人はたくさんいるのです。


 私だって特定の宗教を信仰してはいませんでしたが、神様仏様にはたまにお願いしたりしていましたからね。普通は、そんなものなんですよ。


『ありがとうマサト。それで逃げに逃げてたら、あの裏路地で行き止まりになって、もう駄目だって思った時に……』


「……私に会った、と」


『うん。あの時だよ』


 思い返されるのは魔国でオトハさんと会った時のこと。オーク三名に追い詰められた彼女が、偶然通りかかった私に助けを求め、私はそれに応じて割って入って。


 結果的には私だけではなく彼女の手助けもありましたが、無事にオークたちを撃退できました。


 私だけでは助けられられなかったという、ちょっとカッコ悪い感じにはなってしまいましたが。


『わたしはあの時マサトに、わたしを助けてくれる貴方に会えて、本当に嬉しかったの。今までわたしを助けようとしてくれた人なんて、いなかったから……』


「……私も、ですよ」


 そんなオトハさんの言葉に、私も同意します。彼女とは少し違いますが、私もオトハさんに会えて、本当に嬉しかったのですから。


「あの後、オトハさんが私を心配して逃げようって言ってくれて……本当に嬉しかったんです。元の世界では、こんなことも出来ないのかと呆れられて捨てられ、こちらに来てからも、私なんてどうなっても構わないみたいな感じに扱われてて……私のことを心配してくれる人なんて、いませんでしたから。

 だからあの時、オトハさんが私のことを心配なんですって言ってくれて……嬉しかったんです。本当ですよ?」


 私自身の境遇と、あの時に思っていたことを素直に吐き出します。


 オトハさんとは程度が雲泥の差かもしれませんが、似たような状況下にいた私たちは、もしかしたら何らかの力で引かれ合う運命だったのかもしれません。


 そんなバカなことをふと思い、いやいや、と心の中で頭を振ります。


『……そっか。マサトも、わたしに会えて、嬉しかったんだ』


「はい。それはもう、間違いありません」


『そっか……そっか!』


 噛みしめるように、オトハさんがそう身振り手振りします。


『……正直なところ、ずっと不安だったんだ。わたしが逃げようなんて言ったから、マサトに辛い思いをさせたんじゃないかって……ジュールさんやルーシュさんだって、わたしがマサトと逃げなければ、あんなことにならなかったんじゃないかって……』


「いえ、あれは……」


 思い起こされるのは、魔国で私たちを助けてくれたジュールさんとルーシュさん、マッドさんにカイルさんです。


 あの時、彼らが身を挺して助けてくれたからこそ、私の今の決意と生活があります。


 それに、あれについては私にも悔いがあります。あの襲撃も、私がもう少し早く魔王の力に気づいていれば、なんとかなったかもしれない、という悔いです。


「私が黒炎の力にもっと早く気づいていれば、ジュールさん達を死なせなかったかもしれません。その点については、私も悔やんでいます。私が、もう少しだけ早く、気がついてさえいれば……」


『ううん。そんなことない、マサトは悪くないよ。元々はわたしが……』


「いえ。私さえ気づいていれば、もうちょっと何か……」


『ううん。わたしが……』


「いえいえ。私……」


 そんな言い合いを少しして、ふと、私たちは我に返りました。ここでどちらの所為だと決めても、何にもならないこと。


 ジュールさん達が戻ってくることもないですし、誰かが裁いてくれることもありません。


 結局は、私たちの自己満足みたいなものになってしまうのではないかと、そう思いました。


「……タラレバは、もう止めましょうか。ジュールさん達が帰ってくる訳でもないですし……」


『……うん、そうだね』


 そして一息ついたところで、不意にあくびが出てきました。


 そう言えば、かなり身体を酷使していたんでしたね、忘れてた。


 ヤバい、意識した途端にどっと疲れが押し寄せてきて今にも寝そう。


「ふあ~あ……」


『フフフ……疲れたよね? マサト、少し寝たらどう?』


「いえ、その、まだやることが……」


 ええ、私にはまだやることがあります。


 この後ウルさんとお祭りを回って、それが終わったらあのお店で限界まで売りに売って、得たお金で解約金を払って、あと全然やれなかった課題もまだ……頭の中でやること一覧を挙げていたら目眩がしてきました。


 ああ、まだこんなにやらなきゃいけないことがたくさん……。


『……マサト。はい』


 そう思っていた私に、オトハさんがポンポンと自分の太ももを叩きました。何でしょうか、虫でもいたんでしょうか。


 それで、はい、と言われても一体私にどうしろと。


「えーっと……」


『……もう。マサトって本当にバカなんだから』


 すると、オトハさんは私の頭を両手で掴み、そのまま自分の方へと倒してきました。


 疲れていてロクに抵抗できなかった私は、そのまま彼女の太ももへとダイブします。


『よしよし』


「……あ、あの……これって……」


 今の体勢はまさか、膝枕というやつではないでしょうか。否、膝枕に決まっています。


 オトハさんはそのまま優しく、私の頭を撫でています。


 ま、不味い、あたたかく、柔らかい感触と彼女の香り、そして蓄積された疲労感が合わさって、一気にまぶたが重くなります。


『マサトはわたしのために頑張ってくれたんだよね。わたしは知ってるよ。本当にありがとう。だから、今はゆっくり休んでね。お疲れさま』


 どんどんとオトハさんの声も遠くなっていきます。駄目だ、今寝たら、今後の予定に支障が……。


 そして私は、そのまま眠ってしまいました。


 意識を失う直前に、彼女の顔が近づいてきて、額に柔らかい感触があったような、そんな気がします。


 全然解りませんでしたが、一体あれは何だったのでしょうか。

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