第65話 呪いの暴走


「……薪割りって、結構大変ですのね」


「そう言いながら軽々と斧を振り下ろさないでください。全然大変そうに見えませんので」


 そうしてお昼ご飯になりました。


 先ほども言いましたが、お昼はバーベキューです。串に刺したお肉や野菜を、網の上で焼いて食べる。シンプルでいて楽しく、そして美味しいというパーティ料理です。


 そんなパーティ料理のための準備担当が、先ほどのゲームで私たちになった訳なんですが。


『あっ、マサト駄目だよ適当に串に刺しちゃ。お肉と野菜のバランスを考えないと』


「っていうか野菜の皮むきもちょっと雑じゃない? あんまり分厚く剥いちゃうと勿体ないからさ。後はボクがやっておくよ」


「お嬢様。材料を切るだけのことでいちいち包丁を振り上げないでくださいでございます。見ていて非常に危ないのでございます。ワタシにお任せを」


「「…………」」


 こうして女性陣三人から戦力外通告を受けた私とマギーさんは、いそいそとバーベキューの火力となる薪を割るために別荘まで戻ってきていました。


 元の世界で唯一私が苦手だったのが、家庭科の授業です。掃除洗濯炊事に裁縫というやつは、どうしてあんなにできないものなのでしょうか。


 家事はやる気と根気の問題とどこかで聞きましたが、ああ言われてしまうとやる気が起きません。


 そしてそれはマギーさんも苦手だったみたいで、別荘までの移動の途中、「だってやったことないんですもの……」とボソボソ呟いていたので、私の同類でしょう。


 この悲しみは、薪を割って晴らすことにします。


「ふんッ!」


「あら。マサトも随分と力強くなりましたわね」


 しばらく病院で寝ていたために筋力は少し落ちてしまいましたが、それでも鍛えていた分はまだ残っていたみたいで薪割りくらいなら何とかできます。


 それこそ以前の私なら、二、三回やっただけでヒイヒイ言っていたかもしれませんので、少しは強くなれたのでしょうか。


「ふう……マギーさん。少しお手洗いに行ってきます」


「わかりましたわ」


 もよおしてきた私は斧を置くと、別荘にトイレに向かいました。ちなみにこの世界のトイレは魔導式水洗トイレです。


 原理は解りませんが、元の世界の水洗トイレとほぼ同じ感覚で使うことができるので、ありがたい限りです。


 そうして事を済ませた私が、再度マギーさんのいる所に戻ろうとしたその時。


「…………うッ!?」


 突如として胸が、まるで内側から針で貫かれたような痛みを発して、耐えられなくなった私はその場にうずくまってしまいました。


 な、なんだ、この痛み……気がつくと、呪いが身体を這いずり回っているような感覚もあり、苦しみが一層増します。


(な、なんで……き、今日は黒炎を使ってないのに……こんな)


 地面で悶ていると、いつの間にか、自分の周りに黒炎が発生しています。まるで、"黒炎解放(レリーズ)"を行ったかのように。


 まさかと思って耳の上に手をやってみると、固いものの感覚があります。手や身体の筋肉もそのままで、肌にも入れ墨のような痣が浮き出てきていないので、まだ完全に魔王化した訳ではなさそうなのですが。


(まさ、か……呪いの進行で、勝手に魔族の姿に……ッ!? 不味いです。ゲールノートさんからもらった薬もビーチに置きっぱなしにしてきましたし、こんな姿を誰かに見られでもしたら……)


「マサトー! 戻ってくるなら飲み物も追加で持ってきていただけませんこと?」


「ッ!?」


 そんな折にまさかの声が聞こえてきました。間違いない、マギーさんの声です。


 今、この姿を見られる訳にはいきません。かと言って、胸の痛みはまだ激しく残っています。このままでは動けません。こ、こうなったら、いっそ。


「…………"黒炎解放レリーズ"ッ!」


 いっそ自分で黒炎を解き放って変身してしまえば、逆に痛みは引くのではないか。


 そう考えて自身の内側に眠る黒炎を解放してみると、身体中にオドが行き渡った瞬間からみるみるうちに痛みは引いていきました。よ、良かった。痛んだ胸を抑えながら、一つ、深呼吸をします。


 しかし今の私は耳の上から角が生え、髪の毛の色は抜け落ち、肌の色も薄くなり、更には顔も含めた身体中に黒い入れ墨のような痣が走っており、黒い強膜に赤い瞳を携え、黒炎を身に纏っています。言い訳不能の、魔族の姿です。


(以前病院で、私の臓器はもう一部魔族のものへと変わってしまったという話がありました。まさか、身体に異なる種族の臓器があるから拒絶反応が出てるとかじゃないですよね……? い、いや、それよりも早く動きましょう。マギーさんに見つかったら面倒なことに……)


「マサトー? 聞いてますのー……ッ!? あ、貴方はッ!!!」


 声のした方に目をやると、マギーさんがそこにいます。しまった、遅かった。バッチリと目があってしまいました。こ、こうなったら面倒になる前に逃げなければ……。


「待ちなさいッ!」


 しかし、一足飛びで距離を詰めてきたマギーさんが、逃げようとした私の腕を掴みました。は、速い。マギーさん、こんな速度出せたんですか。


「逃しませんわよ。貴方には、聞きたいことが山程ありますわ」


「…………」


 掴まれてしまいましたこのままでは逃げられないどどどどどうしましょう。


 おそらくマギーさんは、この魔族が私であるとまだ知っていません。下手に私が現魔王で黒炎の力を持っていると知られるのは不味いため、他の人には口外しないようにと、少し前にもノルシュタインさん達に言われたばかりです。


 何より、私たちに良くしてくれるマギーさんを、下手にこちらの都合に巻き込むのも気が引けます。知ってしまったら知ってしまったで、何か迷惑をかけてしまうかもしれませんもの。


 そうなると、隠す一択以外に選択肢はあり得ない訳なんですが。


「教えてくださいまし。貴方は何者ですか? 以前、どうしてわたくし達を助けてくれたのですか? その話を聞くまで、この手を離すつもりはございませんでしてよ」


 掴まれたこの手をどうしましょうか。無理やり振りほどくこともできるかもしれませんが、そうしてしまうと意地でも離さないつもりのマギーさんが抵抗して、最悪怪我を負わせてしまうかもしれません。


 それは、嫌ですね。そうなると、何とか適当を言って穏便にこの手を離してもらう必要があるのですが。


(……"黒炎解放"時に声が変わる訳でもありません。ここは私だとバレないように、声色を変えて……)


 自分の中で意識的に、声色を変えてみます。この世界に連れてこられた時のあの魔王の声を思い出し、低めに、トーンを低めにして……。


「……ばな”ぜ」


「ッ!?」


 しまった。低い声を意識しすぎて、逆にガラガラ声になってしまった。マギーさんがドン引きしているように見えます。


 いけないいけない。適当に咳き込みつつ、私は再度、声の出し方を考えます。


 自分に出せる範囲で、なおかつ普段よりも低めにして私だと解らないように、そしてなんか王様的な、尊大な感じをイメージして……。


「ゴホ、ゴホ……手を離せ。私には、お前と話すことなどない」


「ッ!?!?」


 よし、今度は無理なく低い声が出せました。これなら私だとは解らないでしょう。と言うか、私ってこんな声出せたんですね。自分でもびっくりです。


 しかし、マギーさんもまたびっくりしているような気がします。何か不味かったでしょうか。


「……お、思っていたよりも素敵な声、ですのね……」


「?」


 何故か顔を赤らめながら少しそっぽを向いているマギーさんですが、よし、何とか上手く騙せているみたいですね。


 この様子だと、彼女が掴んでいる相手がまさか私だとは夢にも思わないでしょう。第一段階、クリア。

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