第66話 誤魔化せました?
「……しかし、それとこれとは話が違いますわ。貴方……魔王なのでしょう?」
「…………ッ」
核心を突いてくるマギーさんの言葉に思わず反応しそうになりますが、ギリギリのところで耐えます。
目を一度閉じて、身体の焦りをゆっくりと落ち着かせます。
「……だとしたら、どうだと言うのだ?」
「否定はされない、と。つまり、貴方は魔王ということですわね」
ぶっちゃけ黒炎の存在を知っているマギーさん相手に誤魔化しは効かないと思いますので、ここはこれでいいでしょう。
黒炎は魔王のみが扱える地獄の業火で、私が黒炎を使ったところを彼女は見ている訳ですから。取り繕うには手遅れ、というやつです。
「貴方が魔王だということは解りました。そして次の質問ですわ。貴方は以前、何故わたくし達を……いえ、英雄の娘であるわたくしを助けたのですか? 貴方からしたらわたくしなど、同胞を多く殺した男の娘という憎んで然るべき相手でしょうに」
貴女が私の友達だからです、という正直な発言は信じてもらえないでしょう。
と言うか、向こうからしたら噂以外ではこちらを知りもしなかった相手です。
しかも、おっしゃている通り、マギーさんは魔族を多く葬った人国の英雄の娘。何故助けたのか、疑問に思って当然でしょう。
しかし正直こうして話すことを想定していなかったので、それに対する回答は用意していなかったのが事実。私の頭の中は空っぽです。
つまり、どうしましょう、ということです。
「…………」
「……そろそろ回答いただけませんこと?」
黙って適当にやり過ごしたかったのですが、それも限界ですか。
えーっと、なんて言いましょうか。敵国の長である魔王が、わざわざ相手国の英雄の娘を助ける理由とは一体。
「……お前が、危なかった」
「…………えっ?」
苦し紛れに出てきたセリフは、おおよそ魔王が言うこととは思えない一言でした。
やっべ、この後どうしましょう。
「それは……どういうことですの?」
当然聞かれますよねー。えーっと、どういうことか、ですか。
正直に申しますとそれは私が聞きたいんですが、でもこれ自分で言ったことなんですよねー、あはは、どうしよう。
「……たまたま通りがかった際に、襲われている奴がいた。私にはそれを助ける力があった。だから、助けた……それだけだ」
どうしましょう。勢い任せで口を開いたら段々と取り返しがつかない域に達しようとしている気がします。その実感があります。
と言うかこの理由で助けるのって、魔王ではなく英雄の方では?
「そ……んなこと、だけで……?」
ほらぁ、マギーさんがびっくりしてるじゃないですかぁ。一番びっくりしているのは私ですよ、ホントに。
「う、嘘ですわッ! あ、貴女は人間を敵視しているから、憎んでいるから、戦争なんて起こしたんじゃありませんのッ!?」
知りませんよそんなこと。だって、私がこの世界に来た時には、もう戦争中でしたから。その前の事情なんて、知っている訳ないじゃないですか。
でも知っている体で話をしなければならない今この時。どうしてこうなったのでしょうか。
「……私は別に、人間を憎んでいる訳ではない」
良し。もうこの際、思いついたことを適当言ってさっさと逃げましょう。
別に一般大衆に向けて演説している訳でもないですし、相手がマギーさんだけなら何を言っても大事にはならないでしょう、多分。
「戦争とは政治的手段の一つだ。相手が悪い国だからやっつけよう、等という単純な話ではない。自国の繁栄のため、領土や資源のために行う相手国との交渉の末の、ただの一手に過ぎない。その一手が有効に機能するように、人間が悪い奴らだと自国の民衆を煽ることはあるがな。だから、人間を憎む魔族は確かに多いが、私自身、人間が憎いと思ったことは一度もない。戦争は、そうしなければならない都合があったから、そうしたまでだ」
魔国でやったジルゼミの戦争論の一部を引用しつつ、先ほど言った言葉に齟齬が出ないように話をカバーします。
まあ実際、私が人間を憎んでいることはないので、一部は本当ですが。
と言うか、ホント命がけだったジルゼミが随所で役に立っていてびっくりです。何でも勉強しておくものですね。
戦争は政治の一部だと、そうは言っても本来、戦争なんてやらないに越したことはありません。だって誰かが死ぬんですもの。
だからこそ、私は停戦を終戦にしたいと思っている訳なのですが。ただ、戦争を引き起こした原因というのは、私もよく知りません。
ジルゼミでは人間の蛮行に対する報復と聞きましたが、実際どうなのかは解らないのです。
「……じ、じゃあ! どうして貴方が人国内にいらっしゃるのでッ!? あ、貴方は魔国の王で……」
「それをお前に言う必要がどこにある?」
そして、言う必要がないことは言わない。以前学校に来た魔狼のイーリョウさんが言っていたことですね。
必要がないことをいちいち教えてあげる義理はない。うん、確かにその通りです。
「そ、それは……」
案の定、マギーさんは困った表情をしています。そうですよね、それを聞く必要は特にないですもんね。
仮に必要があって正直に答えたとして、貴女に別荘に来ないかと誘われてここまで来たんですと言ったら、信じられるかどうかは微妙ですが。
そして話している内に気がついたのですが、マギーさんがこちらを掴んでいる手の力が弱まってきています。
お、これならいけそうです。そろそろサッと振りほどいて、撤退を……。
そう考えていた時に、私たちの辺りに向かって強烈な一陣の風が吹き抜けました。
「ッ!?」
「きゃあッ!」
吹き抜けた風で体勢を崩したマギーさんを、慌てて抱き寄せて受け止めます。
あ、危なかった。彼女が転ぶ前に間に合いました。
そう言えばイルマさんが、この辺はたまに突風が吹くから気をつけて、と言っていたような気もします。良かった良かった。
「……大丈夫か?」
「~~~~ッ!!!」
腕の中のマギーさんの無事な様子を見て、ホッと一息です。当たっているたわわな胸の感触は、今回の役得としましょう。
しかし、一体どうしたのでしょうか。抱き寄せたマギーさんの様子が、何か変です。
私からは顔を真っ赤にしたまま、プルプルと震えているように見えるのですが。
「……どうかしたか?」
「ッ! べ、別に何でもありませんわッ!!!」
声をかけるとハッとしたように我に返ったマギーさんが、そそくさと私から離れます。ああ、あの感触が惜しい。
そんなことを思っていると、ふと、彼女が私から離れたことに気が付きました。掴まれていた手が、今は遠くに。あ、今なら逃げられる。
「……ではな」
「ッ! お、お待ちになってッ!!!」
嫌です。これ以上何か話していて、ボロを出さない自信がありません。それなら、さっさと逃げるに限ります。
私は木々の上まで飛び上がると、マギーさんから見えない位置まで移動するために魔法を展開しました。
「"黒炎噴(B.F.ブースト)"」
「あ、ありが……」
そうして一気に空中で加速し、別荘から離れます。
去り際にマギーさんが何かを言っていたような気がしますが、遠くてあまり聞こえませんでした。
離れた山に着地した私は踵を返して、また別荘の方へと戻ります。今度は、見つからないように低空飛行で。
「……誤魔化せ、ましたよね? これ、オトハさんとウルさんに言わなきゃ駄目ですかねぇ……?」
戻り際の私は、起きてしまったこの事態をオトハさん達になんて言おうかと、頭を悩ませました。
また怒られるのかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます