第50話 よくもボクを……


「イーリョウ!? な、なんでここに……?」


「なんでとはまたつれないですねえ。あっしとあんたの仲じゃないっすか」


「変なこと言わないでよ!」


 イーリョウ? 誰でしょうか。ウルさんの知り合い?


「まあ実際は、あっしの仕事の都合でここに来る予定があったんで、ついでに見に来ただけですよ。そしたらまた、あの熱を上げてる男の子との青春中。ちゃんとそこの男の子が気絶するまで待ってあげてたあっしの優しさに、まずは感謝するべきじゃないんですかい?」


「何も今日、わざわざ学校にまで来なくてもいいじゃないか! ちゃんと今日が終わったら報告するって、連絡もしただろう!?」


「だから。あっしの仕事の都合のついでって言ってるじゃねーっすか……ちょいと見にきたくれーでそんな目くじら立てねーでくださいよ」


 この人は一体誰なんでしょうか。ウルさんの知り合いにしては、なんだかあまり仲良くなさそうですし、かと言って全然知らない人って訳でもなさそうですし。


「しっかし、いきなりディープとは、あんたも済ました顔してなかなか情熱的……」


「次その話題を口にしてみろ。二度と口が聞けない身体にしてやる」


 ヤバい。自分に言われた訳でもないのに背筋が凍りつきそうです。ウルさんのドスの効いた声色、本気で怒っていますね。


 まあ、あんな場面を知り合いに見られていたとなったら、私もどうするかは想像できませんが。


「おー怖い怖い。ま、それはそれとして、せっかくですし報告くださいよ。また後で来るのも二度手間でしょうよ」


「…………」


 しかし、イーリョウさんはあっさりとウルさんの言葉を流してしまいました。いや凄い人ですね。目を閉じていても殺気が出ているのは何となく解るくらいなのに。


 しかし、報告ですか。ウルさんはイーリョウさんに、何か調べ物でも頼まれていたのでしょうか。


「どうしたんですかい? さっさと報告してくださいよ。もたもたしてるとそこの男の子、起きちまいやすぜ?」


「……解ら、なかった」


 やがて、ゆっくりとウルさんが口を開きました。


「一ヶ月、いろいろと手を尽くして、調べたけど……解らなかった、んだ……あの魔物が現れた事件については……結局……あれ以上は何も……」


 あの魔物が現れた事件について、とは。ひょっとして、ウルさんが調べていた、あの私が魔王化したあの事件のことでしょうか。


 と言うことはつまり、ウルさんはこのイーリョウさんの頼みで、あの事件を調べていた、ということです。このイーリョウさんって、ひょっとして、魔族だったりするのでしょうか。


「……そーですかい。一ヶ月もあって、何も解らなかったと。つまりは、約束が守れなかったって訳ですかい」


「そ、それは……ッ!」


「まあいいですよ」


 必死に言い訳しようとしているらしいウルさんの言葉を、イーリョウさんが遮ります。


 しかし、約束、とは何でしょうか。ウルさんはこの人とも、何かのやり取りをしていたみたいです。あの事件を調べる対価に、このイーリョウさんに何かしてもらうということを。


「解らなかったんなら、それでいいですよ。素人にお願いするくらいなんだから、そこまで重要なことでもなかったですし。あっしが片手間に調べたらいいだけの話ですからね」


「な……んだよ、それ……それ、じゃあ、ボクは一体……?」


「ああ別に、当たったらラッキーくらいの気持ちでお願いしてたんですから、出来なくてもそこまで腹を立てるようなもんでもないって話でさ。もちろん、ちゃんと調べてくれてたらあんたを魔国に連れてく約束は果たす気でしたけどね。そこはあんた次第でしたよ」


「う……」


「さあて、これであっしの仕事が増えるのは確定したんですが……」


 イーリョウさんがそう言った瞬間、ウルさんが急に声を上げ始めました。


「な、何するんだ! は、離して、離せって……」


「……まあ、その分小遣い稼ぎができるってことで、あんたの身柄、あっしが頂きやす」


「な、なんだよそ、レッ!?」


 その言葉と同時にウルさんが変な声を上げて、ドサッと何かが地面に倒れる音がしました。身体がビクッと反応します。


 えっ、まさか。ウルさん、倒れたのでは……。


「こっちがせっかく書類偽装してまでこの学校に入れてやったって言うのに、結局役に立たなかったですねえ。所詮は半魔か……そう思いやせんかい、そこの男の子?」


「っ!?」


 そこの男の子。と急に話しを振られた私は、飛び上がるような勢いで立ち上がりました。


 目を開けるとそこには、顔全体を布で覆い隠し、目の部分だけが見えている黒い装束に身を包んだ何者かが立っています。


 その傍らには、倒れて気を失っているウルさんの姿がありました。この人がイーリョウと呼ばれていた方、ですか。


「狸寝入りとは頂けませんなあ。勝手に他人の話を盗み聞いちゃいけないんですぜ?」


 自分は隠れてやり取りと盗み聞きしていた癖にこの言い草です。人の事言えるんですかと心の中では思いましたが、そんな言葉が紡げないくらい、私は警戒していました。


「……いつから、気づいていましたか?」


「そりゃあ最初からでさ」


 先ほどまで出ていた鼻血を拭い、改めてこのイーリョウという人と対峙します。


 最初から、と言うことは私はずっと泳がされていた、ということでしょうか。


「気を失ったかと思って出てきてみれば、よく見てみれば実はそうじゃなかったですからねえ。あっしもまだまだ未熟だ。まあ、この半魔は気づいてなかったみたいですから、安心していいですぜ、男の子」


「……貴方は、一体……?」


「あっしですかい? あっしはイーリョウ。まあ、名前は聞いてたでしょうが」


 気を抜かずにイーリョウさんの言葉と身体に注意しますが、この人、なんなんでしょうか。


 ただ立っているだけのはずなのに、何の隙もないというか、今この瞬間にも私の首に手をかけられてもおかしくないような、そんな気配があります。警戒を解いて気を抜くなんて余裕が、微塵もありません。


「そこの半魔を焚き付けて、この学校に不正入学させる手引きをして、この学校であった魔族の事件について調べさせてた。って回答で満足ですかい、男の子?」


「え、ええ、まあ……」


 そしてこう、何と言うか、独特のペースを持っている人っぽくて、会話のテンポが握れません。


 質問に答えてもらっているのに、どことなくかわされているような気がします。


「そうですかい。なら、あっしはこの辺で。この半魔は回収していきやすぜ。こっちの都合があるんでね」


「ま、待ってください!」


 言うだけ言ってさっさといなくなろうとしていたイーリョウさんを、私は必死に呼び止めます。おそらく、本当にあっさりいなくなってしまうのでしょう。


 ここで姿を隠されたら、もう私では見つけられないような、そんな予感が頭をよぎっています。ウルさんを担ごうとしていた動作を止めて、イーリョウさんは私の方を見ました。


「なんですかい? まだあっしに何か用でも?」


「い、いえ、その……い、一体何が目的で、こんなことをしたんですか?」


「それをあっしがあんたに言う必要はあるんですかい?」


「そ、それは……」


 しかし、またあっさりとかわされてしまいそうです。向こうの返しに、私は言葉が詰まってしまいました。


「必要がないなら答えませんぜ。知りたいってだけなら、嫌だって返事をしやしょう。もういいですかい? あっしはこう見えて忙しいんで、これ以上ないならさっさとお暇したいんですがね」


「じゃ、じゃあ! ウルさんを、ウルさんをどうする気ですか!?」


 頑張って質問を変えます。このまま、このまま行方をくらまされたら、本当に見つけられなくなってしまう。ウルさんと、二度と会えなくなってしまう。マギーさんではありませんが、そんな予感がビンビンしています。


「それを言う必要は……」


「私がウルさんの友達だからです!」


 また同じ返しをされそうだと思った私は、先手を取って言葉を遮りました。


「友達の、大切な友達がどこかに行ってしまいそうなら、それを聞く必要は私にはあります。どんな関係なのかは知りませんが、少なくとも貴方が彼女をどこかへ連れて行くつもりなら、一言言ってもらわなきゃ困ります。だって、ウルさんは意識がないんですから。勝手にどこかに連れて行っては、人さらいと同じですよね?」


「……よく喋る男の子ですねぇ」


 とりあえず、足は止めてくれています。まだウルさんも担がれていません。何とか時間を稼いでここから……。


「なんかもう、適当に言いくるめるのも面倒になってきやした」


 そう言われた刹那、気がつくとイーリョウさんが私の目の前にいてその手のひらを私の顔の前に……。


「"偽景色(フェイクビュー)"」


「なッ!?」


 途端に自分の目の前の景色が絵具を混ぜ合わせた時のようにぐにゃりと歪み、上も下も右も左も解らなくなりました。


 これは、魔国にいた時にジルさんにかけられた、あの魔法。そのまま意識が持っていかれそうになりましたが、ギリギリで何とか踏みとどまります。


「……な……に、するんですかッ!」


「おおおおっ?」


 手を払い除けた私は、後ろに下がってイーリョウさんとの距離を取ります。


 前の言葉に加えて問答無用で魔法をかけてきた、ということはいよいよ力づくで解決しようとしてきているのは明らか。


 私は疲れている身体にムチを打って、再度この人の挙動に意識を集中させます。


「普通なら今ので昏倒するんですがね。男の子、あんた何者ですかい?」


「……それをあなたに言う必要は、私にはありませんね」


「……言いますねえ」


 "偽景色"が通用しなかったことで、イーリョウさんもこちらへの警戒を強めたみたいです。


 まさか、私の中に黒炎のオドがあって、その力が幻覚作用のある魔法に抵抗力を持っているなんて思いもしないでしょう。これも最近、オトハさんとの勉強の中で気づいたばかりですし。


「ただの見習い一年生かと思ってやしたが、これはちと、評価を改めなければいけませんかねえ。まあ、もっとも……」


 その瞬間、イーリョウさんの姿が消えます。なっ、一体どこへ……?


「動きはまだまだトーシロですが」


「ガッ!?」


 今度は後ろに回られていたみたいで、後頭部を殴られました。一瞬、視界が真っ白になり、うめき声と一緒に息を吐きます。


 不味い、意識が本格的に飛びそうです。膝から力が抜けて崩れ落ち、うつ伏せの状態で廊下に倒れ伏しました。辛うじて意識は残っていますが、気を抜くとそのまま落ちてしまいそうです。


「へぇ、まだ意識がありやすかい。結構頑丈なんすね、あんた」


 そんな私を見下ろして、イーリョウさんが口を開きます。何とかこの人が視界に入るようにと、私は顔だけ横を向けました。


 身体はもう、取れきれていない疲労感と先ほどの殴打のおかげで、全く動く気がしません。口だけを動かすので、精一杯です。


「なんで、こんなこと……?」


「別に、あんたに教えてやる必要はねーですよ。でもま、せっかくだからあの半魔をどうする気なのかだけは教えてやりやすよ。冥土の土産ってやつでさぁ」


 イーリョウさんはそう言うと私の顔の前でしゃがみ込み、ウルさんをどうする気であったのかを話し始めました。


「あの半魔は、あっしが知ってる店で娼婦でもやってもらう予定でさ。半魔なんて魔族でも結構疎まれてやすからね。役に立たねーってんなら、もう身体でも何でも使ってもらうしかねーのさ。どーせこの学校でも半魔は浮いてたんでしょ? あっしはその仲介料で懐は潤うし、学校も厄介払いできてお互い笑顔。Win-Winってやつでさぁ」


 この人は、ウルさんをそういったお店に売り飛ばして、お金儲けをしようとしていました。


「そ、そんな、こと……あ、貴方は、ウルさんのことを、何だと思って……ッ!」


「半魔は半魔。魔族にも人間にも馴染めず、役にも立たない半端もん。それ以上は、何もねーですよ」


 吐き捨てるようにそう言ったイーリョウさんは、これで終わりだと言わんばかりに立ち上がりました。


 合わせて、懐からナイフを取り出しています。鈍く光るその短い刀身を見て、私は肝が冷えるのを感じました。ひょ、ひょっとして……。


「さあて、と。正直、二人も行方不明にすると周りが騒いで色々と面倒でしょうが、まあいいでしょう。あっしも、やることやってないと勘が鈍っちまいそうなんでね。冥土の土産も渡したし、運が悪かったと、そう思っててくだせえ。じゃあな、男の子」


「ッ……!」


「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


 不味い、と私が目を閉じたその時、突如として声が響き渡り、イーリョウさんから光が溢れました。


 驚いた私が目を開けると、そこには炎の塊に直撃を顔に受けたのか、顔面をおさえてよろめいているイーリョウさんがいます。その衝撃、手に持っていたナイフも廊下に落としました。


「……よくも……よくもボクを騙してくれたなッ!」


 顔を頑張って前へと向けると、そこにはよろよろになりながらも立ち上がり、イーリョウさんへ向けて敵意の視線を送っているウルさんがいました。


 その形相は険しく、今まで見たこともないくらい、本気で怒っているのが解ります。

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