第22話 黒炎の解放とその代償
「ヒャーハッハッハ! まさか先は行き止まりだったなんてよぉ!」
「残念だったなぁ工事中でよ! ハーッハッハ!」
あの後、体育館裏を過ぎてそのまま建物の方へ走り込もうと思ったら、曲がった先は行き止まりでした。いや、体育館に隣接している多目的施設があるのですが、その裏口に鍵がかかっており、入ることができません。
しかも、体育館と多目的施設の渡り廊下は現在工事中みたいで、柵がしてあって通ることができません。無理やり乗り越えることもできそうですが、既に追手の二人に追い詰められてしまったので、そんな余裕はないでしょう。
(……どうしましょう……?)
せっかく皆さんを助けるためにと逃げてきたのに、逆に助けて欲しい状況になってしまうとは。なんとも情けない。
「ど~するよ、アーキ?」
「そうだな~。ユージン」
そして追手の二人はアーキさんとユージンさんと言うみたいです。二人共リーゼントなので、一瞬兄弟かとも思いましたが、顔つきが違うのでおそらくは他人でしょう。
「こいつボコして、さっさと戻るのはどうよアーキ? あの金髪ちゃんのパイオツに早くあやかりたいぜ」
「それもいいな~。だが、こいつをボコしてから、こいつも人質に取るってのはどうよユージン? そうしたら、金髪ちゃんも大人しくなるんじゃねーの?」
既に二人は袋のネズミである私の処遇をどうするか、という話になっています。そりゃそうでしょう。傍から見た私は武器も持っていない、エドさんみたいな武勇もないただの一般学生です。喧嘩に明け暮れたであろう彼らからしたら、ただのカモなのでしょう。
(……と、とにかく、やれるだけやってみましょう!)
かと言って、私としても黙ってやられる訳にもいきません。そう思った私は利き手の右手を握りしめ、お二方へ向かっていきました。
「こ、この!」
「うおっ!」
アーキさんの顔面目掛けて拳を振るいましたが、あっさりと避けられてしまいます。しまった、と思ったのもつかの間。不意打ちを躱されてしまった私は、アーキさんが拳を握っているのが見えました。
「おらよ!」
「ぐはっ!」
殴ったままの体勢でガラ空きになったお腹に、アッパーを入れられます。思わずうずくまりそうになりますが、途中で胸ぐらを掴まれた私はうずくまることすら許されず、身体を持ち上げられます。目の前にはユージンさんの顔がありました。
「よくもアーキに上等くれやがったな、この……」
左手で私の胸ぐらを掴んでいるユージンさんは、空いている右手の拳を握りしめると、
「クソ野郎ぉ!」
思いっきり顔面を殴られました。左頬から殴られた私は、そのまま無理やり右を向かされます。その視線の先には、同じく拳を握ったアーキさんの姿がありました。
「そぉら、お返しだよ!」
今度は左手で殴られます。右頬を殴られた私は、勢いのままに今度は逆方向を向かされ、同時に急激に左右に振られたことで首筋に痛みが走りました。
「ぐ……はぁ……」
「お返しは倍にして返せって……常識だよなぁ! "炎弾"ッ!」
掴まれていた胸ぐらは外ずされました。痛みでふらつく私に向かって、アーキさんが魔法での一撃を見舞います。炎の塊が私の腹部に直撃して爆発。その衝撃で私は少し飛び、地面に仰向けに倒れ伏しました。
「ぐはっ、あ、あぁぁぉ……」
「こんなもんかアーキ」
「だなあ、ユージン」
地面に転がったまま、火傷の痛みと魔法を打ち込まれた衝撃に悶え苦しむ私に向けて、お二方が吐き捨てるようにそう言いました。このままじゃ、不味いです。私は痛みを訴えてくる身体からの信号を無視して、頭の中で必死にどうしたらいいかを考えていました。
助けを呼びに行けない。自分で戦っても負けてしまう。こんな状況において、自分には一体何ができるのだろうか。
しかし、そうして考えて出てきたのは、ああすればいいじゃん、という酷く冷めた考えでした。私が持っている、唯一の力。魔族の一部隊をも全滅させた、あれです。
(……しかし、あれは……)
思い浮かんだ考えに連動して、少し前にオトハさんから言われた、あの時のことを思い出します。
『――あまりこの力は使わないで。色々試した結果、どうも貴方の呪いはあの力を使えば使う程に侵食が進んでいるみたいだから。わたしが近くにいたらまだ大丈夫だけど、あんまり侵食が進んじゃうと――』
不安そうな表情でそう伝えてくるオトハさんに、下手に使ったりはしません、と約束したのが私です。あれからそんなに経ってはいませんが、
「……でも。今は使わなきゃいけない、気がします……」
たった一人で戦っているマギーさん。人質を取られて身動きできず悔しい思いをしているエドさん。そして何よりも、人質に取られて怖い思いをしているであろうオトハさん。
助けを呼びに行けない以上、今すぐに彼らを助けられるのは……。
「……私しか、いないじゃないですか」
「あん? 一人で何言ってんだこいつは? なあアーキ?」
「知らねーよユージン。追い詰められて、頭おかしくなったんじゃねーか?」
そう言いつつ、お二方はじりじりと私の方に歩み寄ってきます。それに対して何とか立ち上がった私は目を閉じて、痛みを訴える身体を無視して、自身に流れる魔力の素であるオドを感じつつ、一言、こう呟きました。
「――――"黒炎解放(レリーズ)"」
そう呟いた瞬間、私の体内のオドは解放されました。直後、身体中に力がみなぎり、頭の中にはいくつもの魔法式が浮かび上がります。あの時と同じですね。こうなったからと言って受けたダメージが無くなったりはしないので、まだ顔やお腹は痛いままですが。
「っ! な、なんだアーキ!? 何が起こったんだ!?」
「わ、わかんねーよユージン!? こ、こいつは一体……!?」
私の解放した魔力を感じたのか、アーキさんとユージンさんが声を上げています。まあ、びっくりするでしょう。身体中にオドが行き渡った私はおそらく、耳の上から角が生え、髪の毛の色は抜け落ち、肌の色も薄くなり、更には顔も含めた身体中に黒い入れ墨のような痣が走っており、黒い強膜に赤い瞳を携え、黒炎を身に纏っているはずなので。
「ま、魔族だ! 魔族だぞアーキ!」
「おおお落ち着けユージン! ひ、人が魔族になるなんてある訳ねーだろぉ!?」
目を開けた私は、怯えた表情のお二方を確認しました。
「ど、どうするんだよアーキ!?」
「どうするもなにもユージン! や、やるしかねーだろーがよ!」
「「う、うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
恐怖からのやぶれかぶれなのか、魔法も使わずに真っ直ぐこちらへ向かってくるお二方。ゆっくりとその様子が見えている私は、殴りかかってくる彼らの拳を避けると、避けながら右手と左手でお二方それぞれのブレザーを掴み、
「「ふぎャッ!!!」
彼らの勢いをそのままに体育館の壁へと投げつけました。潰れたカエルのような体勢で壁にぶつかったお二方は、そのままの体勢のまま地面に倒れ伏します。
「……よし。とにかく、早く先生達のところに……うっ!」
動かなくなった彼らを見て終わったと思った私が黒炎を解除しようとした矢先、身体中に激痛が駆け巡りました。痣が生き物のように動きまわり、高熱と寒気が交互に襲ってきて目眩がします。
「な、なんで……き、今日は、魔法も使ってないのに……ごほォッ!」
耐え難い激痛と交互に襲ってくる高熱と寒気、そして喀血。終いには頭痛までしてきたため、私はたまらず声を上げました。
「あ、ああぁぁあぁあぁああぁああああああぁああぁあああっ!!!」
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