第23話 求めた助けと黒い影


「っ! 今の叫び声はっ!?」


 ようやく半分くらい相手し終えた辺りで、体育館の向こう側から悲鳴にも似た雄叫びが聞こえましたわ。あの声、間違えるはずがありません。


「マサトに何かっ!?」


「っ!」


 捕まっているオトハもそれに気づいたのでしょうか。目を見開いて声のした方を凝視しています。その表情から、心配していることが手にとるように解りますわ。オトハは身体を動かして何とか拘束を解こうとしていますが、チャッコとやらの力には敵わないようで、まだ身動きできずにいます。


「っ! どきなさいっ!」


 そして、心配しているのはわたくしも同様ですわ。マサトがもしあの二人にやられてしまったのなら、なおさらこんな所でうかうかしている暇はありませんでしてよ。


 まだあのガントとか言う輩も入れて数人おりますが、一網打尽にして差し上げますわ。この技はまだ完成はしておりませんが、そんなこと気にしている余裕もありません。


「ヴィクトリア家の剣の太刀筋、その目に焼き付けなさい!」


 そう言ってわたくしはためらいなく数人の中に飛び込んで行き、


「"花はここに散る(フォールアウト)"!」


 周囲全員に向けて一斉に木刀を振るいましたわ。すれちがいざまに複数人に乱撃を叩き込み、通り過ぎた後には散る花の如く血しぶきが舞う、一対多を想定した父の技。


「「「ぐわぁぁぁああああああああああああああああっ!!!」」」


 全員に遠慮なく一撃を叩き込み、わたくしは彼らを通り過ぎましたわ。バタバタと倒れていく奴らの音を聞いて、この大技が通用したことを確信します。その後、一気に身体に負担が襲いかかってきました。


「っ、はーっ、はーっ、……」


 すれ違いざまに複数の敵を一気に斬り伏せる技量と体力、そして一撃の威力を上げるために自身の魔力を剣撃に上乗せする大技ですわ。と言っても、自身の魔力を剣撃に上乗せすることがまだできないので、かつて見たお父様程のものではありませんが……今のわたくしでもあいつらくらいなら、


「……危なかったぜ。やるなあ、チャンネー」


「っ!? なっ……!」


 しかし、振り向いた時に、あのガントがまだ平然とした表情で立っていました。その手には、彼の仲間であるはずの手下が握られています。手下の方は、ボロボロになっておりましたわ。


「あぶねーあぶねー。こいつがいなかったらモロに喰らってだぜ」


 そう言いつつ、ガントは手に持った手下を地面に捨てました。


 その瞬間。わたくしは全てを悟りましたわ。多人数へ向けたわたくしの攻撃の中、何故こいつが平然としているのか。そして一人だけ特にボロボロになっている手下の方。つまり。


「な、仲間を盾にするとか……どこまで腐っていますの、貴方……ッ!」


 このガントが、このクズ野郎が、他人を犠牲にして自分だけ助かろうとしたということですわ。ゲスな言葉や態度だけではなく、平気で仲間を犠牲するその根性まで腐っているなんて。


「こ、このぉ……っ! "花はここに(フォール)"……」


 あと一回、あと一回だけ技が放てれば、このクズ野郎を倒せる。一撃などと言わず、この多人数向けの技で五発でも六発でも叩き込んでやりますわ。そう思ったわたくしは、疲労困憊の身体を再度走らせますが、


「おおっと」


「なっ……っ! きゃあっ!」


 あっさりとクズ野郎に躱されてしまいましたわ。しかも、すれ違いざまに足を引っ掛けられ、わたくしは無様に転んでしまいます。


「チッ! パンツは拝めなかったか……だがチャンネーよぉ。もう身体は限界みたいだなぁ……」


 憎しみを一心に込めた目で見返しますが、ニヤ~っと笑っているクズ野郎には毛ほども伝わっている気がしません。何とか立ち上がろうとしましたが、思った以上の疲労感で、木刀を支えにしなければ立っているのも厳しいくらいでしたわ。


「……もう我慢ならねぇ!」


 その声が聞こえたかと思うと野蛮人が動き出し、一直線にクズ野郎へと向かおうと、


「動くんじゃねーって言ったろっ!?」


「っ!」


「オトハ!」


 しましたが、オトハを捕まえているチャッコが、オトハの右腕を切りつけやがりましたわ。彼女の腕から、血が流れています。それを見た野蛮人が、足を止めましたわ。


「~~~~っ!」


 腕から血が滴るオトハが苦しそうに表情を歪めています。絶対に、絶対に許せませんわ。


「オメーが悪いんだぜ悪鬼羅刹ぅ? オメーが下手に動かなきゃ、あの子も怪我することなかったのになぁ~?」


「そうだそうだ! 親分の言う通りだ! オメーのせいだぜバーカ!」


「…………クソがぁぁぁあああああああああああああああっ!!!」


 クズ野郎共が嘲るように野蛮人を挑発します。それを聞いた野蛮人は、吠えながら地面を殴りつけました。


「……そうですわ。引っ込んでなさい、野蛮人」


 そして、私が前へ出ましたわ。正直なところ、体力もほとんど限界に近いですが。


「貴方がでしゃばると、オトハが傷つきますの……大人しくしてろ、ですわ」


「……テメーだって限界だろうがパツキンっ!!!」


 すると、まるでわたくしの内心を見透かしたかのようなことを、野蛮人が口走ります。


「俺との喧嘩で手首痛めて、あんだけの人数とやり合って、あまつさえあんな大技まで使ったんだ! テメーはもう十分なんだよ! おいクズ野郎ォ!」


 野蛮人はそう言うと、クズ野郎の前まで歩いて行き、目の前であぐらをかいて座りました。


「元々は俺に因縁つけやがったんだろうがっ! 勝手にパツキンやその子を巻き込んでんじゃねーよ! さっさと俺だけボコりゃあ終わりだろうがぁ! さっさとやれやぁ!!!」


 そう叫んで、野蛮人はクズ野郎を睨みつけています。


「……そうだなあ」


 それを見たクズ野郎は、野蛮人に近づいていき、


「ガハァっ!」


「元々はオメーボコる予定だったもんなあ。わりぃわりぃ。今すぐやってやっから許してちょん」


「ぐっ! ハ! グハァ!」


 座っている野蛮人に殴る、蹴る、叩く等、容赦なく打ち込みました。一撃が入る度に、野蛮人が苦しげな声を漏らします。


「ぐ……ゴファ!」


「情けねーなー、悪鬼羅刹よぉ」


 やがて座っていることも困難になり、うつ伏せに倒れ伏した野蛮人の背中を、クズ野郎が踏みつけました。踏んだ足をそのままグリグリと押し付け、勝ち誇ったような表情をしています。


「ぐぅぅぅ……気は、済んだかよ……?」


「ああ? これで終わりとでも思ってんのか?」


「ぐあっ!」


 痛みからか身体が震えている野蛮人の言葉に、クズ野郎は更に踏みつけて返しました。何度も、何度も、何度も、何度も、力いっぱい野蛮人を踏みつけ、その度に苦悶の声があがります。


「おらよ!」


「ッハァ!」


 最後と言わんばかりに野蛮人の顔を蹴り飛ばしたクズ野郎は、そのままわたくしの方に向き直りましたわ。


「さあて。残りはオメーだな巨乳のチャンネーよぉ」


「くっ……!」


「なっ!? お、俺ボコったら話は終わりだろーが!」


 倒れたまま声を上げる野蛮人に、クズ野郎がツバを吐きます。


「ペッ! テメーは黙ってろ。お前との決着は終わりだ。だが、そこのチャンネーとした、俺らを倒すって話はまだ終わっちゃいねーよなぁ? 悪鬼羅刹とは関係ねー、別の話だもんなぁ?」


「て、テメー……ッ!」


「か、勝った気になるのはまだ早くてよ?」


 そうですわ。このクズ野郎との決着はわたくしが受けた勝負。ヴィクトリア家を再興させるんですもの。こんなところで、こんなクズ野郎に負ける訳にはいきませんわ。


「いいなぁ、チャンネー。その強気がいつまで続くかなぁ? 決着がついたら、悪鬼羅刹の目の前で犯すのもいいなぁ。こいつらがどんな顔するか、楽しみだなぁ!」


「い、言わせておけばっ!」


 笑顔のクズ野郎に、何としても一撃を入れなければ。このままやられる訳にはいきませんわ。わたくしは駆け出しましたが、


「遅ぇよチャンネー」


「ぐっ!? ああああああっ!!!」


 一撃を入れる前にあっさりと捕まってしまい、クズ野郎の右手で首を掴まれてしまいました。木刀で反撃しようとしましたが、左手で木刀を弾き飛ばされ、地面に落としてしまいます。


「は、離しなさいっ!」


「やーだねー」


 両手で掴まれている首にあるクズ野郎の手を振りほどこうとしますが、わたくしの力が入らないのか、それとも彼の力が強すぎるのか、びくともしません。


「くっ! こ、この……っ!」


「そーいや首絞めプレイとかもあったなぁ! 苦しめば苦しむ程よく締まるんだとよぉ! せっかくだしこのチャンネーで試してやろうかなぁ!」


「ま、待ってろパツキン……今……」


 無理やり立ち上がろうとしている野蛮人に、チャッコが声をあげます。


「テメーはそこで寝てろ! このエルフがどーなってもいいのかぁ?」


「っ! っ!」


 オトハに突きつけられた刃物が、また彼女の肌を傷つけようとしています。野蛮人が歯を砕かん勢いで噛み締め、拳を握る手が腕ごとわなわなと震えています。


「……畜生……畜生ォ……!」


 野蛮人が歯ぎしりしている間にも、わたくしは懸命に手を振りほどこうとしますが、全く解ける気がしません。


「離し、離しなさいな! こ、このクズ野郎……」


「なんとでも言いな! 勝ったのは俺だ! これでオメーは俺のもんだ! ハーッハッハッハッハッハッ!!!」


 どうしようもないこの状況。野蛮人は瀕死状態で、動けばオトハが傷つけられる。わたくしは首を掴まれ、振りほどこうにも込める力も体力もほとんど残っていない状況。


 本当に、本当にどうにもならないのでしょうか。このまま、わたくしは辱められ、オトハも傷つけられ、野蛮人はボロ雑巾のように捨てられて、このまま……。


「誰、か……」


 強まる首への圧迫感の中、どうにもできないと感じてしまったわたくしは、情けなく声を漏らしました。


「……助けて、くださいまし……」


 その瞬間。空から黒い影が落ちてきましたわ。

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