第20話 果し合いと乱入者
「納得できませんわ!」
あの後、授業を少し押して全員分の自己紹介を終え、そのまま午前の授業に入りました。今はお昼休みになり、マギーさんとオトハさんと三人で学生食堂でご飯を食べている最中です。
戦争孤児ということで、私とオトハさんには授業料免除の際のオプションで学食の食事券が配布されています。マギーさんは自腹ですが、イルマさんからの仕送りがあるので、そうそう使い込んだりしなければお金に困ることはないでしょう。
「どうして喧嘩を売られたわたくしまで呼び出されなければなりませんの!?」
『ま、まあまあ……』
正面でガツガツとご飯を食べながら悪態をついているマギーさんを、私の隣に座っているオトハさんがなだめています。それもその筈。あの後マギーさんとエドさんはグッドマン先生に呼び出され、二人して生徒指導室でみっちりお叱りを受けたみたいなのです。
「人のことをデカチチデカチチと大声で言って、破廉恥極まりませんわ! 全く!」
「…………」
その言葉を聞いて、食べながらでも揺れているマギーさんの胸に思わず視線がいきます。確かに、意識してみるとマギーさんの胸は、あのジルさんにも負けないくらい……いや、もしかしたらそれ以上の……。
「いだだだだだだだだッ!」
「…………」
すると、隣に座っているオトハさんがジトーっとした目をしたまま、私の太ももをツネってきました。結構な力が入っていたので、思わず声を上げてしまいます。
「? マサト、どうかされまして?」
「いたたた……え、えっとですね……」
『なんでもないよね、マサト?』
「はい、なんでもないです」
「?」
物凄い圧力がオトハさんから発せられて、私はなんでもありませんと頷きました。マギーさんは首を傾げていますが、それ以上にオトハさんが怖いので何も言えません。なんでしょう、どうしてオトハさんはこんなに怒っているのでしょうか。
「学食にいたのかよ、デカチチ」
すると、朝と同じように凄むような声が振ってきました。顔を向けると、エドさんの姿があります。木刀も持っています。
「誰がデカチチですかこのセクハラ野蛮人! 訴えますわよ!?」
マギーさんが、吠えるように返します。その一言で、また胸に目が行きそうになりましたが、オトハさんが笑顔で私の方を見てくるので、目をそらしました。笑っているのに、背後に酷くどす黒いものを感じたのですが、気のせいでしょうか。
「んじゃパツキン。放課後、面貸せや」
「……なんですって?」
「朝の続きだよ。テメーとは一度、やり合ってみてーだけだ。今やるとセンコーがうるせーからな。放課後、体育館裏な。ほらよ」
そう言い残して木刀を置いたエドさんは、さっさと行ってしまおうとします。
「……何故、わたくしにここまで突っかかってきますの?」
しかし、マギーさんの言葉に、エドさんは立ち止まりました。
「……オメー、ヴィクトリアなんだってな」
そして、エドさんは私達に背中を向けたまま、話し出します。
「朝のあの言葉もあったが……聞けばオメー英雄の娘ってんじゃねーか。だから余計に、負けられなくなった」
「……わたくしがヴィクトリアであることが、貴方になんの関係が?」
「……さあてな。それを知りたかったら放課後に来るんだな、パツキン」
それだけ言って、エドさんはさっさと行ってしまいました。残された私達は、どうしようと言った雰囲気です。
「……どうするんですか。マギーさん?」
『わたしとしては、別に行かなくてもいいと思うけど……』
私はマギーさんに問いかけ、オトハさんは別に行かなくてもいいと意見を出します。まあ、実際はオトハさんの言う通りだと思います。一方的に因縁をつけられている状況ですし、素直に付き合ってやる義理もありません。ならば、同じクラスとはいえ、別に無視してしまっても大丈夫だとは思うのですが。
「……いや、行きますわ」
でもマギーさんは、私達の意見を聞きつつも、行くと言いました。置いていかれた木刀を掴み、その目はやる気に満ちています。
「どうして、ですか?」
『そうだよ。マギーさんが行く必要なんて……』
「ないですわ。必要はありません。わたくしが行く理由は、ただ一つ……」
木刀をぎゅっと握りしめると、マギーさんはそのまま床にそれを叩きつけました。
「人の名前も覚えずデカチチだのパツキンだの言ってくるあの野蛮人に目にもの見せてやりたいだけですわ!」
「ああ、はい……」
『が、頑張ってください……』
そう言われると、こちらとしてはもう何も言うことはありませんでした。オトハさんと二人して、マギーさんが勝つように応援するだけです。
そうしてお昼休みを終え、午後の授業まで終えた私達は、放課後に三人でエドさんに言われた体育館裏にやってきました。エドさんは木刀を持ったまま、壁にもたれかかっていました。
ちなみにエドさんは午前こそ授業に出ていたものの、午後は全てサボっていました。グッドマン先生が「初日からサボりとはいい度胸だ」とめちゃくちゃ怒っていましたが、大丈夫なんでしょうか。
「来たか」
「来てやりましたわ」
彼女の姿を確認したエドさんは、持たれていた壁から離れ、こちらを見たままそう告げます。
「レディーを呼びつけたんですもの。もちろん歓迎の用意はできているのですわよね?」
「生憎、こちとら上流階級の作法なんざ知らねーんでね。歓迎は、こいつでしてやろう」
エドさんはそう言うと、持っている木刀を真っ直ぐとマギーさんに向けてきます。
「マサト、オトハ。下がっていなさい」
そう言って、マギーさんもお昼にもらった木刀を構えます。そして肩幅程度に足を開き、利き腕の右の方向に前足と顔を向け、腰を落として肘を90度に曲げて、右手一本で持った木刀をエドさんの方へと向けました。
元の世界で言うフェンシングの構えに近いものです。フェンシングもマギーさんの流派もよく知らないのでおそらくなのですが、試験勉強中のイルマさんとの打ち合いでみた彼女の剣は、フェンシングに近かったと思っています。
「この野蛮人はわたくしが片付けますわ。よく見ていてくださいまし」
「……ハッ! ハハハハハハハハハハハッ!!!」
構えるマギーさんの姿を見たエドさんは、嬉しそうに笑い出しました。
「いいぜオメー。昨日の雑魚どもより、よっぽど歯ごたえがありそうだ。さあて……」
そう言ったエドさんは腰に木刀をしまうと深く腰の位置を下げ、その体勢からマギーさんに向かって走り出しました。
「やるとしようかぁ!!!」
「っ!?」
木刀を向けているマギーさんに向かって、エドさんは腰に木刀をさしたままです。
「舐めているんですの!?」
武器をしまったまま突っ込んでくるエドさんを迎撃しようと、マギーさんが構えた木刀を振るおうとして、
「っ!?」
「"流刃一閃"!」
お得意の勘で何かを察したのか、マギーさんは瞬時に木刀を防御に回しました。次の瞬間、居合抜きのように腰から放たれたエドさんの木刀が、防御に回したマギーさんの木刀とぶつかります。
「……ハッ、防いだか」
「な、んですの、その剣は……?」
鍔迫り合いになり、エドさんは相手に木刀を叩き込まんと力を込め、そうはさせまいとマギーさんがそれに耐えています。やがてこの状況は悪いと思ったのか、一度立て直すためにマギーさんは後ろに飛びました。
「居合いっつー技術、知らねーの? もしかしたらこの初撃で終わるかとも思ったんだが……」
「っつ、なんて馬鹿力……あまり舐めないでくださいましッ!」
かなり強い力で叩き込まれたためか、マギーさんは少し手首を気にしているみたいです。そしてこの世界でも、居合いはあるのですか。私はテレビや漫画でしか見たことありませんでしたが、間近で見ると凄い技術です。
「俺の一撃を細ぇ片手で受けるたぁ流石だよ。でも大丈夫なのか、手首?」
「別に……気遣ってもらう必要はありませんわ。なんなら、もう一度来てみたらどうですこと?」
「ああ?」
すると、マギーさんは先ほどと同じ構えを取り、木刀の先をエドさんに向けたまま、クイクイッと上げて見せました。まるで、挑発的に手招きするかのように。
「舐めてんのかパツキン? もう一度来いだぁ?」
「あら。不意打ちでしか来られないようなチャチなものですの、その居合いとやらは? 使い手同様、底が知れますわね」
「……上等ぉ」
誘いにあっさりと乗ったエドさんが、再度腰に木刀をしまい、低く体勢を沈めます。
「やってみろやパツキン!」
言うやいなやエドさんは走り出し、腰から木刀を抜く間髪を入れず、そのままマギーさんへの攻撃へと転じます。下から向かってくる木刀を凝視していたマギーさんは、突き出していた自分の木刀に当たる直前に目を見開きました。
「"花は(パリィ)……」
「なっ……!?」
「……風をいなす(フレクション)"!」
「ガッ!?」
その瞬間。エドさんの居合い攻撃がマギーさんの木刀によって円を描く形で受け流され、体勢を崩した彼に容赦のない突きの一撃が刺さりました。脇腹に木刀が突き刺さったエドさんは、苦しそうに顔を歪め、その場にうずくまります。
「ぐうううう……」
「勝負ありましたわね」
うずくまるエドさんに向かって木刀を向け、そう言い放つマギーさん。確かに、勝負あったかもしれません。マギーさんの華麗なカウンターが決まり、立っている者とうずくまっている者。わかりやすい勝ち負けの構図が目の前にあります。
「貴方の居合いとやらもなかなかでしたわ。しかし、わたくしには及ばなかったみたいで」
「…………ハッ」
「……何か?」
勝ち誇るマギーさんを、エドさんは笑い飛ばしました。そしてうずくまった体勢のまま、腰に木刀を戻したかと思うと……。
「っ! マギーさん!」
「えっ?」
「遅ぇ……"流刃一閃"ッ!」
気がついた私が叫んだのも間に合わず、エドさんはその体勢から再びあの居合い――"流刃一閃"を繰り出しました。
「なっ!? きゃあっ!」
完璧に虚を突かれたマギーさんは構えることすらままならないまま、手に持っていた木刀を弾き飛ばされます。痛む脇腹を気にしながらゆっくりと起き上がったエドさんが、今度はマギーさんに向けて木刀を向けました。
「さっきのは効いたぜ……テメーが直前に手首を痛めてなけりゃな」
「くっ……」
マギーさんが直前の攻撃で手首を痛めていたため、先ほどの攻撃にいつもの威力が出せずに耐え切られてしまった、ということなのでしょうか。一気に形勢が逆転しました。
「……悪あがきの不意打ちしかできなかったくせに、よくそこまで勝ち誇れるものですわね」
「ああ? テメーが終わったと思って油断してんのが悪いんだろーがよ。真剣ならこのまま死んでんだぜ、オメー?」
「はあ? 真剣ならそれこそわたくしの一撃で貴方は絶命していましてよ? たまたま木刀だから耐えきれただけのマグレが偉そうに」
「あああ!? 今は木刀での勝負だろうがよ!? 負けたくせにグチグチうるせーんだよ!」
「はああ!? 貴方が真剣とか言い出したから教えて差し上げたのに、なんですのその言い草は!? 自分の言ったことくらい責任持ちなさいな!」
「んだと!?」
「なんですの!?」
「『ま、まあまあ……』」
勝負以前に言い合いになってしまった二人を、オトハさんと一緒になだめます。これって結局、決着としてはどうなるんでしょうか。一応、エドさんが優勢のままって感じではあるのですが……。
「テメーら、ここで何してんだ?」
すると、背後から急に私達は声をかけられました。
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