第19話 学校の始まり


「おはようございます! さあ! いよいよ初登校日ですわ!」


『おはようマサト。一緒に行こう?』


「おはようございます」


 あれからしばらくして。オトハさんと、無事に後期試験に合格したマギーさんと一緒に、私達は南士官学校へ向かっていました。紺色を基調とした新品のブレザーに身を包み、いよいよ学校生活の始まりという気分です。


 とは言え、竜車を使わなければいけない距離に家があるため、三人とも寮生活です。初日ということで、少し離れた女子寮からわざわざ迎えに来てくれたお二人と一緒に登校することになりました。


『……マサト。あの力は使わないように、気をつけてね』


「……解っています」


 行きますわよー、と元気いっぱいに前を歩いているマギーさんに気づかれないよう、こそこそとオトハさんが手話で話しかけてきます。あの夜以降、彼女と二人で自分にある力について色々と試し、何とかこうしたら不味いという事を把握することはできました。


 それと同時に、自分が恐ろしい力を持っていることも知りました。試しに一度使用した際には、マギーさんの家の裏の一部を灰にしてしまい、誤魔化すのに物凄く苦労しました。


『……うん。あと何か身体に異変があったらすぐに言ってね』


「……はい」


『……それと、ハンカチは持ってる?』


「…………はい?」


『忘れ物はない? ちゃんと入学式の案内は読んだ? 最初にどこに行けばいいのかをちゃんと解ってないと、迷子になっちゃうよ? それから……』


「マギーさん助けてください」


 秘密の確認のハズが、いつの間にかまるで世話焼きのお母さんみたいなこと言ってくるオトハさんです。たまらず、前にいたマギーさんに助けを求めました。


「それはオトハに心配させるマサトが駄目なのですわ」


 秘密以外の事情を話したマギーさんの第一声がこれです。


「マサトはたまに抜けていますもの。もっとシャキッとなさいませ!」


「まさか引っ越しの時にお気に入りのぬいぐるみを家に忘れてイルマさんに泣きついて速達で送ってもらったマギーさんに言われるとは」


「ううううるさいですわ! それを言ったら戦争ですわよ! だいたい、一回あっただけのことを今さら……」


『マギーさんは今朝、わたしが言わなかったらカバン置いたまま出かけそうになって……』


「オトハー! それは言わない約束ではありませんか!」


 しかし、この人も大概抜けているとは思うのですが、私もそんなに抜けているのでしょうか。あまり自覚はありません。


『そう言えばマサト。男子寮も二人部屋って聞いてるけど、どんな人と一緒になったの?』


「そうですわね。わたくしはオトハと一緒なので気が楽なのですが、マサトは初対面の人と一緒なのではなくて?」


「いや、それが……」


 通学途中に話題の通り、男子寮も女子寮も二人部屋が基本です。しかし、実は私の部屋の同居人はまだ現れていません。寮長のお姉さんの話だと、今日には来ることになっているみたいなのですが。


「ふむ。まだ姿も見たことない、ということですか」


「そうなんです。同じ一年生とは聞いているのですが」


『何かあったのかな?』


 そんな他愛もない話をしつつ、私達は学校に到着しました。どこの世界でも学校という建物は変わらないのですね。校舎に中庭に体育館にグラウンド等、元の世界とほぼ同じような建物が並んでいます。一部は工事中みたいですが。


 新入生の私達は、まずは入り口の所にクラス発表の掲示がされており、それに従って教室に進みます。その後は体育館に集められて入学式を行い、再度教室に戻ってきて担任となる教師から話がある、といった流れでした。


「今日から君たちの担任になるグッドマン=リンドウだ。よろしく。まずは一人一人自己紹介してもらおうか」


 担任のグッドマン先生は、低く渋い声の男性でした。筋肉も相当つけているみたいで、オーク程ではありませんがガタイもよく、なかなかに迫力のある先生です。


 幸い、私とオトハさん、そしてマギーさんの三人は同じクラス、一年三組になれましたので、知らない人ばかりという事態は避けられたのですが、初対面の人が多いこの空間は、なかなか緊張しますね。


『エルフのオトハと申します。諸事情あって言葉を話せませんが、手話でお話できます。一時期魔国に捕らわれていたので、コード付きではありますが……これからよろしくお願いします』


 オトハさんが丁寧に挨拶されます。周りから拍手が起き、私も続けて拍手をします。


「……ホントだ、コードついてる」


「……エルフのあの子、元奴隷なんだ……」


 しかし危惧していたとおり、コードがそのまま残っていることで、少しクラスメイトはざわついていました。やはり、あまり印象のよくないものなのですね。少しずつでも、馴染んでいけると良いのですが。


「わたくし、マグノリア=ヴィクトリアと申しますわ!」


 少しして、マギーさんが堂々と自己紹介しました。それを受けて、またハイテンションだなあと思っていた私ですが、クラスメイトの反応は先ほどのオトハさんよりもざわついていました。


「……おい、ヴィクトリアだってよ」


「……ってことは、あの"裏切りのヴィクトリア"の?」


「……おいおい、マジかよ……」


 所々からそういった小声が聞こえてきます。なんでしょうか。私が気になるのは周りの人が口々に言う"裏切りのヴィクトリア"という言葉です。裏切りとは、一体どういうことなのでしょうか。


「…………」


 その雰囲気を見ていたマギーさんでしたが、やがて、ドン、っと黒板を叩き、クラス内の視線を一気に集めました。


「……わたくしのお父様は、裏切ってなどおりませんわ」


 そう言うと、彼女は再び息を吸い込み、大きな声で言い放ちました。


「わたくしが、それを証明してみせますわ! 誰よりも強くなって、魔国に勝って、お父様の真実を見つけて……ヴィクトリア家を、再興させてみせます! 覚えておきなさい!」


 真っ直ぐな目でそう言い切ったマギーさんは、「以上ですわ」と言って席に戻ろうとしました。周りの皆さんは呆気に取られたような顔をしていましたが、私とオトハさんは微笑んでいました。


(……マギーさんらしいです……)


 裏切りのことなどはよく解りませんが、彼女はへこたれるつもりはないみたいです。本当に、強い人です。


「……誰よりも強くなる、って聞こえたんだが……」


 すると、教室の後ろの扉が開き、短く赤い髪の毛に長身で、木刀を持ったガラの悪そうな男子生徒が現れました。教室内で私の隣が空席だったので、この人でしょうか。


「そいつぁ、俺よりもってことか? パツキン?」


「……なんですの貴方?」


 席につこうとしていたマギーさんは、突然つけられた因縁に真正面から睨み返しました。


「いきなりレディーに凄んだかと思えば、こちらが名乗った名前も呼ばず、あまつさえ自分も名乗りもしないとは。失礼千万でしてよ」


「ああ、そりゃあ悪かったなぁ。俺はエドワル」


 そう名乗った瞬間。またもや教室内がざわつきました。なんでしょう。私が知らないだけで、この人も有名人なのでしょうか。


「……おい、エドワルってあの……」


「……ここらを仕切ってた不良グループを一人で潰したとかいう、あの悪鬼羅刹のエドワルか……?」


「……おいおい。元奴隷に裏切り者に不良とかこのクラスハズレかよ……ただでさえ、上級生にもヤベー奴らがいるって話なのに……」


 有名そうなのですが、あまり良い印象は持たれていないみたいです。私としては元の世界で通っていた小・中学校には不良と言われる方がいませんでしたので、なんだか新鮮でした。


「俺は誰よりも強くなる。ならなきゃいけねえんだ。だからテメーみてーな奴がいんなら、試さなきゃならねえ。お前は俺より強えーのかってな、パツキン」


「……あら、そうですの」


 ゆっくりと近寄りつつ、彼女を睨みつけているエドワル――略してエドさんに対して、さしたる興味もなさそうに視線を切ったマギーさんです。さっさと自分の席に座り、もうエドさんの方など見向きもしていません。


「生憎、あなたみたいな野蛮人と事を構える意味も必要もありませんので。吠えたければご自由にどうぞ?」


「ハッ!」


 それを聞いたエドさんは、高らかに鼻で笑いました。


「なんだなんだ。強くなるとか言っときながら、挑まれた勝負からは逃げると。所詮そんなもんか。そのデカチチに比べて、随分と臆病で肝のちっせえ奴だな」


「……今、なんておっしゃいました?」


 あっ。そう言われたマギーさんが、額に青筋がついたまま立ち上がりました。あれは本気で起こっているようにしか見えません。


「臆病と、デカチチに比べて肝が小さいと、そう聞こえたのですが?」


「そう言ったんだよ。この距離で聞こえねーとか、耳ついてんのか?」


「貴方よりはマシなのがついていますわ。なら試してさしあげましょうか? このセクハラ野蛮人!」


 立ち上がったマギーさんは敵意しかこもっていない目でエドさんを睨みつけます。それを受けたエドさんは、笑っていました。


「ハハハッ! そうこなくっちゃなぁ!」


 二人はメンチを切り合っています。視線がぶつかる火花が、こちらまで飛んできそうな勢いですが、あれ、大丈夫なんでしょうか。


「わたくしに喧嘩を売ったこと、後悔させて差し上げますわ」


「威勢はいいんだな。最近雑魚ばっかだったんだが、少しは楽しませて……」


「何をやっとるかこの馬鹿者共がーっ!!!」


 やがて、私の心配は的中しました。エドさんが入ってきて喧嘩を売った時からグッドマン先生がわなわなと震えていたので、いつ爆発するのかと思っていたのですが。


 先生のげんこつが二人の頭を振り抜き、二人は頭をおさえて床にうずくまります。うわ、痛そうです。


「どんな動機で学校に来ようが私は一向に構わん。だが、今はホームルームの自己紹介中だ。他の生徒に迷惑をかけるな。そんなにやり合いたきゃ放課後なり実践授業なりで、人様の邪魔にならないところでやれ」


「っってぇ……この暴力教師が……」


「じ、女性にも容赦ないとか……か弱き乙女に手加減の一つもありませんの!?」


「今の時代は男女平等だ。ほら、さっさと席につけ。エドワル。お前に関しては遅刻についての話もある。終わったら生徒指導室へ来い」


「げっ……」


「……いい気味ですわ」


「んだとデカチチ!」


「なんですの野蛮人!」


「やめんかぁ!!!」


 グッドマン先生のげんこつが再度振り下ろされた時に、ホームルーム終了のチャイムが鳴りました。あの、私とかまだ自己紹介していないですが、どうするんでしょうか。

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