第17話 合格発表と夜


「わ~ん! どうしてですの~!?」


「元気を出してください、お嬢様」


 合格発表を見た後、私達は学内にある食堂で集まっていました。イルマさんも竜車を所定の場所に預けることができたみたいで、遅れて合流しています。


 そして、食堂の机に突っ伏して涙を撒き散らしながら絶望されているのがマギーさんです。と言うのも。


「しかし……まさかお嬢様だけが不合格なんて思いもしませんでございました。直近一月で勉強されたマサト様とオトハ様は合格されておりましたのに……」


「言わないでくだざいまし!!!」


「ざ、残念です……はい……」


『あの、その……げ、元気出してください……』


 そうです。掲示板を見て私とオトハさんは合格していました。良かった、と安心したのもつかの間。隣で何度も何度も掲示板を確認し、遂には膝から崩れ落ちたマギーさんを見て、私は一瞬で察してしまいました。


 その時運良く、イルマさんが合流してくれましたので、何とかマギーさんを食堂まで引っ張ってくることができましたが、あのままだと掲示板の前で大泣きされていたと思います。


「ほら。いつまでも泣いていますと、周りの方々のご迷惑になってしまうのでございますお嬢様。まだ後期試験に望みはあるのでしょう」


「ぐす、ぐす……そ、そうなのですが……き、今日で受験は終わりだと思っていましたのに……」


 後期試験。士官学校は前期と後期の二回入学試験を行って学生を確保しています。私達が受けたのは前期試験。ここで七割方の学生を確保するのですが、残りの三割は後期試験の方で取るみたいです。


「後期試験はお嬢様の得意な剣での実技試験があるでございます。筆記対策もしつつ、いつも通りの剣技を見せていただければ、きっと大丈夫でございます」


「……ほ、ホントですの……?」


「はい。前ご主人様の剣技を受け継いだ貴女なら、大丈夫です。貴女のお父様の剣技を見せつけ、不合格にした試験官を見返してやりましょう、でございます」


「ずずずーっ! ……よぉし……」


 盛大に鼻水をすすったマギーさんは、机に片足を乗せ、拳を握りしめて声を上げました。


「待ってなさいな後期試験! わたくしは絶対に、合格してみせますわ!」


「すみません。周りのお客様のご迷惑となりますので、大声を上げたり机に足を乗せるのは……」


「あ……も、申し訳ありませんわ……」


 すぐに店員に注意され、しゅんとなったマギーさんです。しかし、本当に大丈夫なのでしょうか。


「大丈夫でございます」


 すると、私の顔色を読んだのか、イルマさんが声をかけてきました。最近思ったのですが、私の考えが皆さんに知られるのは周りの人が心を読んでいるからではなく、私が心に思っていることを顔に出しているからではないかと。


 ジュールさんの時もそうだったように、どうも私は思っていることが顔に出やすいみたいです。


「お嬢様は強い方です。このくらいでへこたれたり、折れたりなどしないでございます」


「……そうですね」


 注意されてしゅんとなってもすぐに復帰し、オトハさんが持っている入学資料を見せて欲しいと元気そうな顔を見せているマギーさんを見て、なんとなくイルマさんが言ったことが解ったような気がします。


 この人なら、負けないんじゃないかと。


「マギーさん」


「? なんですの、マサト」


「後期試験、頑張ってください!」


 そう思った私は、マギーさんを激励しました。今の私では、こんなことしかできませんから。それを聞いたマギーさんはキョトンとしていましたが、


「……もちろん! わたくしにお任せですわ!」


 やがて笑顔になり、胸を張ってそう応えてくれました。


『わたしも応援してます』


 その隣で、オトハさんも手話で応援します。


『マギーさんと一緒に、学校に行きたい』


「もちろんですわオトハ! さあ! 帰って勉強再開ですわー!」


「その前にお嬢様。マサト様とオトハ様の手続きがありますので、少々お待ちください。戦争孤児の方への入学金免除や寮についてなど、色々ありますので」


「アッハイ」


「……フフフ」


 笑う私の正面で、オトハさんも笑っていました。きっと一緒に登校できると信じて。


 それからのマギーさんは、いつにも増して気合いが入っているみたいでした。後期試験まで日も少なかったですが、解らないところを私やオトハさんに聞き、剣の練習はイルマさんと打ち合いをしていました。


 しかしマギーさんの剣技。私では目で追うのがやっとくらいですが、まるで振るった剣の軌跡が見えるかのような、綺麗な剣捌き。素人の私ではそのくらいしか解りませんでしたが、彼女が相当腕の立つ人だということは明らかでした。


『マサト。この後話したいことがある』


 そんな後期試験も迫ってきたある日の夜。私の部屋にオトハさんが訪れました。ノックが聞こえたので返事をすると、オトハさんが顔を出して、魔導手話で話があることを伝えてくれます。


「構いませんが、どうしました、こんな夜に?」


『……あの日のことを、話しておきたいの』


 そう言われた私の脳裏によぎったのは、逃げたあの日のことでした。ジュールさん達が殺され、二隻の船で追いかけられ、私が変わり果て、魔狼達を虐殺した、あの日のこと。


「…………」


 マギーさんに拾われてからが怒涛の勢いだったので、あまりゆっくり考える暇もなく、学校への入学の準備も始まってさらに忙しくなったりはしましたが。私はあの日のことを、忘れたことはありませんでした。


 それに、あの日からずっと考えていたこともあります。


「……そう、ですね。話しましょうか。どうぞ入ってください」


 そうして、私はオトハさんを部屋に入れました。

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