第14話 宿っていた黒い炎


 警告をしてきた魔狼に対し、私は問いかけました。


「あなた達が……ジュールさんやルーシュさんを……殺したんですか?」


 その時の私の心の中にあるのは、ただ一つ。


「な、何言ってんだ、こいつ? さっき洞窟で殺したスパイのことか?」


「知るかよ! おい! 聞こえなかったのか!? さっさと……」


 私の問いかけに答えてくれなかったその時、心の中にあったものが音を立てて弾けました。


「殺したのかって、聞いてるんだぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 ジュールさん達を殺したこいつらに対する――――憎しみが。


 心に憎悪の火が付いた瞬間、身体中が軽くなり、力が満ちるのが解りました。それだけではなく、何故か頭の中には幾重にも幾何学模様や数式のようなものが思い浮かび、それが魔法の構成式であること、そしてその使い方や特性が瞬時に理解できます。


 気がつくと、身体の周りを黒い炎が、まるで意志を持って付き従っているかのように渦巻いていました。オトハさんがびっくりした顔をしているので、もしかしたらもっと凄いことになっているのかもしれません。


 しかし、そんなことは些細なことです。いける。何故かそう確信した私は、宙に飛び上がりました。


「ひいぃぃぃっ! な、なんだこの人間!? 魔族に変身しやがったぁ!?」


「こ、黒炎をまとってる!? あ、あれって魔王様だけの力のはずじゃあ……」


「ひ、怯むなっ! 撃て撃てっ!」


 周りから一斉に魔法が放たれます。炎、氷、電撃など様々な魔法が飛んできていますが、何故か放たれた魔法に魔力がどう流れていて、どう構成されているかといった情報が理解できます。


 理解して、これなら避けられると、頭のどこかで確信していました。空中で身動きが取れないかと思いましたが、先ほど頭に思い浮かんだ魔法の中に、空中で方向転換できる魔法があったのを思い出します。


「"黒炎噴(B.F.ブースト)"」


 そう呟くと、足の裏に魔法陣が現れ、小型のロケットブースターのように一瞬だけ炎を吐き出しました。炎はすぐになくなりましたが、その勢いで空中を移動します。なるほど、これを駆使すれば空中でも自由に移動できそうですね。


「"黒炎噴"、"多重展開(リピート)"」


 そうして魔法を展開した私は、飛んでくる敵の魔法攻撃を次から次へとかわします。右へ、左へ、上へ、下へ。足の裏から発射されるので、空中でかわしたい方向とは逆に足の裏を向けなければならないのが、少し面倒ですね。


 かわし切った先の敵の船に降り立った私は、周囲を確認しました。だいたい、十数人といったところでしょうか。


「……か、かかれぇ!」


 一拍置いて正気に戻ったのか、船の上にいた魔狼達が襲いかかってきました。剣に槍に、色々な武器が私の方に向けられてきます。


「…………」


 無言でそれを見つめていましたが、やはりスローモーションでもかかっているかのように魔狼の動きが遅く見えている私は、それらをあっさりとかわします。


 最初に切りかかってきた魔狼の剣を避け、通り過ぎる背中に手を当てて魔法を放ちます。


「"黒炎弾"」


「ぎゃぁぁぁああああああっ!」


 すれ違いざまに黒焦げになった魔狼を尻目に、別の魔狼が真っ直ぐ突き刺してくる槍を身体を沈めて避け、柄の部分を右のアッパーカットで叩き折りました。


「なっ! ……ぐぎゃぁ!」


 槍が折れたことでバランスを崩した魔狼の顔面に左ジャブを叩き込み、よろけたところに再び"黒炎弾"を撃ち込みます。これで二人。


「「おおおおおおっ!!!」」


 続けて二人同時に左右から剣で襲いかかってきましたが、それも見えています。私はその場で真上に飛んで剣を避けると、空中で逆立ちする体勢を取り、挟み撃ちをしてきた二人の頭をそれぞれの手で掴んで、そのまま互いの顔面にぶつけます。


「「ぐぎゃはっ!」」


 互いの顔面をぶつけられてふらついた隙を見逃さず、ぶつかった反動で空いた二人の真ん中に着地し、それぞれの剣を奪い取った私は、そのまま彼らの胴体に突き刺しました。


「「「"炎弾"ッ!!!」」」


 その直後、周囲から複数の魔狼の声が聞こえ、炎が放たれました。気がつくと、六人に囲まれています。私はその場で回転しながら突き刺した両方の剣を抜くと、邪魔な死体を倒し、すぐに頭を切り替えました。


「"黒炎付与(B.F.エンチャント)"」


 ただの剣では受け止められない。それならば、振り向きざまに剣に魔法を付与し、迫りくる六つ炎を両の剣で跳ね返すまで。黒炎を纏った二対の剣を両腕で振るい、飛んできた炎に黒炎を上乗せし、そのまま相手へと跳ね返しました。


「う、嘘……だろ……?」


 跳ね返された炎に飲み込まれた魔狼たちが悲鳴をあげます。


「「「ぎゃぁぁぁああああああっ!」」」


 あと五人。船の上で魔法陣を構えてこちらを伺っている一人と、武器を構えてそれを取り囲んでいる四人がいます。あの一人が、親玉でしょうか。


「中級魔法を唱える! 各自、防御陣形!」


「「「はっ!!!!」」」


 そう叫んだ親玉が魔法陣を展開しながら詠唱を始め、それと同時に周りにいた四人がそれぞれの武器を床に突き刺しながら魔法を出力します。


「「「"守備陣(ディフェンススクウェア)"!!!」」」


 それと同時に、半透明で正方形状の障壁が展開され、彼らを包み込みました。なるほど、バリアみたいなものですか。親玉が強力な魔法を詠唱する間の時間稼ぎ。なかなか強い魔力が感じられるので、うかうかしていたら強烈な一撃が飛んでくるでしょう。


 ですが。


「"黒炎槍(B.F.ジャベリン)"」


 黒炎をハルバード状に固め、少し横へ回り込んだ後、バリアに向かって放ちました。彼ら四人の合同魔法ですが、障壁を形作っている魔力の流れにムラがあるのが見えます。一瞬薄くなった部分に放ち、突き刺さった黒炎の槍はあっさりとバリアを破り、逃げ場のない彼らを内側で焼き尽くしました。


「ば、バカな……こんなバカなぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!」


「「「ぐぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!」」」


 ようやくこの船を制圧できました。しかし次の瞬間、先ほどの親玉の詠唱とは比べ物にならないくらい大きな魔力の流れを感じます。


「詠唱を止めるなっ! あっちの船は沈めても構わん!」


 振り返って見ると、もう一隻の船の上で、十数人の魔狼達が全員で魔法陣を展開しているのが見えました。あれは不味いかもしれません。


「展開完了!」


「魔力装填、全て問題なし!」


「これでも喰らいやがれ!」


「「「"弩級業火炎舞(ギガインパクトファイア)"っ!!!」」」


 まばゆい光が溢れたかと思うと、先ほどまで飛んできていた"炎弾"が可愛く思えるような、巨大な炎の塊が発射されました。視界を覆い尽くす程の炎。こちらに届いていないこの距離で相当な熱を感じるので、直撃したらただでは済まないでしょう。


 なので、頭の中の魔法陣を思い出し、防御に適した魔法を展開します。


「"黒炎壁(B.F.ウォール)"ッ!」


 左手を前に突き出し、魔法を出力しました。あれは危険だと第六感が警報を鳴らしていたので、全力全開で魔力を込めます。すると、目の前に黒い炎が現れ、壁状に広がりました。黒い炎のバリアとなったそれは、飛んでくる巨大な炎の塊を全て受け止めます。


 相殺された炎が散り、やがて"黒炎壁"も弾け、周囲に文字通り火の雨が降り注ぎました。


「お、俺たちの"弩級業火炎舞"を……」


「たった一人で……?」


「化け、物……や、奴はどこ行った!?」


 私の姿を見失ったのか、彼らは船の上でキョロキョロとしています。"黒炎壁"で防ぐと同時に宙に飛んだのですが、誰も見えていなかったみたいですね。


 それを空中から見下ろしている私は、既に魔法陣を7つ程展開していました。先ほどの"黒炎壁"でかなりオドを消費してしまいましたが、これくらいならまだ使えます。


「"黒炎槍"、"七星(セブンス)"」


 全ての魔法陣の展開が完了し、私は現れた七つの黒炎の槍を、もう一隻の船目掛けて落としました。容赦なく船を貫いた黒炎の槍は、そのまま船に引火し、黒い炎を上げます。


「「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああっ!!!」」」


 乗っていた魔狼達も黒炎に飲み込まれ、次々と倒れていきました。やがて燃料かエンジンに引火したのか、船が大爆発を起こします。


「っ! っ!」


「っ!? オトハさん!」


 近くで起こった大爆発によって波が発生し、オトハさんの乗っているボートを転覆させました。私は空中から急いで黒炎噴でそちらに向かうと、水面ギリギリで"黒炎噴"を持続させて宙に浮き、水中にいたオトハさんを引っ張り上げます。


「……ぷはっ。けほ、けほ……」


「……無事、ですか?」


 お姫様抱っこでオトハさんを抱きかかえると、少し水を飲んでしまったのか、彼女は少し咳き込んでいました。しかし、命に別状はなさそうです。


 それにほっとした私は、これ以上水面にいるためにオドを使うのももったいないと思い、敵が乗ってきた無事な方の船に向かいました。船の上には焼き尽くされた魔狼たちの灰や死体が残っていましたが、"黒炎槍"で壊してしまったもう一隻とは違い、沈んだりすることはなさそうです。


「…………」


「……大丈夫ですか?」


 咳きもだいぶ落ち着いてきたオトハさんを空いている床に座らせると、彼女は息を整えながら、コクンと頷きました。しかし、私を見る目が、どこか怯えているようにも見えます。


「…………っ」


 するとオトハさんが、ゆっくりと船にある窓ガラスを指差しました。なんでしょうか。窓ガラスを見ると、側で船が燃えているせいか、まるで鏡のように自分の姿が映し出されていました。


 耳の上から角が生え、髪の毛の色は抜け落ち、肌の色も薄くなり、更には顔も含めた身体中に黒い入れ墨のような痣が走っており、黒い強膜に赤い瞳を携えた、どう見ても魔族にしか見えない、自分の姿を。


「な……っ!」


 それを見て、ようやく自分の姿が変わっていることに気づきました。


「な、なんなんですか、これは……!? それに、さっきまでの、私、は……?」


 身体の変化に戸惑う一方で、先ほどまでの自分のしてきたことを振り返り、更に困惑が深まります。どうして身体がこんなことになっているのか。先ほどまで頭の中にあり、悠々と行使できていた数々の魔法は。疑問が次々と重なっていき、全く落ち着くことができません。


 そして次の瞬間。そんな疑問を吹き飛ばすかのように、私は激しく咳き込み始めました。


「うううっ! ゲホ! ゲホォ!」


 突如として身体中が震え出し、激痛が走り、内側から込み上げる血を咳と共に吐き出します。これは、いつかあったあの注射の後と同じ症状……? 魔族の国の空気が、人間に合わないという、あれ……。


「ぐぅぅぅ……が、はぁぁぁああああ……」


 今までにあった発作とは比べ物にならないくらいの高熱と寒気と激痛、そして血の嘔吐をしつつ、私は床を転げ回ります。暑い、寒い、痛い、苦しい苦しい苦しい苦しい。皮膚から浮き出た痣が意志を持っているかのように動き出し、まるで私の身体を鋭い鱗を持つ蛇が、皮膚を傷つけながら這い回っているような感覚がありました。


「っ!」


 苦しみながらのたうち回っていた私は、ふと、仰向けの状態で身体を抑えられました。そして私の上に陰が出来たかと思うと。




「…………っ」




 そっと私の唇に柔らかいものが触れました。その途端、身体中の痛みが口から逃げていくような感じがして、一気に楽になっていきます。


「……?」


 楽になってきた私が目を開けると、目の前には目を閉じているオトハさんの顔がありました。そして同時に、私がキスされていることも理解しました。


「っ!?」


 驚いた私が目を見張ると、キスをしたままオトハさんが目を開きました。その目は、とても優しいものでした。


 ――だいじょうぶ。わたしがいます。


 全く言葉には出ていませんでしたが、オトハさんのその優しげな瞳から、確かにそう言われた気がしました。


 そうして安心してしまったのか、やがてあたたかい光に包まれているかのような心地よさが広がっていき、私はキスをされたまま意識を手放しました。

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