第9話 人国の方々


「……ったくよー。よーやく基地が見えてきたな」


「おー。まだ遠いけどなー。あー疲れたー」


「おいおいまだ終わっちゃいねーぞ? あそこに着いたら、荷物を下ろす作業が待ってんだからな」


「かー! めんどくせー!」


「……もうすぐ着くみたいですね」


「…………」


 魔王城を後にした私とオトハさんは、どこかに向かって走る竜車の荷台にあるコンテナの、中に積まれた荷物の隙間に潜り込んでいました。


 竜車というのは、地上を走ることに特化した竜に荷車を引かせて走る車、要は元の世界で言う馬車みたいなものです。


 魔法で空を飛ぶ魔族もいますが、荷物の運搬方法はまだ発達していないみたいですね。


 逃げ出したあの日から二日くらい経ったでしょうか。


 結局、私は逃げることを選びました。あのまま、ただ言われるがままにされていくくらいなら。何も解らないままに取り返しがつかなくなるくらいなら。


 正直、まだ自分がどうしたいのかは解っていませんが、どうせなら、自分でどうしたらいいのかを見つけるまで逃げてみようと、そう決めました。


 諦めるのは、本当にダメになって、取返しがつかなくなった時でいいんです。多分。


 居場所を特定される例の首輪は、オトハさんが解呪してくれました。なんでも、こういった呪いを解くことに関しては得意なのだとか。


 それ以上については、あまり話したくなさそうな素振りを見せられたので、詳しく聞けませんでしたが。


 そうして部屋にあった家具を集めて固定し、カーテンを幾重にも結んで紐にして窓から部屋を抜け出し、そのまま魔王城から逃げ出しました。


 家具を簡単に持ち上げられた時は、自分でもびっくりしました。魔法どころか、こんな力もあったなんて。


 しかし、走って逃げていればいずれ限界が来ることは火を見るより明らかです。追手が来ることは明らかでしょうし、大人数で探されたら、たちまち捕まってしまうでしょう。


 ならばどこかに隠れるしかないと町まで出てきた時に、ちょうど出発しそうな竜車がありました。


 おぼろげながらに思い出しましたが、そう言えばオトハさんを助ける前に町を歩いていた時、夜に出発することを愚痴っていた魔族らがいた気がします。


 他に良さげなところも思いつかなかった私達は、バレないことを祈りながら荷台のコンテナの中の荷物の隙間に隠れました。


 隠れてから少し経ち、竜車が動き出しました。こっそりと荷台から後ろを振り返ると、魔王城とその城下町がだんだん小さくなっていくのが見えます。


 そうして町を脱出した私達でしたが、それからの二日は、まるで逃亡中の犯罪者のような気分でした。いや、犯罪者でしたね、少なくとも私は。


 食料や水は荷物の中にあったのでそれを拝借し、お手洗いは彼らが立ち止まったタイミングでスキを見て林で済ませる。一度置いていかれそうになった時は本気で焦りました。


 幸い追加で荷物を積んだりすることもなかったので、運転している彼らが荷台を見に来ることもなく、ここまで見つかることはありませんでした。


「っ、っ」


 外はどうなっているのだろうと顔をあげようとした時に不意に、オトハさんに服の裾を引っ張られました。


 そちらを見ると、オトハさんが脱出前に部屋から持ってきたメモを見せてきます。


『そろそろ降りましょう』


 メモにはそう書いてありました。確かにそうですね。


 目的地に付いていってしまえば、荷物を下ろす際に見つかってしまいます。それはいけません。


 逃げ出した私達がどのように探されており、ここまで話が来ているのかも解りませんが、姿を見られることは極力避けたいものです。


 そう思った私が頷くと、オトハさんは続いてメモを書き始めました。


『さっき川が見えた。多分、ここは国境線沿いだと思う。魔族と人間の国の境目の大きな川、ルイナ川。この川の向こう側が人国』


 このメモを見た私は、運転している彼らに気づかれないようにそーっと顔を上げてみます。


 彼らの背中の向こうには、一瞬、海かと見間違うような大きな川が見えました。


 もうお昼前になるのか、高い太陽の光を受けて、水面がきらきらと光っています。


 その川の手前には、要塞のようなこれまた大きい建物がそびえ立っています。国境線沿いの防衛拠点でしょうか。ジルさんの折檻の中で、現在の国境線沿いについてのお話があった気がします。


 まだまだ遠いですが、あの要塞に着いてしまえば見つかってしまいます。なんとかその前にこの竜車から脱出を……。


 その瞬間、竜車に何かがぶつかったような衝撃が走りました。


「っ! な、なんだ!?」


「魔法か!? 一体どこから……」


「こ、こら、落ち着けって!」


 突然のことに運転手たちも驚いています。私達はと言うと、咄嗟に荷物に捉まって頭を伏せることでなんとかこらえましたが、先ほどの衝撃で竜が暴れているのか、荷台は未だにグラグラと揺れています。


「だ、大丈夫ですかオトハさん……?」


 私が彼女の方を見ると、彼女もなんとか荷物にしがみついて耐えたようで、私の言葉にコクンと頷きました。


「ひいぃぃぃ! な、何だお前らっ!?」


「ぐわぁぁぁああああっ!!!」


 すると、運転手たちの悲鳴が聞こえてきました。


 ただ事ではないと思った次の瞬間、荷台の積み込み口の布がバっと開けられ、そこには鎧に身を包んだ男性と女性が立っていました。パっと見た感じ、魔族には見えません。


 いきなりのことで隠れる暇もなかった私達は、その二人とバッチリ目が合います。


「……何故人間とエルフの子どもが……?」


「……エルフの子、コードがついてるわ。きっと奴隷よ」


 黒く角刈りの頭をしたガタイの良い男性と、セミロングの茶髪の背の高く細身の女性が、剣をもったまま話し合っています。


 視線はこちらを見たままなので、警戒されているようにも思えますが。


「お前ら」


 男性の方が声をかけてきました。乱暴なその口調に、思わず身体がびくっと反応します。それはオトハさんも同様でした。


「なんでここにいる? 目的はなんだ? 言え」


「あっ、えっと……その……」


「ちょっと。子ども相手に何よその言い方」


 いきなり問い詰められてしどろもどろになっていたら、女性の方から叱責が飛びました。


「敵兵の尋問でもないのに、いきなりそんな言い方したら怖がって喋ってくれる訳ないでしょ?」


「だがここは敵地だ。油断はできない」


「にしても言い方ってもんがあるでしょ?」


 何やら口論しているようですが、二人とも口論の最中でもこちらから視線を外していません。警戒はされていますね。


「マッド! ルーシュ!」


 すると、また違う声が聞こえてきました。運転手たちがいた前の方からです。こちらを見ている男性より、若い男性の声でした。


「そろそろ逃げないと魔族に気づかれるっちゃ! 竜も大人しくなったし、出すっちゃよー。さっさと乗るっちゃ!」


「……ま。お話は移動しながら、にしましょうか」


「……そうだな」


「お邪魔するわね、お二人さん」


 聞こえてきた声に応えるように、二人は荷台に乗り込んできました。甲冑を着た大柄の男性が乗り込んできた重みで、荷台がグラリと揺れます。


 気がつくと、オトハさんが私のすぐ近くまで寄ってきていて、私の腕にしがみついています。


「まずは自己紹介からかなー。あたしはルーシュ=アリシオン。人国陸軍先行部隊第三隊隊員、よろしくね」


「ど、どうも……」


 そして、女性の方が口を開きました。明るい感じの声色で、敵意はないように思えます。女性――ルーシュさんはウインクをしながらにこやかに挨拶されました。


「で。隣にいるムスっとしるこいつが、同じ部隊員のマッド=クレタ。運転してるのがカイル=ケッテンよ」


「……ふん」


「よろしくっちゃ」


 気さくに話しているルーシュさんとは違い、こちらの男性――マッドさんは鼻を鳴らしました。


 厳しい顔つきでずっとこちらを見ているので、なんとなく居心地が悪いです。


 そして、運転席の方からも声がしました。どうやら、こちらの声は今竜車を運転しているカイルさんにも届いているみたいです。


 とりあえず、名乗られたのなら名乗り返さなければ。喋れないオトハさんの事も含めて、私が二人分の自己紹介をしました。


「マサト君にオトハちゃんね。よろしくよろしく。じゃあ早速、親睦を深めるためにゲームでも……って言いたいところだけど、今そんな余裕もないのよねー。だから、聞きたいわ」


 ルーシュさんが真っ直ぐにこちらを見つめてきます。まるで、嘘は通じないぞ、と言わんばかりです。


「あなた達がどうしてこの竜車の荷台に乗っていたのか。そもそも人間とエルフのあなた達がどうして魔国にいるのか」


「……素直に全部話せ。面倒が省ける」


「だ、か、ら! 言い方があるって言ってるじゃない。ごめんね、この人顔も声も怖いからさ。話したくないなら話せるところだけでもいいから、教えてくれない? お願い!」


 両手を合わせてお願いしてくるルーシュさんの隣で、さっさと話せオーラを出してくるマッドさん。


 これが良い警官と悪い警官、ってヤツでしょうか。怖いマッドさんがいるおかげで、お願いしてくるルーシュさんはとても良い人のように見えます。


「…………」


 チラリとオトハさんの方を見ると、不安そうな表情で私を見ていました。この人たちを信用してもいいものか、決めかねているように思えます。


「……どうし、ましょうか」


 いきなり予想もしていなかった展開になり、頭がついていっていないのも事実です。これから一体、どうなるのでしょうか。

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