ダレカノツゴウ ~勝手に異世界召喚で魔王にされたけど私は士官学校で青春したい~
沖田ねてる
第一章
第1話 始まり
私、マサトは困惑していました。何故かって?
寝て起きたら私の部屋ではない石造りの壁で、床には魔法陣みたいなものが描いてある部屋にいたからです。
メガネがないのでぼんやりとしか見えませんが、目の前には両の耳の上に角が生えている黒スーツを着た黒髪短髪の胸の大きな女性と、形を成していない黒くうごめく何かが、こちらを見ています。
なんですかこれは、夢? 百歩譲って女性の方はコスプレしているならまだ話は解りますが、隣のは一体なんでしょう。
「成功しましたね、魔王様」
「ああ、成功だ」
女性がうごめく何かを魔王と呼びました。魔王? またまた御冗談を。昨日、ゲームしすぎたのでしょうか。
「……異世界全てを含めて、一番親和性が高い生き物がよりにもよって人間とはな」
「……そうですね」
あの、何の話でしょうか。
「……まあいいさ。では……」
すると、目の前のうごめく何かが縦横に大きく広がったのかと思うと。
「その身体、頂くぞ」
私に覆いかぶさってきまし、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
な、なんですかこれは!?
逃れる間もなく生暖かいドロが覆いかぶさってきたかと思ったら、身体中の穴という穴、それこそ皮膚の隙間や毛穴にすら細い有刺鉄線を無理やり入れられているような感覚。
見開いているはずの視界はだんだん赤黒いものへと変わっていき、身体全てが悲鳴を上げているようなこの苦痛。到底夢なんてものじゃありません。
「我がものとなれ……」
頭の中に低い声が響いたと思ったら、だんだんと意識がなくなっていきます。
……どうして、こうなったんでしょうか。まるで走馬灯のような形で、昔のことが思い起こされます。
私はエリートの家に生まれました。父親は政府高官。母親はやり手のキャリアウーマン。兄は日本で一番偏差値の高い大学に入学して目覚ましい研究成果を残し、在学中で既に多数の企業からオファーが殺到しているという将来安泰。
一方の私はというと、兄と同じようになって欲しいという両親の都合から英才教育を受け、立ち振舞から喋り方までかなり厳しいしつけを受けていましたが、弟の私は兄と同じようには行きませんでした。
いえ、別に全くできない訳ではないんです。ただ、期待されているところまで辿り着けないという感じで、具体的にはテストでは90点以下に人権はない、という感じでしょうか。
兄が当然のようにそんな点数ばかり取っていたので、私が80点なんて取った日にはみっちりと説教を食らっていました。
運動でも、陸上部で短距離走の全国大会常連であった兄とは違って、同じ分野での私はせいぜい県大会上位止まり。
頑張っていない訳ではありません。怠けている訳ではありません。
ただ私は、両親の高い期待に答えられなかっただけなんです。何でも答えてしまう兄が凄すぎるだけなんです。私は悪くない、はず。
こんなことしたくない。やりたいこと、興味があることは他にいっぱいある。何故やりたくないことを延々とやらされなければならないのか。何故両親の言うことを聞かなければならないのか。
やめたい。逃げたい。自由になりたい。
そう心の中で思いつつも、私には両親に反抗できる程の気概がなく、ただ言われるがままに勉強し、学校へ通い、部活動をこなしていました。嫌でも何でも、ただ辛抱強く。
しかし、そんな生活にも遂に限界が来たのか、よりにもよって高校受験の当日に体調を崩してしまい、かつて兄が通っていた地域ナンバーワンの進学校の受験に失敗。
ギリギリで受けていた滑り止めの学校に補欠合格したことで、両親は遂に私を見限りました。
高校が実家から少し離れていたために、一人暮らし用のアパートの部屋を用意され、「一人で生きていきなさい」と手切れ金のような大金を渡され、引っ越しを終えた両親はさっさと帰ってしまいました。
正直、悔しかったです。出てきた入試問題は後で解き直してみてもそんなに難しくなかったし、落ち着いてやれば計算ミスやスペルミスもなかったと思います。
親の都合で言われるがままにやってきて、耐えてきて、いざ駄目だったらあっさりと捨てられる。悔しさと情けなさが一気に押し寄せてきて、私は泣きました。できたはずなのに、なんて馬鹿なんだ、結局は出来なかった自分が全て悪いんじゃないか、と思いました。
一通り泣きはらした後。私は不意に、望んでいたものが手に入ったことを自覚しました。
ようやく両親のプレッシャーから解放された。追い立てられるように頑張らなくても良くなった。両親がいないこの部屋では、やりたいことが何でもできる。
つまり、自由になったんだ、と。
そう思った瞬間に、今までの悔しさや情けなさを心の奥に押し込めて、引っ越しの荷物を片付けました。その後、興味はあったが教育に悪いからとやらせてもらえなかったゲームや漫画、小説を買い込んで思う存分に堪能しました。
晩ごはんも、減塩減塩とうるさい母親の味の薄い手料理ではなく、ずっと食べてみたかったジャンクフードをテイクアウトし、甘い炭酸飲料をガブ飲みしました。
美容院にも行き、生まれてからずっと七三分けだった髪の毛も、美容師さんにお願いして流行りの髪型にしてもらいました。流石に髪の毛を染めるのは気が引けたので、黒髪のままですが。
楽しかったです。気分が凄く軽かったです。悔しさと情けなさは心の奥にありましたが、それでも自分の思うままにできる生活のおかげで、そんな気持ちも徐々に薄れていきました。
そんな生活をすること数日。遂に入学式前日、つまりは新しい学校生活が明日から始まるぞ、という日になりました。入学式とは言っても、どうせ両親は来ないでしょう。連絡すら来ていないのですから。
明日からは自分を知っている人がいない新しい学校。友達と遊んで、部活をサボったりして、もしかしたら彼女なんていうものもできるかもしれない。
小・中学校と勉強と部活にしか勤しんでいなかった私は、やりたいことをやって、新しいものに出会って、高校でこそ物語みたいな青春を謳歌するぞ、と意気込んでいました。
しかし、寝て起きた現実はこの仕打ちです。見知らぬ部屋で得体のしれないものに覆いかぶされ、身体中の痛みに絶叫し、苦しみの中で意識がどんどんと薄れていく。
どうして私ばかりこんな目に遭うのでしょうか。頑張っていた人には、それ相応に報われるべきではないんでしょうか。
もう一度言いますが、私は頑張っていなかったなんて思っていません。もっと苦しんでいる人なんていっぱいいる、とかそういう話ではないんです。
結局出来なかったとはいえ、私自身は何を言われても腐らずにやってきたって、頑張ってきたんだって、そう思っているだけです。そりゃあ、解放された勢いで色々としましたが、ここまでされる程のことはしていません。
それなのに、何かよく解らないところに連れて来られ、意味の解らないものが覆いかぶさってきて、挙げ句には身体を寄越せだなんて……。
「……なんなん、ですか……本当に……」
視界が薄れゆく中、私はどうしてこんな目に遭うのかという理不尽を恨みつつ、意識を手放しました。
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