第3話 この道の先には

 チケットの端から炙るようにロウソクにかざすと、火が点いたところは黒く焦げもせず、まるで雪が溶けるかのようにふんわりと消えていく。

 それに目を奪われ、気付いたときにはピンセットの先には何もなくなっていた。


 ハッと息を呑み、慌てて顔を上げる。

 目の前には、慣れ親しんだ我が家の玄関があった。


 あと五分。いや、もうどれだけかはロスしている。


 ポケットに手を突っ込み、癖のある鍵穴をガチャガチャとドアごと揺らしながら解錠すると、ガラリと開け放って家に飛び込んだ。


「エリ! 何処だ?」


 あの日、家を出るときにはダイニングにいた。でも、僕がいなければ二階の僕の部屋にいることが多い。

 靴を脱ぐのも省略して階段を駆け上がり、少し開いたままのドアをバタンと開ける。

 子供の頃から使っている勉強机の椅子に座ったエリが、大きく目を見開いていた。


「いた……良かった……」


 視界がぼやける。

 よたよたと近寄り抱きしめようと腕を伸ばしかけて、我に返った。

 鞄の中から、カプセルの付いた組み紐を取り出す。ミサンガのように、願いを込めて編み込んだ。

 再び出会えるその日まで、どうか切れないで欲しい。


「ごめんな。お前、首に着けるの嫌いなのにな」


 綺麗な紅茶色の瞳を見つめながら、そっとその華奢な首に装着する。簡単には取れないように、それでいて、締め過ぎないようにと気を配りながら。

 エリは不思議と抵抗しなかった。黙って僕にされるがままを受け入れ、それから二度ゆっくりと瞬きをした。

 僕もエリを見つめたまま、ゆっくりと二度瞬きする。


「大好きだよ」


 こつんと、額を合わせた。

 彼女の首に回した手の感触を忘れまい。額から伝わる熱を、忘れまい。

 それから鼻をすり寄せたとき、手のひらから全てが消え、僕は土の上に寝転んでいた。



 【使用上の注意: 当チケットは、過去の五分間にのみ戻ることができますが、生死を変えることはできません。また、歴史を改変するようなもの(例えばその時代に存在しないもの)を持ち込むことはできません】


 ほかにもいくつか注意事項はあったものの、僕と関係あるのはこの項目だけだった。

 あのカプセルの中には、GPSが入っている。勿論当時既に販売されていた物を選んだ。


 土埃を払いながら立ち上がり、スマホアプリを立ち上げる。

 はたして、あの濁流にもめげることなく作動し続けた赤い点滅が目に映り、僕は思わず「よっしゃあ!」と拳を握り締めていた。



 地図をじっくりと眺めて、そのまま駆け出してしまいそうなほどはやる気持ちを抑える。この町内ではなく、住んでいるアパートとも全く別方向だ。最適なルートと手段を調べないと。

 どうやら住宅地のようだ。

 少し遠いけれど、一旦帰宅して自転車で向かうことにした。

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