第14話「レイル、一昨日に行く(前編)」
ペチペチ……。
「……ぃ、おい、アンタ!」
ペシペシ!!
「おい、アンタ! おい、起きろって!!」
う……?
な、なんだ?
「おい! 邪魔だよ! つーか、なんだこの怪我──ひっでぇな~」
頭の上で騒ぐ声がうるさくて、レイルに意識が徐々に覚醒する。
途端に、ズキン!! と痛む体。
「ぐ……!」
目を開けたレイルは自分のありさまに愕然とする。
全身血まみれ。いや、今もまだ血は流れ続けており止まりそうもない。
そして、たしかグリ────。
……ハッ!
「グリフォンは!?」
がばっ!!
痛む体に鞭を打ってガバリと起き上がる。
そして目の前の男に掴みかかると、
「うお?!」
ガックン、ガックン!!
「おい! グリフォンは!? 奴はどこだ!」
「お、おいおい! 落ち着けよ。俺に聞かれても知らんよ──」
は?
何言ってんだ!
今さっきまでグリフォンが────……って、あれ?
「……あ、アンタ確か──」
目の前の男……。
こいつ、見覚えがあるぞ。
「じゃーなー。兄ちゃん。
冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ」
「……あの時の行商人?」
そう。目の前には数日前ポーションを買って、少しだけ雑談をした行商人の男がいた。
「お? 俺を知ってんのか? どこかで会ったけかな? こー見えて記憶力には自信があんだよ。だから、客の顔はたいてい覚えてるんだが、う~ん…………兄ちゃんの顔は初めてだと思うんだが──」
不躾にジロジロとみてくる行商人。
どうやら、レイルは行商人が商品を広げた横で血だらけになっていたようだ。
「なんで……。アンタ、確かグリフォンが来るからって、村から逃げたはずじゃ?」
「んあ? 何言ってんだ。俺ぁ、さっきに来たばかりだぜ。それにここは初めて来た村だぞ?……まぁ、逃げるつもりなのは間違いねーけどよ」
そういって、足の先から頭のてっぺんまでと、レイルを値踏みするような目で見てくる。
「ん~……兄ちゃんよぉ。いつの間にそこで寝てたか知らんが、その恰好を見るに冒険者だな? 今朝がたそこの家を襲ったグリフォンにやられたのかい?」
「け、今朝だと──」
何を言ってる。
グリフォンが襲いに来たのは──……。
昼────……。
いや、待て?!
「い、家?!」
ハッとして振り返るレイル。
そこには、まざまざと傷跡の残った家屋が一件。
自警団らしき連中が見分しているが……こ、この光景──。
この光景は見覚えがあるぞ!!
「こ、これって先日の…………」
……ッ?!
ま、まさか!!
ポォン♪
※ ※ ※
スキル:
※ ※ ※
ヘルプ、ぽちー
スキル『一昨日に行く』
Lv:1
備考:MPを消費し、一昨日に行くことができる。
Lv1は「5分間」だけ一昨日に行くことが可能。
スキルのキャンセル、
または「5分」経過後、もとの時間軸に戻る。
「お、一昨日にいくことができるだと──?」
つまり──。
まさか……。
「じ、時間を…………遡行した、のか?」
お、俺が??
ザワザワとした村の喧騒に、今になって気が付いた。
そして、全身を襲うけだるさと激痛。
気怠さは失血以上に、MPの消耗が関係しているのだろう。
ステータスを確認すると、ほぼすべてのMPを消耗している。
魔法の使えないレイルのはあまり意味のないステータスではあったが、たった一度のスキル使用でほぼ0になるとすれば、恐ろしく燃費の悪いスキルだとわかる。
いや、それよりも──。
「ご、5分間……だけ?」
どうやらレイルは本当に過去の────……一昨日に来たのだろう。
でなければ二匹のグリフォンに襲われた村がここまで健在な理由が説明できない。
破壊された家屋も多く、村中はもっと血だらけだったはず。
ならば、この時間────……。
スッと目を向けた先には宿屋があった。
そして、あの馬車もある。
つまり……。
「あそこに一昨日のロード達がいるのか?」
そして、レイルも何も知らずにあそこに──。
──ポォン♪
※ ※ ※
残り時間 02分23秒、
22秒、
21秒、
※ ※ ※
「な?! 残り時間だと?…………いや、それよりも──もう、こんなに?!」
ステータスには見たこともない表示が現れ時間を削っていく。
つまりこれはスキル効果の残り時間なのだろう。
「く! 今から宿に言ってロード達を……! いや、それよりも『俺』に話すか?」
そのことに意味があるかはわからない。
それに、説得を聞くのか──『俺』が?
いや、よしんば説得できたとして5分経過した俺はどうなる?
へるぷを見た感じだと、時間が過ぎればもとに時間軸に戻るということ。
つまり、グリフォンの目の前だ!!
一瞬のうちに食い殺されるその瞬間に戻るのは間違いないだろう。
イチかバチかの説得には何の意味もないかもしれない────。
「ぐ……!」
ガハッ!
レイルは思わず吐血する。
バシャリと地面に撒き散らかされたそれは内臓にも損傷があることも示唆していた。
「お、おい! 兄ちゃん無理するなよ? 隣で死なれちゃ寝覚めが悪いぜ」
何やらぐちゃぐちゃとうるさい行商人。
それでも、商品のポーションを分けてくれる気はないのだから、大したものだ。
ん…………?
「ぽ、ポーション?」
ふと、腰のポーション入れに手を伸ばすレイル。
大半は戦闘で破壊されていたが数本残っている。
うち、ほとんどはボフォート曰く偽物らしいが────。
「お? 兄ちゃん、ウチのポーション持ってるじゃねーか? やっぱりどっかで会ったかな? 思い出せねーけど……。ま、あるならそいつを飲みな! 効き目は保証するぜー」
二カッ! と笑う行商人。
その目は自信にあふれている。
(品質に自信ありってか?)
残り時間を気にしつつも、レイルはポーションに口をつけて飲み干していく。
途端に体に染みわたる滋味深い味……!
フワァァ……! と、淡い光が体からあふれ、立ちどころに傷をいやしていく。
幸いにも、ロードもラ・タンクもレイルを生き餌として血だらけの手負いにするのが目的だったので、斬られた傷も致命傷ではなかったらしい。
おかげさまでHPも一気に回復していく。
「す、すごいな……銅貨一枚の品にしちゃ上出来だ」
「だろ? ウチの品質はピカいちだぜぇ」
ぐふふふ。とカモを見るような目の行商人。
「どうだい? 気に入ったならもっと買っていかないか? 他にもいろいろある!──兄ちゃんのことは気に入ったし、特別に安くしとくぜぇ」
「……瀕死の冒険者をほっておいて、今から商品を売りつけるって? たいした商人だな」
傷が治って少し余裕の出たレイル。
軽口をたたくくらいには回復したらしい。
「へっ。俺は商人よ。誰にでも物は売るが、絶対にただでの施しはしねぇ。そいつが信念ってもんさ」
なるほど。
よくわかる話だ……。
商人見習いのミィナを幼馴染とするレイルには大いに頷ける話だった。
「ま、効き目の分、ポーション中毒もきついから、立て続けには使えないけどな」
「それは、どんなポーションでも同じだろ?」
ポーション等の回復薬には中毒性があり、連続して使用できない。
詳しい原理は不明だが、体が受け付けなくなるのだ。
実際レイルも試しに何本かをいっぺんに飲んだことがあるが、数本目でたちどころに吐き出してしまった。
あれはきつかった……。
「へへ。物わかりのいい兄ちゃんで助かるよ、よかったらなんか買っていくかぃ? これなんかオススメ──」
「だからぁ、」
──ポォン♪
※ ※ ※
残り時間 00分45秒、
44秒、
43秒、
※ ※ ※
「う……!」
ま、マズイ!
「どうしたんだ兄ちゃん? 少しならオマケするぜ」
そういって商品を楽し気に褒めだす行商人だが、レイルにはそれどころではなかった。
激痛と気怠さに苛まれ指向が鈍っていたとしか思えないほどの間抜けさ!
時間が…………ない!!
せっかく、あの女神様がくれた最後のチャンス。
それをボンヤリとして不意にしてしまうなんて!
今からでも宿屋に駆け込んで『俺』に事情を話すか?
ロード達の企みを教えて、今すぐ逃げろと──。
そうすれば、元の時間に戻った時に俺はあの場所にいないかもしれない。
だけど────。
「そんな賭けができるわけが!」
葛藤するレイル。
その隣では──。
「──で、これが『惚れ薬』で、こっちは『錆落とし』。んでこっちは、」
考えろ、
考えろ、
考えろ!!
「時間を遡ってまで……。神様のチャンスまで貰っておいて俺は何をしている──!!」
「──で、こいつは『俺の聖水』。んで、」
考えろ!!
考えるんだ──!!
少ない残り時間で何をできるのか──。
それを考えろと、自らを奮起するレイル。
だが、その間にも無情にも時間は過ぎてい行く。
そして、行商人は次から次へと手を変え品を変え──。
「──で……。お! これなんかオススメだぜぇ、ドラゴンでもいちころで殺せる、その名も『ドラゴンキラー』……」
ってうるせぇな、このジジイ!!
頭を抱えるレイルの様子をガン無視して、空気を読まない行商人が商品の説明をつらつらと、
レイルが金を持っているように見えるのだろうか?
…………って、
……ッて!!
て、てててて、て──!
そ、
「それだぁぁぁああああああああああああああ!!」
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