第2話「疫病神のレイル」



 それは、数日前のこと。





 辺境の町グローリスの教会前にて、都市の同じころの男女がワイワイと騒いでいた。


 故郷の村を出て冒険者をしていたレイルは、いつもの冒険者装備一式を宿に預けたままラフな格好で教会に向かっていたのだが、

 その前にはすでに大変な人だかりができており、朝一番にでて、素早く用事を済まそうと思ったレイルの予想を粉々に打ち砕いた。


「あちゃー……。ひとごみは苦手なんだよな」


 若者ばかりの列は、仲良しグループが多いのか彼方此方で話の華が咲いている。

 レイルは一人その輪に加わることもなく、そっと列の後尾に並んだ。


 そのまま目立たぬようにしていると、


「はー緊張するな!」

「今日はいよいよ、全国スキル授与式だもんな!」


 同じく後尾付近に並んでいた4、5人の若者のグループが人目も憚らず大声でおしゃべりに興じていた。


「人生で二個目のスキルが貰えるんだもんな! 今日に期待しない奴なんていないぜ」

「そうだよね、お貴族様だってお行儀よく並んでるくらいだもん」


 誰もかれもが、そわそわとした様子だ。ことさら声が大きいのも、緊張を紛らわせるためだろう。

 それもそのはず。


 なんたって今日はスキル授与式だ。

 この世界では誰でも生まれた時に持つスキル以外に、成人式を迎えたときに「スキルの女神」よりスキルが授与されるのだ。


「俺は『火魔法』とか『風魔法』がいいなー」

 剣を下げた若者が魔法を請う。

「マジかよ? お前『剣士』のスキル持ちだろ──あ、わかった! 魔法剣士狙いか?!」

「へへ、ご名答! 『剣士』スキルは極めたからな。魔法スキルが貰えれば鬼に金棒だぜ!

「へっ。あんまり欲張るなよ。お前の兄貴みたいに、『中級魔術』のスキルを持ってるのに、女神さまから『下級魔術』のスキルを貰うかとだってあるんだぜ」

「おいおい、脅かすなよ。そんなスキル貰ったら俺は泣いちゃうぜ────っと、おいアイツ」


 捕らぬ狸の皮算用。

 まだもらえてもいないスキルに夢を馳せる若者たちが急に声を潜める。


「なんだよ──って、げ! 『疫病神』のレイルじゃねーか」

 列の後尾に並んだ一人の若者を見て、仲良しグループはあからさまに眉を顰める。

「なんだよ? 誰だ『疫病神』って?」

「お前、知らないのか? アイツだよアイツ──ど田舎の村から出てきた奴でさ、どうも嫌な噂のある奴だよ」

 不躾に指をさされる気配を感じたが、レイルは俯いて気付かないふりをする。

「聞いたことねぇな? 『疫病神』だって?」

 本当に聞いたことがないのか、グループの一人が首をかしげる。

「おいおい、本当に知らないのか? おまえ、モグリかよ────まぁいい、教えてやるぜ」


 わざとレイルに聞こえるように、おしゃべりな若者が声を上げる。



「いいか────アイツには極力近づくなよ、なんたって…………」



 若者たちがレイルを口汚く罵っているようだ。

 いくら列が長くて暇だからと言ってこれ・・はないだろう……


「はぁ……」

 ため息をつくレイルの耳にも、否応なく仲良しグループの声が飛び込んでくる。

 その話が大きくなるにつれ、近くに並んでいたものが一人。また一人とレイルの傍から離れたり距離を取ったりする。


 まるで、ツキが落ちるとでも言わんばかりだ。


(無理もないか……。こんな日に俺の傍にいたくはないだろうしな)



「──アイツが『疫病神』っていわれるにのはちゃ~んとした理由があるんだ」



 さっきの若者たちだ。

 どうやらまだ、続けるらしい。


「おいおい、偶然だろ?」

「偶然なもんかよ。アイツの村では有名な話だぜ?──アイツの周りの人間は皆死ぬか不幸になるんだ」

「だからって──……」


 ひそひそ

 ひそひそ


(いい加減にしてくれ……)


 うんざりした気持ちでいるレイルのことなど知らんとばかりに、列は進み、教会の中へと若者たちが消えて行っては種々様々な表情で出てくる。


 どうやら臨んだスキルや、外れスキル。あるいは微妙なスキルを貰ったりしたのだろう。

 さっきの噂話の仲良しグループもそろそろ教会の中に呼ばれる頃だ。

 そうすれば嫌な話を近くで聞かされなくてもすむ。


「──噂じゃねーよ! 本当なんだって! アイツの母親は生んだ直後に死んだらしいし、飲んだくれおやじは行方不明! その同じ日には隣の家のミィナって娘は変死したらしいぞ?! 小さな村でそんな偶然あるかよ!」

「おいおい! 声デケーって! ほら、お前の番だ。『魔法』のスキルが貰えるといいな!」

「おっとっとー! へへ、行ってくるぜ!」


 そういうと意気揚々と教会の中へと消えていく噂好き。

 彼を見送った後、仲良しグループもようやく静かになる。


「『疫病神』ねー……」

 チラリと視線を感じるが、レイルは俯いて気付かないふりをした。


「たしかに、こんな日に『疫病神』なんて目にしたくはないよな」


 ペッ! と唾を吐かれた気がしたがレイルは全て無視してやり過ごす。

 そうして、いくらか時間が過ぎた頃、



「もし……?」

「………………」


「もし──! そこな青年、アナタの番ですよ!」

「…………ぇ? あ、はい!!」


 ぼんやりとしていたレイルは、呼び止める声にようやく顔を上げた。

 どうやら、俯いている間に列が進んでいたようだ。


「緊張しているのですね? わかります────では、こちらへ」

 教会関係者らしく、柔和な雰囲気の男性に優しく促されレイルはようやく一歩を踏み出した。




(…………ミィナ。ようやくこの日を迎えられたよ)




 疫病神と噂された青年。

 レイル・アドバンスはついに人生2個目のスキルを取得できるスキル授与式に挑む。


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