人体自動販売機
howari
第1話
妻は生き生きしていた。
目をキラッキラに輝かせ、何か生きがいを見つけた様だった。それはきっと…一週間前からだ。
夜中になるとなぜか、屋根裏部屋へと向かう。
大事そうに裁縫道具を抱えながら。
久しぶりに見る生き生きした妻の姿が、嬉しかった。
でも少し怖い様に感じた。
「完成するまで…屋根裏は見ないでね。あなた。」
夜ご飯はなぜか白ごはんと味噌汁、漬け物だけになった。
それも一週間前からだ。
「あれ…なんか最近…質素だね。」
「いいの、いいの。」
…いいのか?まさかお金を何かに使い過ぎて、質素なご飯になっているのか?
とりあえず様子を見ることにした。
毎日夜中に屋根裏へと篭る妻。
内緒で何かを作っているようだ。部屋は何の音もしない。
妻の笑い声が聞こえるだけ。
8日目
昼間に出かけている様子もあったので、後をつけてみることにした。その時には紙袋を大事そうに抱えていた。
なんだろう?
また目はキラッキラしている。
辿り着いたのは気味の悪い空き地。どんよりした空気が漂っている。その空気に気持ちが悪くなる程だ。
ある自動販売機の前で足が止まる。
それはポストよりも真っ赤な四角の塊だ。
妻はその前でニコニコしながら、何にしようか悩んでいる様子。近くに行かないと何が売っている分からないな。
近くに寄ろうとしたら、妻がガサッガサッと札束を出した。結構な量の札束だ。
…そんな札束どこから?
そのお札を自動販売機に入れようとしている。
「おいっ!何やってるんだ?」
「え…?あなた、何で?」
妻はびっくりして目を丸くしている。
「最近お前の様子がおかしいから、心配になって…。」
「ふふ…どうせもうすぐ話すつもりだったから。ねぇ、これ見て!」
と妻が指を指した赤い塊には、
〝人体自動販売機〟
と書いてある。
「人体…自動販売機?!」
「そうなの。人の体が一つずつ買えるの。」
ゾクッと背筋が凍り、変な汗が額から噴き出す。
「ここにね、生き返らせたい者の名前を入れて…」
妻の細い指が順番にボタンの下を滑っていく。
〝右手〟50万円
〝左手〟50万円
〝胴体〟100万円
〝右足〟50万円
〝左足〟50万円
〝頭〟200万円
自動販売機の窓にはその部分のリアルな破片達が並んでいる。生々しいほどリアルだ。
それを見た俺は吐きそうになって、手で口を押さえた。
「うっ…な、何これ?!」
「今日で最後よ。頭を買ったら完成。」
「何を言ってるんだ?!」
「まなが生き返るの…。」
「…え?!」
まなは俺たちの子供だ。
目に入れても痛くないほど本当に可愛かった。
三人で河原でバーベキューをしていた時。
ほんの少し目を離した瞬間、ほんの一瞬。
川に流されて行方が分からなくなり、次の日、川に浮かんでいるまなが見つかった。
——死んでいた。
それから妻は自分を責め続け、もう笑うこともしなくなってしまった。何をしていても上の空で、生きる気力もない。まなが亡くなった時に、自分の心も生きる力も落として無くしてしまったのだ。
そんなんだったのに…
生き生きし出したのは、この自販機のせいだった。
俺はその札束を取り上げて叫んだ。
「まなは…死んだんだ!死んだ人は返ってこない!生き返らないんだ!!」
「まなは生き返るの!毎日手や足を縫い付けてたんだから!きっと生き返る!頭を買って縫い付けたら…生き返るのよ!!」
彼女は我を忘れて泣き叫んでいた。
…そんな事で生き返るわけない。人形の様に縫い付けても生き返らないだろう?
妻はお金返して!と俺の肩を激しく揺らしていた。
涙の玉がたくさん噴き上がる。
そんな彼女を強く抱き締めた。
「俺だってまなが戻ってくるなら、戻ってきて欲しい。
でも…悲しいけどもう居ないんだ。この現実を受け止めなきゃいけない。」
「…いやっ!いやっ!いやだぁぁーーー!!!」
その時、俺の手と妻の手に温かな手が触れた。
…それは
まなの手のひらだ。
可愛いもみじみたいな小さな手。
頭がない妻が作りだした〝まな〟が目の前にいた。
「パパ、ママ、そんなに泣かないで。急に居なくなっちゃってごめんなさい。でも、私は幸せだった。パパとママの子供に産まれて本当に幸せだったよ。だから、もう苦しまないで。私は天国でパパとママを見てるから。」
その体の中から声が聞こえてきた。
懐かしいまなの声。
愛しい声。
「あ、あと弟が欲しい。だからお願いね。じゃあね。」
その〝まな〟は小さな手を振り、眩い光に包まれて消えていった…。
「「まな、ありがとう。じゃあね。」」
俺たちもまなに手を振ってさよならをした。
「さぁ、また頑張って働かなきゃな。」
「ご、ごめんなさい。貯蓄からお金出してしまった。」
「しょうがない。また貯めて行こう。」
「お、弟が欲しいって言ってたわね。」
「うん。じゃあ子作りも頑張るか!」
妻はコクっと頷き、顔を真っ赤にして俺の手をぎゅっと握り締めた。
その笑顔は生き生きして輝いていた。
もし、家の近くに真っ赤な自動販売機があったら…
それは〝人体自動販売機〟かもしれません。
お金がもしあるなら、生き返らせたい人の体を買えるかもしれません。
生き返るかどうか保証はありませんが…。
end
人体自動販売機 howari @howari
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