第14話 抱かれるイメージの違い

 ファリントン侯爵のお屋敷から戻ってくるやいなや、私はベッキーさんやらキャメロンさんやら、女中達に取り囲まれることになった。


「ねえリセさん、貴女ファリントン侯爵の同伴を務めたって話、本当ですか!?」

「しかもお屋敷に招かれたって聞いたけど!?」


 ベッキーさんが口火を切るや、ジェシカさんもそれに続く。彼女達の勢いに押されながら、私は小さく頷く。


「ま、まぁ、そうだけど」

「うわ、すっごーい」

「バーナード卿、王政補佐庁の中でも特に付き合いが難しい方だって、有名なのよ」


 同意を返せば、女中達全員が大きく目を見開いて。キャメロンさんなんて、驚きで顎が外れそうになっている。

 彼女達の反応に、今度は私が目を見開く番だ。彼女達の話しぶりではバーナードさんは随分と気難しい、人当たりの悪そうな人のようだ。私がさっきまで対面し、一緒に米酒べいしゅを酌み交わしたにこやかな笑顔の男性とは、イメージが大きく異なる。


「そんな感じはしなかったけどなぁ……普通に気のいい、丁寧なおじさんって感じで」


 私が首を傾げながら言うと、皆が「えぇっ」と声を漏らした。私の評価が随分と意外だったらしい。エステルさんが信じられないと言わんばかりに、小さく首を振った。


「侯爵様相手にそんなこと言えるの、絶対貴女くらいなものだわ」

「あの丁寧な物腰の内側に何を隠しているかしれない、底の知れない方だって皆言うのよ」


 デビーさんもその眉間にしわを寄せて、少し怖い顔をしながら私に話してくる。どうも、私の見た姿と、一般的なバーナードさんのイメージに、大きく開きがあるようだ。

 腕を組みながら、私はさらに首を傾げる。


「やっぱりあれなのかなぁ……私がこないだベンフィールド伯爵をやっつけたから、一目置かれているとか」


 私の零した言葉に、女中達はそっと顔を見合わせると、全員が一斉に頷いた。


「あり得る」

「あれからメレディス卿、酒場でも居心地悪そうにしているって、『満月橋亭』のサリーから聞きました」


 ルーシーさんが力強く言うのに合わせて、ベッキーさんも口を開く。サリーさんってあれか、おとといのパーティーの時にモンタギューさんが連れてきていた覚醒者の。「満月橋亭」で働いていたのか。

 私が口を小さく尖らせていると、私の傍に寄りながらエステルさんがにこやかに笑う。


「でもリセ、凄いわよね。メレディス卿が睨むのにも負けず、バーナード卿と一対一で対等に会話して。本当にただの女の子だったの?」


 彼女の言葉に、小さく目を見開く私だ。

 私の出自、というほどのものではないが、地球での来歴は、軽く皆に話をしてある。日本人で、酒造メーカーの営業職という職業柄酒に詳しくて、バーで飲んでいる時に酔客にぶん殴られて死んで、アーマンドに来た、ということは。

 だから私が「ただの女の子」だったということは、皆知っているはずなのだが、ここに来てその事実を疑い始めているらしい。キャメロンさんが皮肉っぽく笑いながら言う。


「ただの女の子にはとても思えないわよね。そんなことを言っておきながら、きっと前世では凄い立場についていたに違いないわ。貴族のお屋敷に務めていたとか」

「いやいや、ないない」


 彼女の物言いに、私はすぐさま手を振って否定する。

 そんな高貴な現場に身を置いていたわけはない。というか日本に貴族とかいないし。貴族制が廃止されてもう何十年も経つのだ。


「普通だったわよ、私は。普通の家に生まれて、普通に教育を受けて、普通の会社に就職して……まあ、勤め先がお酒を造る会社で、ちょっと高級なお店に営業に行ってた部分は、普通じゃなかったかもしれないけれど」


 私が視線を逸らしながら零すと、ベッキーさんとデビーさんが揃って首を傾げた。


「高級なお店というと、例えば一番街通りにあるような?」

「『紅眼あかめ鷲亭わしてい』とか? 『双頭そうとう竜亭りゅうてい』とかみたいな?」

「そうなんじゃない? 一番街通りのお店に入ったことないから、詳しくは知らないけど」


 彼女達の挙げる店名に、私はなんとなしに同意を返しておく。一番街通りは王都クリフトンでも特に格式高く、高級なお店が連なっている通りだ。私は近づいたことがないから、そこに並ぶお店の存在を、名前だけしか知らないけれど。

 とはいえ、大体のイメージは掴めたらしい。ルーシーさんがぽんと手を打った。


「えー、すごい。うちのお店にも貴族の方々はいらっしゃるけれど、一番街通りのお店に比べたらだいぶ庶民的だもの」

「一番街通りの酒場は、レストランと言っても過言じゃないものね。女中も『内勤』することはほとんど無くて、同伴が主だって言うし」


 彼女に同意しながらジェシカさんも両手を合わせる。その瞳には憧れの色が浮かんでいた。やはりというか、貴族の方々に同伴すると言うことは、女中として憧れがあるらしい。


「ふーん、すごいね」


 彼女達の反応にさらりと返事を返しながら、私はぐっと腕を伸ばした。正直ドレスが窮屈で、早く部屋に戻って脱ぎたい。シャワーも浴びたいし。

 と、さっさと逃げようとする私を尻尾で捕まえて、デビーさんがにやりと笑う。


「まぁでも、リセを手放すようなことはタニアさんが絶対しないでしょ」

「可愛がってるもんねぇ、やっぱり稼ぎ頭になったから」


 エステルさんもにこにこと笑いながら、私の腕を抱き寄せていた。どうやら逃がすつもりはないらしい。

 ちょっと困るぞ、私は早く身軽な格好になりたいし、明日の火の日も仕事があるのに。


「かもねー……ふぁぁ、ねむ……今日はちょっと飲み過ぎたかしら」

「よく言う」

「メレディス卿のパーティーで、ワインをボトル四本も飲んでもピンピンしてたじゃないですか、貴女」


 これ見よがしにあくびをしても、キャメロンさんとベッキーさんにあっさり見抜かれた。

 とりあえず部屋に戻ってシャワーを浴びることとドレスを脱ぐことだけは許して貰った私は、夜中の3時くらいまで女中達から質問攻めに遭ったのだった。

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