レシピの魔女の禁忌のレシピ

鳥辺野九

Recipe-01 魔道士と傭兵とゼリーと

その1


 レシピの魔女いわく、薬餌生成作業で一番楽しい時間は素材集めの時間、だそうだ。その次に楽しい時間は、薬が出来上がるまでの待ち時間に飲むコーヒーの時間らしい。




 レシピの魔女が薬餌調合の修行として僕に課した初めてのお使いは、楽しい野外作業と称した地味な素材集めだった。


   §


 万能結着剤のレシピ


 ・青レモン ── 3個

 ・浮かびナッツ ── 5〜10個

 ・蠢きゼリー(赤) ── 15デヌ


 以上の素材を2セット。


 ひとことアドバイス


 ・青レモンはグリッド・マシュウズの店でも買えるけど、青さきらめく鮮度が命なので、アルファリアの森で木になっている実を収集すること。


 ・浮かびナッツも森で調達すること。こちらは熟して浮いているものが好ましい。勢いがすごければすごいほどいい。


 ・蠢きゼリーの赤と赤レモンの果汁は混ぜるとアレで危険。レモンの色に注意!


   §


 何て言うか、今回のミッションについて聞きたいこといっぱいあるんだけど、レシピの魔女はレシピに関して質問を受け付けてくれない。青レモンはどれくらいの青さがいいのか? 浮かびナッツの勢いって何の? 蠢きゼリーとレモンの赤と赤を調合するとどうなる? そもそもデヌって謎単位は?


 しかし何を聞いても「ほらほら、時間は限られてるよ」と彼女の決め台詞で仕事場を追い出されることになる。だから僕は質問を諦めて大人しく野外作業に出るんだ。自分で解決するしかない。


 薬餌調合師ってもっと学術的で魔道士っぽい仕事ってイメージがあった。でも僕の格好はそこらをうろつく冒険者とさほど変わらない。て言うか、駆け出しの冒険者そのものだ。


 アルファリアの森に出没する小モンスター対策としてレザージャケットを装備し、レシピの魔女から譲り受けた万能ナイフ片手に、素材採集道具が詰まったバックパックを背負い込み、まずは情報収集だ。レシピに書いてあるグリッド・マシュウズさんの雑貨店へ向かおう。なんて言ったって、レシピの中で知ってる単語はそれだけだから。




 どこでどう道を間違えたのやら。


 僕は15歳にして、かの王立ウルリッヒ魔道総合学校を卒業できた。


 卒業後は高名な魔道士に師事して王宮付き魔道士を目指せ。親からそんな高い理想を言い渡されたが、どうしても口うるさい父親の言葉に従いたくなかった僕は、思春期らしくささやかな反抗としてまったく逆の道を選んでしまった。


 思えば、僕の人生の分岐点はそこだ。


 僕は、良く言えば長い歴史と重い秩序ある、悪く言えばやたらと古臭く革新を諦めた、アレクシオス職人組合街のとある薬餌調合師の元で馬車馬のようにこき使われて働いていた。


 僕の師匠にあたるその薬餌調合師が少し、いや、相当に変な人なんだ。


 職人組合街でも珍しい黒髪の若い女性魔道士で、若いといっても三十歳は越えてるけど、名前はツキノワ・ソラマチ。発音が少し難しい。こことは違う遠い異国の名前らしい。


 職人たちの間でもツキノワさんの薬餌調合師としての評判は悪くなかった。若い女性魔道士ながらベテラン職人たちに負けじと奮闘するその姿は、職人組合街に咲く一輪の花に例えられたものだ。いや、言い過ぎか。花は花でも、そのトゲの毒は相当にきついぞ。


 ツキノワさんは画期的な薬餌レシピを開発しては職人たちの二日酔いを一掃したり、かと思えば古代のレシピからコーヒーで酔っ払ってしまう薬を復活させて職人組合街全体を機能停止させてしまったり。職人たちの騒動の中には大抵ツキノワさんの姿があった。


 蒸気機関と木製歯車で出来た職人組合街の武骨な職人たちは、ツキノワさんを敬愛と畏怖の念を込めてレシピの魔女と呼んだ。


 そんな職人たちに愛され、そして畏れられたレシピの魔女の下で、僕は一人前の薬餌調合師になるために、日夜ツキノワさんの無理難題な調合レシピに挑んでいたのだ。一日でも早く、ツキノワさんに追い付くために。


 レシピの魔女の奇妙な仕事ぶりの話をしよう。彼女は、もういないけど。

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