あべこべ世界の悪役令嬢(男)

@tabbeco

第一章 

第1話

人々が魔法を行使し、魔物が普通に蔓延る世界。

そこに存在するいくつかの国において、魔法技術、富、国力ともに他国の追随を許さない大国があった。

 

ーーーアルファス王国。

何千年も存在し続けられるほどの国力を誇り、広大な土地を持っていながら一度も他国に、魔物にもわずかな土地でさえ奪われたことのない大国。

 

 

そのアルファス王国において、王家と最も繋がりが強く、国を支える大黒柱ともいわれる大貴族がいた。

 

ファーレンガルト公爵。

その名家の娘、ヴァイオレットは冷酷であり、残虐であった。

 

人を人とも思っていないような貶した態度、口を開けば飛び出す暴言。道行く先に人が立っていれば容赦なく剣を振るう残虐さ。冷たい美貌。

 

今この国で一番恐ろしい人物は誰かと問われれば、いうようもなくヴァイオレットだと誰しもが答えるだろう。

 

そして誰もがこの娘を陰でこう呼ぶのだーーーーー

 

 

『白き悪魔』と。

 

 

 

 

 

 

 

ファーレンガルト公爵家、大浴場にて。

 

 

フローラルな香りが漂い、一つの池とも錯覚しそうなほどに大量のお湯が張られたお風呂場で俺、ことヴァイオレット=ファーレンガルトは鏡で自分の姿をぼんやりと眺めていた。

 

まばゆいまでに輝く白銀の長髪、整いすぎた顔立ちにふっくらとした桜色の唇。

 

「はぁ…」

 

客観的に見て、自分でも絶世の美少女だといえる容姿だ。しかし、俺は心労のあまりため息をついた。

 

ーーー俺には日本と呼ばれる所で生きていた記憶、前世の記憶ともいうべきものがあった。

 

思い出したのはつい最近のこと。母と姉、妹と食事をしていた時だ。

俺が優雅にパンを口の中に入れている際中、突然フッと膨大な過去の記憶が頭の中から湧き出てきたのだ。

俺は頭痛のあまり失神。

そのまま熱いスープの中へと顔を突っ込んだらしい。

 

記憶が戻った後の俺はそれはもうひどく狼狽した。運命を呪うあまり怨嗟と憎悪が入り混じった慟哭をあげたものだ。

 

ヴァイオレット=ファーレンガルトは前世の俺がハマっていた乙女ゲームのキャラクターであり、いわゆる悪役令嬢という立ち位置にいるキャラだったせいだ。

おまけに現時点で他のキャラたちの好感度はのきなみ最低。

 

記憶を思い出す前の俺がいろいろとやらかしていたため、こんなハードモードなことになってしまっていた。

前の俺は普通の一般人だったというのに、あんまりな仕打ちである。神をぶん殴りたい。

 

ここまで嫌われていればいつかは魔王領に追放される、かもしれない。

正直に言って、今の俺には先の展開がよく分かっていなかった。

追放されるとはっきり分かっていればその下準備をしたりできるのだが、それすらできない混沌とした状況に俺は囲まれていた。

 

「お米、食べたい…」

 

大きな不安を抱えつつもヴァイオレットとして演じる日々。

まだ短いながらストレスもろもろがどんどん溜まっていった。俺の胃に穴が空くのも時間の問題かもしれない。

胃薬が欲しいが、この世界には残念ながらない。

 

違和感ありまくりでも悪役令嬢として振るまわなければいけないのに加え、侍女たち家の者にも怖がられる生活。

少し声をかけただけで悲鳴をあげられる。つらい。

今の俺にとってこのお風呂の時間だけが唯一の娯楽だ。

 

しかしこれだけでもかなりのストレスだというのに、この生活、いやこの世界にはさらに俺の胃を殺しに来てるのかと思われる性悪な要素が待ち構えていたのだ。

俺は再び大きなため息をつきながら体にお湯をかけて立ち上がる。とりあえずすべてを忘れて湯船につかろう。

 

 

「お、お嬢様、お背中を流しに、ま、参りました…」

 

「え?べ、別にいいですわ!わたくし一人で十分です!」

 

これから唯一の楽しみの時間だというのに突然声をかけられた。

 

俺は顔を真っ青にして侍女の申し出を拒否する。怒鳴りつけたつもりはなかったのだが、ドアの向こう側からは悲鳴があがった。

 

「ヒッ…!す、すいません!ですがご主人様からのい、言いつけですので」

 

そう言ってしきりの向こうから見えるシルエットがドアに手をかけたのが見えた。

 

ま、まずい!裸を見られたら!

焦りに焦った俺は急いでドアを開けられないようにしようと押さえに駆け出す。

 

だが、あと少しで俺の手がそのドアに届くという所で。

ガラッとそのドアが開かれた。

 

「……え」

 

体を縮こませながら浴場に足を踏み入れた侍女。彼女の眼前には全裸で手を伸ばす俺の姿。

 

最悪だ。俺にとってはまさしく最悪の事態。なぜなら、

 

「お、おとこ……?」

 

俺は伯爵令嬢という身分でありながら胸はなく、その股間には立派なモツが付いていたからだ。

しかもそれだけではない。

 

「はぁ…っ、はぁ…っ、男…!!」

 

侍女が俺の股間をガン見しながら息を荒立てはじめた。よだれをたらし、その目には野獣のような光が灯る。

せっかくの可愛らしい顔が台無しだ。

 

 

ーーーーここは男女の貞操観念が逆転し、あげくには男女比が1対10という前世とは全く異なる世界。

原作などすでに木っ端微塵に崩壊していた。

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