序章6 引っ越し
僕が家に帰ると、亜衣は案の定お怒りになっており、砂糖と塩を間違えたのかと思う程、塩っ辛い卵焼きを食べる羽目になった。
話しかけても、ふんと目を逸らすし、ちょっと悲しくもなったが、僕が使った食器はいつも通り洗ってくれたし、上目遣いで心配したのだ〜と近づいて言ってくるもんだから、ちょっと動揺したり、まぁ、その日の陰鬱な気分は、亜衣のおかげで払拭してもらえた。
いつも、早く寝ろよーと言うのは、僕の方だったが、今日は亜衣に促されて眠った。
急に暴れだす少女の姿、目に光は灯っていない。なんの理由もなく、近くにある物を破壊しようとする衝動に駆られて、薬を打たれ、眠らせなければ、他人に迷惑がかかってしまう障害者のような。
元は、元気に走って、友達と遊んで、勉強して、普通に過ごしていた。そんな姿が想像できない程、普通ではなかった。かけ離れていた。
僕もあんな風になるんだろうか?もしかしたら、妹も...。いや、何を考えてるんだ僕は。
そうならないために出来ることをするだけだ。それが、たとえ失敗したとしても...。
*****
「おはようございます、亜衣ちゃん」
宣言通り、かなり早く来た、香宮野達を、亜衣が扉を開けて、引き入れているようだ。
「おはようございますなのだ〜唯お姉ちゃんと誰なのだ〜?」
首を傾げて、亜衣は塚上を見る。
「私は塚上海斗というものです。以後お見知りおきください」
僕はその様子を遠目から見守り、あとから入って行った。
「おう、ほんと、早いな。そんなに詰めなきゃいけないものもないんだけどな」
みんなを引き入れたのは、大体8時くらい。よく考えたら、みんな朝ご飯は食べたんだろうか?
そんなことを考えていると、僕のお腹がぐぅーっと鳴る。少し恥ずかしい。僕は本当にさっき起きたばかりでようやく着替えが終わっただけだったので、まだ朝食を食べてないのだ。
僕のお腹の音に反応を示し、亜衣は香宮野の達を見て、
「唯お姉ちゃんも食べていくのだ?」
「いえ、私も塚上も早くに起きたので、大丈夫っすよ。でも、あなたのお兄ちゃんは、まだ食べてないみたいなので早く食べさせてください」
亜衣は「分かったのだ〜」と言ってキッチンに入り朝食の準備を始めた。
もうすでに中に入った香宮野達は、荷物の梱包を手伝い始めたので僕も、朝食ができるまでは手伝って、少し経つと亜衣が朝食を作ってくれたので、それを急いで食べ、また、手伝いに戻った。
今使ってない食器は先に、香宮野達が梱包してくれていたので、亜衣が洗ってくれたものを僕が拭き梱包すれば、ワレモノの梱包は終わる。
テレビ等の大型は、業者さんにお願いして、僕達は、自分の部屋の荷物をまとめる。といっても、僕の部屋には、本当に何も無く、ベッドや机とかも、業者さんが持ってきてくれるそうなので、衣服以外特にダンボールに入れるものもない。子供の頃のアルバムさえないのは気になる所だか、今さら気にもしなかった。
そんなことを考えながら、自分の部屋を眺めていたが、突然隣から塚上の奇妙な声が聞こえて、感傷に浸る時間は失われた。
その声が気になって見に行くと、亜衣の部屋であるCDを指しながら震えている塚上の姿が確認できた。
亜衣が持っているCDと言えば、確か、ディエイユのものしかなかったと記憶しているがそれは、塚上が震えるほどすごいものなのだろうか?
「塚上?なんでただのCD一枚でそんなに震えてるんだ??」
「それは、ディエイユを結成して1年を記念して作られたという伝説のアルバムですよ。全員の直筆サイン付きのCDカバーに一四曲の神曲が入っているんです!!」
塚上は顔をかなり近付けてきて、ふはーふはーと荒い息を吹きかけながら僕に迫ってきた。亜衣は心配そうにこちらを眺めていた。
「まぁ、レアものというのは分かったから、亜衣に返してあげてくれよ。お前も極度のディエイユのファンっていうのも十分伝わったから...」
「あぁ、そうでした。つい興奮してしまって。ごめんなさい。亜衣さん、これ、お返しします。どうぞ」
最後まで名残惜しそうに塚上はそのCDを亜衣に預け、もらったCDを亜衣はダンボールに詰めていく。僕もそれを手伝って亜衣のCDをダンボールに入れきると、
「塚上殿も、ディエイユのファンでござったか、また、話そうなのだ」
「えぇ、ぜひ、一緒にディエイユについて語り明かしましょう!!」
二人は腕を組み合ってそんなことを誓い合っていた。なんだかんだで、二人は仲良くなっていたようだ。
一方、香宮野は、リビングに残っていたカーペットやソファー、クッションをまとめてくれていた。
「ありがとう、香宮野。おかげで、部屋の整理は大体終わったよ」
「では、私の方を手伝ってもらえますか?一人では、このソファーを動かせなかったので」
「あぁ、もちろん手伝うよ」
こんな感じで、河合のおじさんから美味しいものが届いたというから中身を見てみれば、大量のカップ麺だったりまぁ、色々あったが、二時間程度でようやく引越し業者に荷物を運んでもらえるように準備が整い、僕達は一足先に、これから住むことになる寮に連れていかれた。
僕達が住むことになる学生寮は本来一人ずつ個別の寮になるはずだったが、香宮野の提案により二人が住める場所に変えてもらった。ただ、その代わり少し星宮学園から遠いそうだ。
香宮野は、用事があると言って、途中で離れてしまったから、今いるのは、塚上と僕と亜衣の三人。
実際に寮に着いてみると、(それまで電車を使っての登校というのもあるだろうが)それほど校舎からも遠くないし、前のマンションと比べてもかなり、広い。
部屋は二つあって、前の僕の部屋と同じ広さ、いやむしろこっちの方が広いんじゃないかと思うほどだった。クローゼットもあって、中には、色々入れられそうだ。
キッチンを見に行った亜衣は、「ここのキッチンは機能が充実しているのだー」とか言うから見に行くと、ガスコンロの代わりにIHがあったり。
こんな場所が無料で貸し出せるはずがない。いくら、香宮野が理想としている能力者を守るためだとしても、資金については説明がつかない。
「なぁ、塚上。どうして、こんなにいい場所が無償で提供されたんだ?」
僕は何か事情を知っているだろう塚上に問うてみるが、
「まぁ、後ほど分かると思いますよ」
とはぐらかされてしまった。
目をキレイに輝かせながら、新居に見とれている亜衣には言えないが、僕はすごい嫌な予感がした。なにか面倒事に巻き込まれそうなそんな予感だ。
まぁ、すぐに、追い出されるという心配はいりませんと、塚上が最後に言ってくれたのでそこだけは救いだ。
搬入される荷物を眺めながら、まぁ、今さら無駄かとため息をつき、搬入を手伝って、引っ越しは無事完了した。
一抹の不安は残るが、明日学園に通えば分かるだろう。そう考えて、僕は、深い眠りに落ちた。
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