第135話 ローンチ記者会見



「やれやれ……やっと半分か」


 カシエコルヌは岩に腰を下ろした。

 そしてふぅと息を吐き、周りを見渡した。



 ここはオリヴィエント郊外にある荒野の一角、治水が辛うじて生きていた場所だ。ここ最近の雨によって新しい川が生まれたばかりで、農地として転用できる土地だった。


 そんな場所で、カシエコルヌは土を作る指導をしていた。農家でも無いただの教師である自分が、慣れない肉体労働を始めたのだ。


 この仕事は、農家に任せておけばいいというものでも無いらしい。あの女神の世界樹を育てた女神の師匠という箔が、カシエコルヌのカリスマ性を高めていたのだ。そんな立場になってしまったせいで、こうしてマチコデに使われていた。


 それは、バックスも同様だ。



「師匠、僕はサインを求められましたよ!」

「……良かったな、何に使うんだろうな」

「ファン心理が分かっていませんね。飾って眺めて想いに浸るんですよ」

「そりゃ、おじさんには分からねぇ世界だ」


 カシエコルヌは肩をぐるぐると回し、凝りをほぐしていく。


 水の流れを作り、橋をかけ、水田と畑を整えてオリヴィエントの食糧事情を解決する。それがマチコデから2人に与えられた仕事だ。蓼科から持って来た種も育つ事が分かっているので、急務であるのはは間違いない。


 だが、農具は少なく手作業がほとんど。人もどうにか手配できているだけ。雨も降ったり止んだりと、農業は大変だ。



「……灰炎のカシエコルヌという呼び名は、今思えば悪くなかったなぁ」

「師匠。口だけじゃなくて体も動かさないと、今日のノルマが終わりませんよ」


 バックスはそう言いながらテキパキと耕している……ように見えるが、その速度はカシエコルヌの半分以下だ。何回か鍬を振り下ろしては、数分間座って休憩をする。他の農家達の方が数倍よく働いている。



「……人には向き不向きがあってな。俺やおめぇは向いてない気がするわ」

「食べる側に回りたいですよね。あ、品質管理部門を立ち上げましょうかね?」

「そういう知恵だけはよく働くな」


 カシエコルヌはふっと微笑み、立ち上がった。バックスの言う通り、ノルマを達成しなければ組織のトップとしての示しがつかない。



「にしても、耕す機械が欲しいところだな」

「今度頼んでおきましょうか。色々あるらしいので……あ、僕はそろそろ時間です」

「ん、今日も行くのか?」

「えぇ。皆が笑顔になる活動ですからね」


 バックスはこんな忙しい状況でも、慈善活動を行っている。頼まれた訳ではないが、なし崩し的なものだ。


 カシエコルヌはバックスの背中を叩いた。



「立派な活動だ。頑張ってこいや」

「はい。後は頼みますよ」

「おめぇの分は残しておいてやるぜ」

「気にせずに全部やって下さい。ではまた」


 バックスはそう言って、市街へと戻っていった。

 カシエコルヌは畑に向き直る。



「……さぁて、どんな未来になるのかね。まったく、波瀾万丈な人生だぜ」


 バックスも自分もすっかりエスティに巻き込まれている。だが、悪い気はしない。カシエコルヌはふっと笑いながら、鍬を振り下ろし始めた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 その日の夕方、オリヴィエント市街の一角。



「こ、これは危険です。壊れてるし、何よりも臭すぎてローンチできません」


 その記者会見は、バックスの言葉を皮切りに荒れに荒れた。



「ローンチって何なんですかバックスさん! ちゃんとネクロマリア語で!」

「また異世界かぶれだ!」

「待て、前フリかもしれないぞ」

「賄賂で脂肪を増やしてるって話も本当だったのか……こいつぁ特ダネだ……!」

「み、皆様落ち着いて下さい、どうどう!」


 バックスは汗をかきながら、どうにかして記者達を宥めようとする。



 今バックスが行っているのは、エスティの作った魔道具の発表会だ。


 オリヴィエントで連日行われているこの魔道具発表会は、ここ最近の明るい話題の筆頭だった。バックスが沈んだ人々を励まそうと、良かれと思って始めた活動だ。


 それが今日は突如、バックスの独断で中止となったのだ。広報用の枠を抑えていた記者達は動揺を隠せずに慌てていた。



「どうするんですか、バックスさん!」

「ちゃんと説明して下さい!」

「で、ですから臭すぎて……!」

「臭くてもいいので見せて下さい!」


「――――ぶーっふっふふっ……!」


 そんな中、記者の一人が吹き出した。


 アメリアだ。


 記者達と同じ格好で記者会見に紛れている。メモを取るふりをしながら、笑いを必死でこらえていた。バックスが何度やめてとお願いしても、これが人生の楽しみだと言って譲らない。



「い、いいんですか。会場が爆発しますよ?」

「また爆破かよ~! もうこりごりだよ~!」

「爆破でいいですから!」

「わ、分かりましたよ! こちらが伝説の超巨大赤爪獣チョドウを討伐した魔道具【腐乱臭スプラッシュボム・ザ・ミア】――」


 取り出した瞬間、水風船のような爆発が起きた。


 バックスを中心に、衝撃的な匂いが会場に襲い掛かる。破片などによるダメージは無いが、全員がその香りを嗅いで反射的に仰け反った。



「「くさっっ!!」」

「あーっはっはっは!! オゥェッ……」

「アメリア記者……」


 記者達の体もべとべとだ。煙など出ていないのに、紫色の謎の液体からヤバいオーラが出ているように見える。


 こうなる気はしていた。最初からひびが入っていて壊れていたのだ。バックスは持っていたタオルで体を拭き取り、姿勢を正した。



「……えー、続いての爆弾ですが」

「まだあるんですかバックスさん!?」



「――――ちょっと待ったぁ!」



 会場に響き渡る、女の声。

 玄関の扉が開かれた。



「――この記者会見は私達が……ぐおっ! 何なのよこの匂い!?」

「全部ミア様の体臭ですよ」

「またかあの野郎!!」

「……だ、大道芸人のミア・ノリス様だ!!」


 大道芸人ミア・ノリス。

 記者たちも、ミアの存在は当然知っていた。


 マチコデと共に平和をもたらした一人であり、尚且つ神域タテシナで女神と共同生活を送っていた大道芸人、そんな風に自称している変わり者の聖女だ。だが今やその地位は、オリヴィエントの聖職者達のトップに君臨していた。


 そして、会場に押し寄せたのはミアだけでは無かった。ミアに続いて、オリヴィエントの聖職者達がぞろぞろと入室する。ミアを筆頭に、全員がカラフルで奇妙な服装をしていた。



「……ミア様、そんな不気味な集団を連れてどうしたんです? メディアは嫌いじゃなかったんですか?」

「相変わらずどストレートねバックス。一応人生の先輩もいるのよ。まぁいいわ、聞きなさい。私達の変態組合は、今日からサーカスを始める事にしたのよ」

「違いますよ大司教!!」


 そう否定したのは半裸おじいちゃんだ。これでは言葉に説得力が出ない。



「冗談よ。実は、私達も深刻な状況なのよ。私達の団体の信仰って、女神エスティが出てきてから神が何なのかと眉唾になっちゃったじゃない。しかも気持ち悪がられるし。その件を、記者の方々に記事にしてもらいたいの」


 ミアはバックスにそう訴えた。


 バックスはふとミアの後ろの人々を見た。ぱっと見では何に信仰しているか分からないし、困っているようにも見えない。気持ち悪いのも間違いない。だが、話が膨らみそうなので具体的な質問をしたくはない。



「……つまり何なのですか?」

「まぁ聞きなさい。まず私達は、出来るだけアホな事をして日々を過ごしたいの」

「違いますよ大司教!!」


 聖職者達のツッコむ速度は早い。


 ボケるミアもツッコむ聖職者達も、全員が何だかんだで楽しんでいるらしい。この調子だと、ミアは話を進める度にボケるだろう。これは面倒くさい。長くなりそうだ。



「ぼ、僕はお暇させてもらいますね」

「あぁ? 今あんた長くなりそうって思ったわね? いい度胸してるじゃないのバックス、私の目は全てを見抜くのよ。事の発端は、裸族であるエスティが私のお風呂の――」


 バックスは溜息を吐いて項垂れた。


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