第129話 静かな古城の地下室



 マチコデ達が古城から去ってから、数分後。



「――ミアがエロ目で助かりましたよ」

「奴はいつもあの目なのか?」

「さぁ。でも、人の心を見るのが癖になっているみたいですね。本人はそれなりに楽しんでいる事でしょう。今回はそのお陰で助かりました」


 エスティとロゼはマチコデからの知らせを読んで、古城と呼ばれたへと戻って来た。



「これは石の城か」

「えぇ。随分と懐かしいですね」

「……懐かしい?」


 来たことがあるのかと質問しようと思ったが、エスティが先を急いだため深く聞かない事にした。


 エスティは辺りを見渡した。


 南に見える黒い山容はラクス山脈。山から吹き降ろす風はいつも生暖かく、深い森を通り抜けて城の中へと入り込む。目を瞑れば、かつての光景が昨日の事のように蘇える。



「――キェェエエ……エエェ……!!」



「おい今のは……まさかミアか!?」

「確かにミアっぽい悲鳴ですが違いますよ。傷の亡霊スカーレイスの叫び声です。この辺には……まぁ色々ありまして、レイスが生まれやすい場所なんですよ」

「……エス、なぜ知っている?」

「後で説明しますよ」

「むぅ」


 言いたくない事は、こうして早口ではぐらかす。


 エスティはランタンに光を灯しながら、ミアの見つけた地下室への入り口を探す。何となくだが、魔力の流れがあるようだ。地下から少しだけ漏れている感じが、師匠達の魔法の不完全さを物語っている。



「ここですね」


 ようやく見つけた地下室への階段。


 随分と時間がかかったというか、本当にあると思わなかった。これこそが、最後の難所だった。師匠達が自分にだけは発見されないようにしていたのか、どれだけ探しても辿り着けなかった場所だ。


 それが、こんなあっさりと。



「……あの聖女は何者なんですかね」

「ミアの事か? 普通の変態だろう、急にどうした?」


 エスティが階段を懐中電灯で照らす。そしてロゼに続き、エスティは階段を下り始めた。



「いえ、運のゲージだけがウニみたいに尖ってる気がしまして。周囲の運気は上げるし自分の欲望は叶えるけど、出会いのゲージだけは永久にゼロみたいな」

「あぁ、そういう意味か。確かに奴は、すごろくでも絶対に結婚マスには止まらぬ」

「その代わり、老後を満喫するんですよね」


 狭い石の階段に足音だけが反響する。

 魔力も滞留しているようだ。



「我からすると、エスも奴もそっくりだ。働かずに遊びたいだけだろう。だがそれだと、まさに老後はどうする気だ?」

「意外と何とかなるもんですよ。しかし……ふふ、いよいよロゼに老後の心配をされるようになりましたか。ロゼ、傷の亡霊スカーレイスは?」

「いないな。だが気を付けろ、足元が悪い」

「了解です。ううぅ……寒いですね」


 気温が低くて湿度が高く、階段が滑る。


 そして地下一階に当たる場所に降り立ったところで、大きめの広間が現れた。エスティの庵の広場ほどある。


 エスティは周囲を見回した。


 床全体には大きな魔法陣が描かれている。突き当りには祭壇らしきものもあった。魔力の淀みはそこから発せられてるようだ。



「――ずっと不思議だったんですよ。なぜフラクトが魔法の乗っ取りに成功したのに、雲だけが空に残っているのか。魔族がぽつぽつと生まれ続けるのか。トルロスに居た頃は、本気で師匠達の怨念かと疑った時期もありました」


 エスティは祭壇に近付く。


 そこには小さな魔石が一つ、箱の中で閉じ込められていた。魔石は生きているかのように、箱の中をコロコロと動いている。



「お久しぶりです――――ロニーニ師匠」

「エス……」


 エスティは深くお辞儀をした。

 魔石は変わらず、コロコロと転がっている。



 ロニーニは魔力と生物を混ぜる魔法を編み出した人物だ。なぜそのロニーニが目の前の魔石になっているのか。その理由を、エスティはラクリマスとして研究所にいた頃に本人の口から聞いていた。



『――私の魔法を半永久的に稼働させるには、半永久的な専用の魔力が必要だ。そのために、私自身が魔力の種になればいい』

『そんなの、師匠が死ぬのと同じです』

『それがどうした。何かおかしいのか?』



 きっとあの頃のロニーニは、魔族を制御出来ないとは思ってもみなかっただろう。全てが上手くいくと信じて、嬉々として自分を魔石に閉じ込める魔法を使用したのだ。



 エスティは祭壇から振り返り、床の魔法陣を照らし出した。そして、そこに書かれた魔方陣の文字を読み取り始める。



「エス、ここには何が書かれている?」

「これは生物と魔力を合成し続ける古代の魔法です。まぁ端的に言えば、魔族を自然発生させるための魔法陣ですよ。広い範囲に影響が及ぶよう、立体的に書かれていますね」

「な、何だと……!?」


 ロゼは魔法陣を見た。


 読む事は出来ないが、恐ろしい物のように思えた。様々な文献を読み漁って来た灰猫でも、初めて聞いた内容だ。



 それを淡々と説明するエスティはなぜ知っているのか。記憶の薬を飲んでからの様子がおかしい。なのに、一体何を見てきたのかを本人は言おうとしない。


 ロゼがじっと見ていたのに気付いて、エスティは優しく微笑み、話を続ける。



「――最初から、2つあったんですよ。フラクトが破壊した魔力を一気に合成する魔法陣と、魔族を自然発生させ続けるこの魔法陣。そして、こちらの魔法陣に上書きするかのように、雲を留めて変異させる術式も書かれています」

「雲……」

「2つを同時起動して、万が一の時に備えた。用心深い師匠達の執念です」


 ロニーニの魔法陣に、師匠達が後から雲の魔方陣を追加したのだろう。歴史上、最も長い間稼働し続けている魔法と言える。



「しかし、不完全なまま稼働し続けているのは、ある意味驚愕ですね」

「ならばこの魔法陣を消せば……」

「えぇ。魔族は今後、自然に生まれなくなるはずです。下級魔族も統率者も、これからは生きている者達からしか発生しません。そして空の曇天も消え去り、ネクロマリアに光が戻るでしょう」


 エスティは魔法陣に触れた。


 魔族を生み出す前のインクである、師匠達の血で書かれた強い魔法陣だ。ロニーニの魔石がエスティに抵抗するかのように、転がる速度を上げた。


 ロニーにの魔石に意識は無いはずだ。ロニーニの強い残滓や思念が、この魔石を稼働させ続けている。驚異的な精神力だ。



「ただ、不完全なので暴発する可能性があります。やたら精密に書かれている場所もあれば、壊れたまま強力に守られてる場所もあります」

「上手くやれるのか?」

「消すのは簡単ですが……ちょっと小細工をしようかと思いまして」


 自分は全ての後始末に来たのだ。

 この陣を、大いに利用させてもらう。



「ロゼ。作業には少し時間が掛かります」

「我に構うな。警戒しておく」

「ふふ、良い猫ですね。結婚します?」

「残念だが、我にはもう伴侶が出来た。老後は寂しがらともすみそうだ」


 ロゼはフッと笑った。そしてエスティに背を向け、周囲を歩き回って警戒を始めた。



「……『年をとったから遊ばなくなるのではありません。遊ばなくなるから年をとるのです』こんな素敵な言葉が蓼科にありましたよ」

「ふ、エスにぴったりの名言だ」

「えぇ。そのためにも早く終わらせて帰りましょう。日向と温泉巡りしたいです」


 エスティは再び足元の魔法陣を見下ろす。



 これは師匠達が書いた魔法の集大成。

 同時に、全ての混乱の原因。


 空間からいつもの羽ペンとインクを取り出し、ランタンを床に置いた。

 羽ペンがじわりと輝き始める。



「これは師匠達からの最後の試験ですね――――まず、黒インク」


 エスティは、魔法陣に上書きを始めた。


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