第55話 国家の行く末を決める長たち



 ガラングは何食わぬ顔で【仮面の女神】の下着の色を確認し、満足して戸棚の奥へと片付け、視界に入らないようにした。


 そして3人はガラングの執務室にて、今後についての密談が始まった。



「ミラールは解体します」



 ミラール王のそんな一言から、重い話は始まった。


「事前にお伝えした通り、ミラールはオリヴィエントの属国となるよう動いております。当然、全ての国民の受け皿にとは考えておりません。ですが、なるべく多くの国民を生き残らせたい。都市から溢れた国民の住居は砂漠でも構いません」


 土地も食糧も足りない。オリヴィエントに辿り着けるかどうかも分からない。


「国を放棄せざるを得ぬか」

「はい。王都ミラールはオリヴィエントの飛び地、最前線の防衛拠点とします」

「それは……相当荒れるぞ」

「……儂と同じで、国民の半数は絶望を見ました。皆、戦うよりも逃げたいのです。しかし問題は道中です。ミラール出身という肩書が地に落ちる事でしょう」



 食料を買い漁りながら南下する数万ものミラール国民は、ある意味では魔族と似ている。道中の町の住人たちからすると、食料を奪って去って行くだけなのだ。


 だが、そうでもしなければ生き残る事は出来ない。戦闘能力の無い国民は、あの魔族の群れに対抗する手段が無い。エスティの作る魔道具も強大だが、数も限られており、マチコデ一人でどうにかできるものでも無い。



 全てが苦渋の決断だった。


 ガラングは背もたれに頭を乗せて、天井を眺める。


「……死は覚悟できているのか?」

「はい」


 ミラール王は、迷い無くそう答えた。


 国を解体する決断をしたミラール王は、国民から非難されるだろう。この決断で何万人もの人生が変わるのだ。その原因となる王が生き延びている事を、ミラール国民は許さない。


「責任とは、理不尽なものだな」

「……長とは、常に未来にある大きな利を選ばねばなりません。目先の事象に囚われておると、マルクール公国のようになりかねないのです」


 そう告げたミラール王の眼光は鋭かった。



 マルクール公国は現在、周辺国から武器や傭兵、それに食料を買い漁り、何とかして生き延びようとしていた。


 全員が国を守るために必死なのだ。力の弱い老人や女性も一致団結し、魔族と戦うために腹をくくっている。それも選択肢の一つとして間違いでは無かった。



 マルクール公国の未来は、多くの人々が危惧している姿になる事は間違いない。それでも、マルクール国民は誇りの天秤を選んだのだ。



「マルクールよりも早かったか……」

「申し訳ございません」

「構わぬ。バックス、この件を女神には?」

「伝えてはおりません。混乱を招くかと」


 ガラングは頭を抱えた。


「どうしたものか……」


 エスティは貴重な旗振り役だ。今や切り札に近い。ガラングとしては、オリヴィエントが攻められる最後の時にまで取っておきたかった。



「……分かった。戦える者だけを王都ミラールに残せ。新たな城主は誰になる?」

「人助けの勇者です」

「そうか、奴なら文句は出ないだろう」



 問題は、ミラール国民の受け皿をどうするかだ。


「まずは各国に連絡を取り、可能な限りミラール国民を分散させる。残りはオリヴィエントまでの街道沿いに幕を張って居住地を拡張するしかあるまい。荒野の岩場だが今はどこも変わらぬ。問題は飢餓だ。水と食糧が全く足りぬ」


 芋を育てるにも畑を作る事から始めなければならない。作っている間に飢饉が訪れているのは目に見えている。魔力の薄い街道沿いで出来上がる芋は、小さくて栄養価の低いものになるだろう。


「バックス、女神の方はどうだ?」

「はい。女神には緊急で大量の食糧確保を依頼しました。数に限度はありますが、ある程度は確保できるでしょう」

「唯一の救いだな」


 ひとまず食糧さえあれば生き延びれる。命だけを考えればそれでいい。



「オリヴィエント王、大変ご迷惑をお掛けします」

「構わん、人族存亡の危機だ。悪いが、儂は最後まで生き延びさせてもらう」

「そうなる事を願っております」

「――強いな、ミラール王。溜め息が出る」

「いいえ、弱いですとも」


 ミラール王は穏やかに微笑んだ。


 ガラングはそれを見て、尊敬の念を抱いた。生にしがみついている自分では、一生辿り着く事のできない人物だ。


「この件、全て了承した。指示は回そう」

「感謝いたします」



 ガラングは一息吐き、バックスを見た。


「話は変わるが、バックス。魔力の根付き具合はどうだ。やはり厳しいか?」

「……はい。今までと変わりません」


 エスティから送られてきた【魔力玉】を使い、バックスはいくつかの実験を行ったが、今までと変わらなかった。荒野は荒野のままで、魔力は少し経つと消えていく。


「何か別の方法があるのではと、女神が研究しております。時間はかかりますね」

「そうか。気長に待つ……という訳にもいかないのが、苦しい所だ」



 ガラングは再び、天井を仰ぎ見た。

 美しい銀細工の装飾が施されている。


 あれが全て食糧と水に変わってくれるなら、何人の命が救われるのだろうか。



「――ままならないものだな」


 手札は少なく、臨界点は超えている。

 ここから生き残る選択肢は2つ。群島へと逃げ切るか、女神の奇跡を待つかだ。



「商人の私が言うのもなんですが、まぁ何とかなりますよ。4度目でしょう?」

「……ふん。まぁ長い歴史から見れば、大した事は無いだろうな」

「そうです。何だかんだで人族は生き延びますから。目先の問題を一つずつ片付けていけば、気が付いたら生き残ってますよ」

「…………そうだな。気持ちが堕落してはならん。すまんな、バックス」



 バックスに励まされたガラングは、気合を入れて立ち上がった。


「よし、儂はやるぞ!」

「そういえばオリヴィエント王。女神から【堕落者の土偶】という手土産も」

「いらぬ!!」



◆ ◆ ◆



「エス、埋めたぞ」

「ありがとうございます、ロゼ」


 ロゼは広場の隅に【魔力玉】を埋め、エスティの元へと戻って来た。


 今日も今日とて、実験だ。



「では次に【魔力玉】の上に立って、こちらの赤いボタンを押して下さい」

「断る! 何だこの危なそうなボタンは!」


 エスティから渡されたのは、起爆スイッチのような見た目の赤いボタンだ。わざわざ日本語で『危険』と書いてある。


「ふふ、大丈夫ですよ。何も起きません」

「嘘吐け!!」

「……ロゼも学んできましたね」



 今日はミアもいない。

 実験台がロゼか自分だけだ。


 エスティは渋々ボタンを持って、【魔力玉】の上に立った。


「――いいですか、ロゼ。私はこのボタンを絶対に押しません。押しませんよ!」

「そうか、また妙なものに感化されたか」

「分かりますか、押しませんからね!?」

「分かった分かった」

「ポチッ!!」



 その瞬間――地面から物凄い量の灰がブシューッと吹きあがった。


 まるで間欠泉のように高く舞い上がり、周囲の空気が灰色に染まる。


「ばっ……ぶっ……おいエス!!」

「うぇっぷ……ぺっ、ぺっ!!」



 エスティとロゼは一瞬で灰まみれとなった。それどころか、家や露天風呂にも灰が降りかかっている。


「まさに灰猫ロゼ、ぷぷぷっ! ……ってやりたかったんですよ」

「…………」

「ロゼ、そう怒らないで下さいよ。ほらほら、私の可愛いロゼ!」


 エスティはロゼを抱え、いい子いい子する。ロゼの体にこびりついた灰が、エスティによって更にぐちょぐちょになり始める。


「ぐへへ、汚くて面白い」

「エス!! 掃除だ!!!」

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