第50話 庵の大改築計画
昼食を食べた後のリビングにて。
ミアとムラカはソファに腰掛けた。
ロゼは暖炉の前で丸まっている。
「皆さま、よくぞお集まり頂きました!」
「口にケチャップ付いてるわよ」
「ん?」
昼食はミアのふわとろオムライスだった。
ティッシュで口を拭き取り、仕切り直す。
エスティには、相談したい事があった。
「こほん! さて。この家についてですが、少し大掛かりな改築をしようと思います」
「お、やっと私の部屋ができるのか?」
「はい。もちろん、作るのはムラカの部屋だけではありませんよ」
そう言うと、エスティは手書きの見取り図を取り出した。大きな紙に描かれた、エスティ自作の大改築計画だ。
リビングと工房は広くなっている事以外には変化が無い。だが、廊下から先は大きく手が加えられていた。
まず、真っ直ぐだった廊下が長方形型に変化している。庵の北側に向けて廊下を分岐させ、転移門の部屋を囲うように廊下を作った形だ。長方形の長辺がメインの廊下となっている。
リビングを出て直進すると、左側にミアの部屋、ムラカの部屋、突き当たりに浴室と順に続く。そして右側には転移門の部屋、トイレ、トイレ2だ。新たにトイレが一つ追加された。この3部屋に加えて、貯水タンクと地下の浄化槽への階段、それに物置部屋が長方形の内側に収まっている。
脱衣所は少し広げた程度で大きくは変わらない。露天風呂は玄関からの視界を遮るように、木の壁を建てる。
そしてリビングを出て右に曲がり、突き当たりを左に曲がったもう一つの長辺には、5つの小部屋が新設されていた。ここは今、山の斜面となっている場所だ。
「エス、この北側の山の斜面はどうなる?」
「それは問題①です。後で説明します」
「まだあるのね」
外にある薪小屋には、庵伝いに屋根が取り付けられていた。雨避けとシニアカーのガレージも兼ねている、少し広めのスペースだ。
最後に、庵の《高度な追加機能》を設定するのは全てが完了した後だ。見た事のない機能もあり、いくつか実験してみたい事があった。
「なるほどな、建築素材が足りぬか」
「えぇ。それは問題②ですね」
「まだあるのね」
「まぁロゼの言う事が全体を示しています。要するに、色んな材料が足りません」
エスティは問題を列挙した。
①庵の北側の山を少し削りたい
②建築素材が全然足りない
③家具が足りない
④貯水タンクの追加購入
⑤ブレーカーの容量が足りない
⑥エアコンや照明等が足りない
⑦《高度な追加機能》の素材が足りない
「エス、北側の5部屋は何なのだ?」
「客間でしょ。この前ナントカ山荘殺人事件のドラマを見て、エスティが感化されてたじゃない」
「ぐっ……!」
当たりだ。
ミアがニヤリと笑っている。
負けた気がして悔しいが、エスティは話を続ける。
「探偵ごっこか」
「そんなつもりも無くはないですが、そこのゲロ聖女の言うことが正解です。ペンションというか、ひとまず治癒院的なものを目指して見ようかと思いましてゲロ」
ネクロマリアでの治療が困難な人を受け入れる場所。下手をするとかなり殺到しそうだし、どう運用するかは分からない。ひとまず目指すだけだ。
「なるほど、ゲロ聖女による治癒か」
「エス、それだと病人が増える」
「ゲロゲロ言うのやめて」
話し終えたエスティは、見取り図を折りたたんだ。
「何はともあれ、全ては問題①をクリアしなければなりませんが……さて、この際です。何か要望があれば伺いますよ」
「はい! キッチンを大きくして!」
ミアが元気よく手を上げた。
「そういえば冷蔵庫も冷凍庫も足りませんね。拡張に合わせて、業務用のやつを揃えましょう」
「ぐへへ……流石ね。感謝するわ!」
エスティの家は、食べ物に関しては一切妥協しない。
「私は部屋に武器と防具を置きたい。少し広めにしてくれないか」
「……ムラカは一体何と戦うんですか?」
「この世界にも犯罪者がいるだろう?」
ムラカは犯罪者が出たら甲冑を装備して闊歩する気だ。この美しい蓼科高原の地で、どっちが犯罪者か分からない。
だが、エスティは気付いた。
ムラカは真面目に見えて、天然だ。
「すごく面白いから採用」
「エスティ、あんた良い性格してるわね」
「エス、我も部屋が欲しい」
今度はロゼが手を上げた。
「あんたはシロミィちゃん案件でしょ。駄目よ、抜け駆けはこの私が許さないわ」
「見苦しいですよミア。ロゼのも採用です。……まったく、それだから中島さんをムラカに取られちゃうんですよ」
「ん。ちょっと待て、何の話?」
エスティはミアを無視して見取り図を開き、リビングから入れる小さな部屋を描き加えた。
「そういえばエス、《高度な追加機能》はどうするのだ?」
「未定です。色々試してはみるつもりですが、こっちの方が大変そうなんですよ」
エスティは立ち上がり、庵の魔石に触れる。
《魔女エスティの庵》
【庵の主】 エスティ
【家屋】 木造平屋
【術式】 《魔女の庵》《設計魔図》《防水》《防腐》《防魔法の陣》
【追加機能】《改築》《整備》《解体》
《高度な追加機能》
【周辺環境】
・
・
「現状はベースの《魔女の庵》の上に、《設計魔図》《防水》《防腐》《防魔法の陣》の4つが追加されています」
【高度な追加機能】
《防火》《防虫》《魔法陣変更》《植物の生育速度調整》《動物の生育速度調整》《不可視化》《幻影化》《移築》《浮遊》《ゴーストを雇う》《持ち運ぶ》《時空間化》《防壁化》《時間転移》……
「おい待てエスティ、何だそれは!?」
「やっぱり普通じゃないわよね」
ムラカも驚きを隠せない。
聞いたことの無い機能ばかりだ。
「まず《防火》《防虫》《防壁化》、この3つは素材が軽いので何とかなります。後は一つずつ導入していって、実験したいですね。ムラカ、時間があったら素材の収集を頼めますか?」
「構わないが、モノは何でどこにある?」
「主にネクロマリアにある素材です。どれにするか決めたら伝えますよ」
ムラカは腕が立つし交友関係も広い。ある程度困難な依頼も、ネクロマリアで人を集めて達成してくれることだろう。魔物の討伐なら尚更、専門家だ。
「分かった。パシリの仕事はいいのか?」
「ん?」
パシリと聞いて、エスティはミアを見た。この家でそんな品の無い茶化し方をするのは、自分かミアしかいない。つまり犯人は駄目聖女だ。
「ミアにくれてやりましょう」
「えええぇ!?」
「おいミア、これは名誉ある仕事だと言っていたじゃないか」
「私は運動不足なのよ」
「ならば食事を制限する事だ。私は薪を割ってくる」
そう言って、ムラカは外に出て行った。話が終わったと判断したロゼも、新聞を広げ始める。
「ミア……これは女を磨く良い機会です。どうにかして、中島さんのハートを奪ってくるんですよ」
「だからそれ何の話?」
「パン屋の厨房にいるイケメンです。ミアの事が気になってたらしいんですよ。でも最近はムラカの方が良いとかで揺れてるようです」
「何ですって!? こうしちゃいられないわ、パシって自分を全部魅せてくる!!」
「この聖女、煩悩しかありませんね」
急に慌ただしく出て行った聖女を他所に、エスティはまったりと外出の準備をしてシニアカーに跨った。
山削る開発というのが可能なのかの確認と、『白樺ゴージャスホテル』で家具を仕入れたいと成典に頼みに行かなければならない。
「何にしても、人手が足りません。ゴーストでも雇ってみますかぁ」
空気が澄んでいて良い天気だ。
エスティはシニアカーを起動し、鼻歌まじりで山を下り始めた。
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