第28話 ネクロマリアに顕現した女神③
「場所を変えよう」
ムラカのその一言で連れて来られたのは、王都ラクス屈指の高級飲食店の個室。
エスティは武骨な酒場で昔の知り合いと飲みたかったが、こうなってしまっては仕方がないと諦めた。とりあえずお酒を2つ頼んで、両手で2つのジョッキを握る。
「その馬鹿っぽい行動は、間違いなくエスティだな」
「む、失礼ですね。私はあそこで普通に飲みたかったんですよ……ごくごく」
「うおっ……!」
エスティがお酒を口にした瞬間、フードがずるりと取れ掛かる。エスティの顔が覗くたびに、ムラカとミアはおろおろと焦っていた。
そんな二人の様子はお構いなしに、エスティはあっという間に酔っ払う。
そして、遊び始めた。
「っぷはー。いやぁ、何だか熱くなってきましたね。ちょっとフードを」
「取るな!」
「おぉ、ムラカは芸人に転職したんですか?」
「冗談ではすまないぞ、私は死人が出るかと思った程だ」
飲んでいるのはエスティだけだ。二人は保護者のように見守っている。
こんな形での再会は予想外だったが、エスティはひとまず最初に言っておくべき事を言う事にした。
「ふぅ。まず先に一つ聞かせて下さい。あれから私のようにパーティの誰かをクビにしたり、メンバーを邪険に扱ったりはしていませんか?」
「してないし、する気も無い。我々のあの称号もマチコデ様の称号も無くなったのだ。エスティが去ってから一人だけ新たに雇ったが、称号の噂が流れたのを知って自分で辞めた。マチコデ様は後悔しておられる」
「……そうですか。では、リヨンはどこに?」
「彼女はその――」
ムラカは言葉を詰まらせた。
「……いや、隠すのはよそう。彼女はエスティが抜けた後すぐにパーティを脱退した。どうも奇妙な術で私達を貶めようと企んでいたようだ。素性はミアの目でも分からなかった。考えてみたんだが、我々がおかしくなったのはあの女が入ってからだ」
何と、リヨンが悪さをしていた。
エスティは全く気が付かなかった。
「それは……」
「――すまなかった」
ムラカは頭を下げた。
長く美しい黒髪が、スッと垂れる。
ほんの少しのすれ違いだったかもしれない。エスティもフードを被ったまま、ムラカに頭を下げた。
「私の方こそ、すみませんでした。秘宝を盗んだ私が言うのも変ですが、お互い水に流しましょう」
「ふ、分かった。エスティらしいな」
ムラカは怯えたりせずに、優しく微笑んでいた。
晴れやかな気分だ。
「ところで、そのマチコデ様はいずこに?」
「ミラールに国賓で呼ばれている。姫との婚姻を控えておられるのだ。しばらく戻らないだろう」
「あー、婚姻ですか。なるほど、それでお二人は……」
不貞腐れて飲んでいたんですね、という言葉をエスティは飲み込んだ。この話題を深掘りすると怖い。
「いや、エスティ。お前は勘違いをしている。私達は拗れたわけではなく、マチコデ様は王子としてあるべき姿になっただけだ。……まぁ、多少思うところはあるがな」
ムラカはそう言って、ようやく酒に手を付けた。クッと一気に飲み干して、早くもジョッキが空になる。
「それよりもだ、エスティ。お前は一体どうしたのだ? なぜ私達はお前の姿を見る事が出来ない?」
「いえ、私も驚いているんですよ。さっき兄弟子に会った時は何も起きなかったですし、あんな事態になるのなら最初から酒場になんて行っていません(もっとお酒飲みたいなぁ)」
「……」
ムラカが質問を始めたのに合わせて、ミアはエスティの心の中を覗き始めた。
嘘を吐いていないかの確認のためだ。
これはある種の、ミアの癖だった。
(大事な質問なのに、お酒飲みたいって……)
人助けの勇者マチコデは、この両手にジョッキを握った駄目そうな女性のどこを好きになったのか。マチコデ自身が善人すぎるので、駄目な女性を好きになってしまうのか。
「エスティ、今まで何をしていた?」
「食っちゃ寝していましたよ(ムラカの胸、プレートメイル)」
「ぶっ!」
「ミア?」
「ご、ごめんなさい」
ムラカの胸は大きい訳ではない。だが、エスティに胸の話は禁句だ。リヨンがプレートメイルなどと言って怒らせた過去がある。本人は気にしているのだ。
「家を建てて、仕事も始めました」
「ほう、どんな仕事だ?」
「魔道具作りです(ムラーカメイル)」
「……ふ……ふ!」
ミアは笑いを堪える。
エスティは胸の事しか考えていない。
酔って話を聞き流している。
(というか魔道具作りって、ベッドで横になってるだけじゃない)
ミアはエスティの脳裏に浮かんだ記憶を覗いていた。魔道具作りというよりも隠居だ。ぐうたらしているようにしか見えない。
だが――そんなエスティが羨ましく思えた。
聖女である自分は、エスティのような生活に憧れていても国や国民が許してくれなかった。やる事があるだろうと。
(私も駄目人間になっていたら、マチコデ様が振り向いてくれたのかな)
エスティがパーティに居た頃、ミアは大好きだったマチコデがこの自堕落な女性を好きになった事に恐怖を覚えていた。当の本人は、そんな感情を全く気にせずにマチコデを拒否し続けた。相手は王子なのにだ。
そして自由なエスティとは対照的に、聖女である自分には自由が無い。聖女で有るが故に、運命に縛り付けられていた。最後の結婚のチャンスとして臨んだ王子マチコデも、他国の姫との結婚が決まってしまった。
友人たちは結婚して子供もいる年齢だ。
それなのに、自分は仕事ばかり。
自分も自由が欲しい。
程々に働いて、あとは遊びたい。
(……駄目ね)
そんな願いは叶うはずもない。
ミアは虚しくなっていた。
「そうか。……ここだけの話だが、以前よりも魔族が活発化してきている。我々も久しぶりに休みを取ったぐらいだ」
「情勢はどうなっているのですか?」
「すこぶる悪い。討伐数に対して、魔族の生まれる速度の方が早い。臨界点はとうに超えている」
「どこにも魔力は無いのよ」
ミアは気軽にそう口にした。
だが、これは致命的な問題だった。魔族が人間の保有する魔力を求めて襲ってくる原因は、その魔力の枯渇にあるのだ。
「しかし、それでも人族は生き延びる。今は土地を捨てて一カ所に集結し始めている。というか、エスティこそ異世界に行ったのではなかったのか。戻って来ているとは予想外だったぞ?」
「ん、その話はどこから?」
「バックスだ。『背中の魔術師』バックス」
背中の魔術師。
「……ふふ」
エスティは気が付いた。自分のせいとはいえ、妙な称号が付いてしまったらしい。申し訳なさがあるはずなのに、なぜか笑ってしまう。
「その『背中の魔術師』とやらが言う事は正しいですね。異世界の蓼科という場所で生活していました。こちらに帰還したのも今朝ですよ……うぇっぷ……」
「ミア、読み取ったな。事実か?」
「――えぇ。あろうことか異世界に《魔女の庵》まで作って……随分といい生活を送っているようね」
「あ! そのエロい目で見ないで下さいよ!」
「あら、このトウモロコシというのは美味しそう。カップラーメンもいいわね。温泉……パン……テレビは凄いわ! ちょっと何なのここ!?」
ミアは突然立ち上がり、両手をわきわきとした。
エスティをエロい目で凝視したままだ。若干目が血走っているのは副作用なのか、それとも興奮しているせいなのか。
「な、何ですかこの聖女、気持ちわる……」
エスティは豹変したミアを見て引いた。
自分の記憶を覗かれている……。
エスティは自らのフードに手をかけた。
「――ミア。私は今、最高に酔っ払っています」
「待てエスティ! ミアも落ち着け!」
ムラカが二人を必死で制止する。
「ほらエスティ、酒が来たぞ!」
「法螺えすて~?」
「これは店で一番上等なやつだ、飲め飲め!」
「飲みますが、そんなもので私の脱衣は止まりませんよ! くらえ、ほらほら!」
エスティはローブの下のスカートに手を入れ、下着を脱ぎ始めた。
「私は全部脱ぐ!!」
「おい何やってる!? 馬鹿なのか!!」
「あ、ちょ、やめろお!!」
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