第03話 魔女、日本に馴染む
「エスティちゃん、この画像スレ超面白いよ」
「ふふ、草生えますね」
エスティとロゼが拾われたこの笠島家は、蓼科高原でも人気のパン屋を営んでいる家族だった。お店と家は一体となっており、午前中で全て売り切ってしまうほどだ。
当初、笠島家の人達はエスティ達を不審に思っていた。何せ、喋る灰猫と喋らない異国風の美少女が森から現れたのだ。素性がどうであれ親御さんは探しているに違いない、そう考えていた。
だが一方で、灰猫ロゼは警察には連絡しないでと言い続けた。
その結果、エスティ達は笠島家でしばらく預かってもらえる事となった。不安そうに怯えるエスティを見て、どうしても放っておけなかったのだ。
そして気が付けば、エスティは一人娘の日向と遊ぶ関係になっていた。ショートカットで明朗快活な日向は16歳、エスティは18歳。二人が打ち解けるのは早かった。
――それから数日が経ち、エスティはあっという間に堕落した。
「日向、これは何ですか?」
「これはねぇ、電車って言うの。これも電気で動くんだよ?」
「ほう、電気は凄いですね」
「ふふ、そうだね。電気は凄いの」
そんな風に笑い合う二人の様子を、ロゼはゆっくりと尻尾を振りながら眺めていた。
なぜエスティが突如この地の言葉を理解できるようになったのか。
原因は、ロゼにも分からなかった。
だが、この蓼科は恐ろしい程の魔力に満ちている。それがロゼに何かしらの影響を与えて、主であるエスティも言語能力を得たのかもしれない。都合のいい捉え方だとしても、他に要因が思い浮かばなかった。
「ところで日向よ、ご両親の手伝いはいいのか?」
「もーロゼちゃん。今日はもうすぐ売り切っちゃうからいいの!」
「ロゼはうるさいですね……ぱりぱり……」
「エス、お前は馴染みすぎだ」
日向とエスティは笑いながら、床で横になってポテチを食べ始めた。
「ロゼちゃんは急に説教臭くなったよねぇ」
「猫ですから猫被ってたんですよ、ふふ」
「あはははっ!」
「エス……」
居候にしては実にずうずうしい。
エスティはそのままの姿勢で空間からコップに入った麦茶を取り出し、ストローで飲み始めた。
「それにしても、魔法って凄いなぁ」
「ごくごく……ぷはー。いえ、この世界の文明の方が凄いですよ。野菜もポテチも美味しいし、機械だって魔法以上です。私たちの世界なんてまったく及びません」
「エスティちゃんの世界かぁ、行ってみたいなー。こんな感じなんでしょ?」
日向がブラウザを切替え、オーストリアの街並みを画面に映し出した。
「あーそうそう、こんな感じですね。でもここまで綺麗じゃないですよ。ネクロマリアの景色は基本的に茶色く、どこも荒廃しています」
「へぇ、どうして?」
「資源や食料をかけて、魔族とそれ以外がひたすら争っているのだ。動植物の生育の元である魔力を取り合っていると言い換えてもいい」
ロゼがぴょんっと日向の膝に飛び乗り、座りながらそう言った。
「魔力が無ければ食料が良く育たない。そのため、魔族も人族も食料が足りない。しかし、ネクロマリアの魔力は我々の代で枯渇すると言われている」
魔族の繁殖力は高く、まるで災害のように増え続けながら近隣を食べ尽くす。彼らに自我を持つ者は少なく、ネクロマリアの人々は彼らを討伐して暮らすことを余儀なくされていた。
誰もが戦いたい訳では無い。
だが、そうせざるを得なかった。
「それに比べれば、日本は平和だねぇ」
「ほんとですよ。何なら一生この家で暮らしたいですね」
「おいエス……」
「いいじゃん、一緒に暮らそうよ。あ、そろそろお風呂行かない?」
「いいですね、行きましょう!」
「はぁ……まったく」
そう言いつつも、ロゼは楽しみにしていた。
温泉とは、地中から湧き出ている熱いお湯だ。しかしその効能は物凄く、数分間入浴するだけでも全身がみなぎってくる。何より魔力量が豊富なのだ。ロゼも持ち帰りのお湯に浸からせてもらった時に、それを肌で感じていた。
だが、このとんでもない魔力に満ちた蓼科に住む人達は、一切の魔法が使えない。ロゼは勿体ないと思いつつ、同時に不気味だと感じていた。
◆ ◆ ◆
「あぁ~これはたまりませんねぇ~」
「ふぁ~気持ちいぃ」
蓼科は数多くの温泉が湧き出る土地だ。しかも、場所によって泉質はまったく違う。泡のように炭酸が含まれている温泉もあれば、今日のようにオレンジ色の濁った湯の温泉もある。
笠島家は蓼科高原の中でも温泉地まで比較的アクセスの良い場所に立地しており、エスティ達が居候となった日から、毎日様々な温泉へと連れて行った。
今日はオレンジ色の温泉だ。
「エスティちゃんもそろそろ知名度が出てくると思うよ?」
「知名度?」
「ここド田舎だもん。その綺麗な髪色にアイドルみたいな美少女っぷりは、女の私でも惚れそうになるもん」
ブルーグレーの髪色はこの世界でも珍しいようだ。
「魔法の事もあるので、あまり目立ちたくはないですね」
「そーだよねぇ」
良い話ではなかった。自分のような存在が笠島家にいると話題になってしまったら、今以上に迷惑にがかかる。
エスティは湯舟に浸かりながら、今後の身の振り方を考える。
まず、ネクロマリアに帰れるのかどうか――。
エスティは、自分が使った秘宝は、魔力を籠めると転移するだけの物だと思っていた。ロゼが一緒に転移されたのは、血を分けた使い魔だからだろう。
しかし最近、それが間違いのように感じていた。
蓼科に降り立ってから、自分の使う空間魔法が別の何かに変異している。それに気が付いたのは、麦茶が冷たいままで取り出せた時だ。
本来の空間魔法では、時間までは止まらない。それができたのは太古の昔、魔力がネクロマリアに満ちていた頃に存在した『時空魔法使い』だけだと。
「時空魔法――」
以前、兄弟子に見せて貰った魔法の文献の中に、時空魔法についての記述があったのをぼんやりと思い出す。
時空魔法とは、物語上に存在する魔法使いの戯言であり、こんなのがあったらいいなと言われるほどに眉唾な内容だ。トンデモ理論で時空間を超越し、ありとあらゆる座標に移動する事が出来る。だが発動するためには膨大な魔力が必要だ、と。
もしかすると、あの秘宝は王子様を守るために時空魔法が籠められた魔石だったのかもしれない。何か異変が起きて、空間魔法がそれを取り込んでしまった、と。
「……いや、そんな訳ないですよね」
通常なら、そんな事はあり得ない。
エスティは自分の手のひらを眺めた。
今、日向は髪の毛を洗っている。
「いやいや、まさか」
エスティは周囲に誰もいない事を確認する。
そして――濁ったお湯の中でこっそり時空魔法を発動した。
空間を繋げる先は、ネクロマリア。
記憶に強く残っている場所。
兄弟子の大きな背中だ。
詠唱する事も無く、空間魔法を使うかのように念じ、周囲にある大量の魔力を流し込んだ。
その瞬間――!
「うわっ!」
エスティの身長程の大穴が湯舟の中に現れ、ドドドドドっと勢いよく湯を吸い込んでいった。
穴はうにょうにょと形を変え、周囲の魔力を吸って広がり始める。
まずい――!
このままだと飲み込まれる。
エスティは穴に落ちまいと慌てて手すりを掴み、時空魔法が広がらないようコントロールする。それでも形を変えようとする穴を、エスティの魔力で強引に抑え込んだ。
すると穴は急激に収束し、消滅した。
……だが、時既に遅し。
浴槽の温泉は空っぽに近くなっていた。
異変に気付いた日向が、呆れた顔でエスティを見る。
「……エスティちゃん?」
「ち、違う違う、私じゃないです。えへへ……すみません」
◆ ◆ ◆
「ずっと好きだったんだ、アメリア! 結婚してあああああああ!!」
王都ラクスの広場で、兄弟子のバックスが一世一代の告白をしようとした瞬間、背中から噴水のようにオレンジ色のお湯が飛び出した!
「ああああああああ!!!」
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