第77話 『魔法にかけられた場所』
◇◇みぞれside◇◇
駅の屋上のフラワーガーデン。
私が星夜を呼び出したこの場所は、宵谷家、大狼家の全員がお気に入りの場所で、小さく頃からよく連れてきて貰った覚えがある。
自分たちの住む街が一望できて、本当にいい景色。
休日とかは結構な人がいることが多いんだけど、今日は平日だし、数人のカップルらしき人、又は私と同じように想いを伝えようとしてる男女達が、それぞれ離れたところで同じように景色を眺めてた。
なんというか、星夜に待ち合わせをするように伝えて先に来たのは、少し落ち着く時間が欲しいなって思ったからなんだけど、ここに一人だけでいるのはなかなか悲しい。
周りカップルばっかりだし……さすが、有名な告白スポットなだけあるね。
「もうちょっと、早めに時間指定すれば良かったかなぁ……」
まぁ、もう引き返すことなんて出来ないから、星夜が来るまで少し考え事でもしようかな。
私は、いつ星夜のことが好きになったんだろう?
もうすぐ沈む夕日を見ながらそんなことを考える。
——魔法の時間まであと五分。
あたしと星夜は同じ日に、この世に生を受けた‥‥‥って、これ、一番最初にも言ったような‥‥‥まぁ、いいか。
それから同じ病院の、同じ新生児室のお隣同士に寝かされて、それはもうまるで双子の様に一緒に育ってきた。
小さいころなんかは、一緒にお風呂に入ってたし、寝るときも毎日交互にお互いの部屋に行って同じ布団で寝てた、もしかしたら幼少期は親たちよりも星夜と一緒にいる方が多かったかもしれないくらい。
そんな、家でも、外で遊ぶ時も、学校で過ごすときも、旅行に行くときも‥‥‥いつ、どんな時でも、朝起きてから夜眠るまで‥‥‥ううん、眠ってからもずっとずっと一緒にいた星夜のことを好きだと実感した時がある。
時間が経って、少々褪せていたその思い出は、辰巳君に理想の相手を聞かれた時に、はっきりと思い出した。
あれは確か、あたしたちが小二の時、あたしたちにとって一番つらかった時期。
星夜ママが亡くなって、いつも笑顔の絶えなかった宵谷家が沈んでいた時だ。
あたしも星夜ママのことが大好きで二人目のお母さんと思ってたから、たくさん涙も流したし、すごく辛かった‥‥‥でも、星夜の方がもっともっとキツかったと思う。
だって、その日から星夜は部屋から出てこなくなったし、入れさせてもくれなくなった。
健星おじさんはそんな星夜のことを気にかけてはいたけど、健星おじさんも健星おじさんで自分が医者であるのにも関わらず、星夜ママのことを助けられなかったことを悔いて、自分自身のことで手一杯だったのが今ならわかる。
あたしたちは生まれて初めて、一日も会わないって日を送った。
そんな日が何日も続いて、毎日毎日星夜に会いに行ったけど、一度も出て来てくれなくて。
すごく寂しかった。星夜がいないと何にも楽しくなくて、隣に姿が無いのが悲しくて、このまま疎遠になってしまうのが怖くて‥‥‥とてもとても星夜に会いたいって願ったと思う。
そして、とうとう我慢できなくなったあたしは星夜の部屋のドアを思いっきり蹴飛ばして破った。
それで確か、ベッドの上で泣いてた星夜を引っ張って、みんなの思い出のこの場所に連れてきて、告げたんだ。
『あたしがずっと一緒にいるから大丈夫!』
って。
あの日は、その後それはもう涙が枯れるくらい泣いたっけなぁ。
星夜があたしに抱き着いてきて、あたしも星夜を抱きしめて。
お互いがお互いを強く求め合った。
そしてその時、この人とは特別な繋がりがあるのだと‥‥‥どうしようもなく大好きなんだと実感して、こんな風に支え合ったりしながら、本当にいつまでも一緒にいたいと心から願った。
その証拠に、泣き疲れて眠ってしまって、誰かが呼んでくれたのかお父さんたちが迎えに来た時も、手だけはずっと離さなかった。
あたし達がただの幼馴染じゃなくて、『最強の幼馴染』になった瞬間だった。
その次の日から、あたしは星夜の為に生きるようになって、掃除を覚えて、洗濯を覚えて、料理を覚えて、とにかく星夜の助けになるように頑張り始めた。
星夜を引っ張りまわし始めるのもこの時だったと思う。
まぁ、それは星夜も同じなんだけど。やっぱり思考回路が同じなのかな?
さて、こんなに長々と大切な思い出を思い返してるけど、あたしが星夜を好きになったのはこの時じゃないんだよね。
あたしが星夜のことを特別に想ってると実感したのがこの時であって、好きになったのはもっと昔なんだと思う。
一つだけ分かるのは、好きだということを実感したのと同じように、好きになったのも、この場所だったんだろうっていうこと。
駅の屋上のフラワーガーデンで、日没直後に好きな人に告白すると想いが叶う。
たぶん、この駅を最寄りとしている人は、誰でも知ってる話だ。
日没直後っていう時間が大事で、その時間帯のフラワーガーデンは目に映るすべてが幻想的な灯りに照らされて、その時に
そしてそれに当てはめるのなら、あたしが星夜を好きになったのは、一番古い記憶でここに来た覚えがある、三歳くらいの時になると思う。
あの時は、二家庭揃ってショッピングモールに買い物に出かけてて、その帰りにここに寄った。
さすがに鮮明に覚えてるとは言えないけど、当時にここで撮った写真を見たりして、朧気ながら記憶に残ってることがある。
『わぁ! みーちゃん、きれいだね! すき!』
星夜と二人、手を繋いで魔法のかかる時間帯にそう言われたこと。
まぁ、もしかしたらそのすきは、あたしに言ったことじゃなくて、景色に言ったことなのかもしれないけど……ほら、ちっちゃい頃って覚えた言葉を連呼したくなる時があるじゃん?
それにしても……えへへっ、懐かしいなぁ……星夜、ちっちゃい頃はあたしのことみーちゃんって呼んでたんだよ。
でも、もしかしたらこの時、とっくにあたしは魔法をかけられたのかもしれない。
それか、好きって言葉の意味をなんとなく理解し始めた幼稚園のはと組さんの時……おおかみ組さんがないって泣いてた覚えがあるなぁ。
まぁ、幼稚園の時にもここに来たんだけど、その時は確か、健星おじさんに『星夜、魔法使いになる方法を教えてやろう。今、この場所でな、大切な人の名前のあとに好きだー! って叫ぶんだ』って星夜が唆されて。
それを真に受けた星夜は『みぞれ、好きだーーーっ!』って、あたしの名前を言ったのだ。
その後、『魔法、出ないじゃん! パパの嘘つき! ヤブ医者!』って言われて健星おじさんがボコボコにされてたけど。
あの時は突然の星夜の行動に何が何だかわかんなかったけど、なんの迷いもなくあたしの名前を出してくれたことに、嬉しく感じてたと思う。
だからもしくは、この時だったのかもしれない。
‥‥‥う~ん、やっぱよくわからないなぁ。
でも、きっとあたしが魔法にかけられたのは、間違いようがなくこの場所なのだ。
だから、あたしも星夜をここで魔法にかけたい。
どれくらい考え込んでいたのか、体感としてはすごく長く感じたけど、夕日の景色を見る限りたぶん数分くらい。
その時、足音が聞こえて、隣に星夜がやってきた。
西日に照らされる、どこか覚悟の滲むその姿に胸がきゅっと締め付けられる。
やっと……やっと、本当の意味で星夜に想いを伝えられる。
もう、幼馴染の延長なんだなんて言わせないし、思わせない。
ここに来たってことは、星夜もその意味を知ってるはずだから、もう逃がさない。
さぁ、
――魔法の時間まであと一分。
あたしは小さく息を吸い込んだ。
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