第71話 理想の相手




 さて、辰巳君は撃沈させちゃって行動不能だし、散々に言われたあたしのことなんて見たくないだろうし、買い物して帰ろうかな。


 聞きたいことはあったけど、流石にこの状況で告白するときの心持ちを聞くほど、あたしは鬼じゃない。


 まぁ、参考になるのかは分からないけど帰ったらお母さんに聞いてみよ。


 ということで、最後にもう一回だけ辰巳君に謝ってから、机にお金を置いて席を立とうとして——。


「待って‥‥‥まだ、はなしは‥‥‥」


「何‥‥‥!? 生き返った、だと?」


 辰巳君の横を通り過ぎようとした時、袖を引っ張られて引き留められた。


 え、嘘‥‥‥自分でもかなりボコボコにして、あ~ちょっとやりすぎたかな~って思ってたのに、死の淵から生き返ってくるなんて‥‥‥どれだけの回復メンタルなの。


「き、きたいこと‥‥‥が——カハッ!」


「分かった! そこまで言うなら、冥途の土産になんでも答えてあげるから! 一回これ飲んで落ち着いて!」


 あたしは、店員さんが一番最初に持って来たセルフサービスのお水のコップを辰巳君に飲ませて、彼が落ち着くのを待つ。


 店内のどこからか、「め、冥途の土産だって‥‥‥」「あの子、まだ追い打ちをッ」「もうやめてくれぇーー!」なんて声が聞こえてくるけど、無視無視。


 やがて、辰巳君の瞳に生気が戻ってきて、あたしは席に座り直して辰巳君が聞きたいことを待つ。


 一体何をまだ聞きたいんだろう? それとも、聞きたいことじゃなくて言いたいこと? まぁ、かなりひどいこと言っちゃったと思うから、罵倒くらい甘んじて受けるけど。


 と、そう思ってると幾分か落ち着いて血色も戻ってきた辰巳君が、その聞きたいことを話しだした。


「悔しいけど、今の僕は大狼さんの眼中にないことは分かった‥‥‥それじゃあ、どんなだったら付き合ってくれた? どんな僕だったらよかった? 参考までに、大狼さんの理想の相手を教えて欲しい」


「‥‥‥え?」


「おこがましいのは分かってる。でも、知っておきたいんだ」


 いや、おこがましいとは全然思ってないけど‥‥‥理想の相手って、あたしが求める結婚相手とかそういうことだよね?


「えーっと、それは‥‥‥言わなきゃダメかな?」


「‥‥‥冥途の土産」


「うっ‥‥‥分かった、ちょっと待ってね、今考えてみる」


 あたしの、理想の相手‥‥‥そんなの考えたことないし、聞かれたのも今日が初めて。


 とりあえず、あたしの恋愛観は置いておいて、浮気をしないっていうのも日本人には当たり前のことだろうから、そこは標準搭載ってことで。


 まずは‥‥‥そうだなぁ、容姿はなんでもいい。


 まぁ、なんでもいいって言ったら語弊があるけど、あたしは外見よりも内面を尊重するから、たとえその人がどんな身体でも愛せる。


 次は、仕事とか年収とかそういうのも別に気にしないかな。


 もちろんできるよりはできたほうが良いし、お金も多いに越したことは無いと思うけど、あたしはその人と一緒にいられれば人類未踏破の山でも暮らせていける。オオカミ舐めんな!


「——あ、あと子育ては協力してやりたい!」


 とりあえず、思いついたことを言ってみたけれど、辰巳君はそれじゃない感満載の表情をしてた。


「あー、大狼さん? 確かに、いつかはそういうことは考えたいけどさ、もうちょっと子供にならない? なんていうか、好きなタイプとかそんな感じで」


「う、う~ん‥‥‥分かった。好きなタイプ‥‥‥理想の相手」


 あたしはゆっくりと目を瞑る。


 今感じてること、思ってること、そういうのを全部かなぐり捨てて、頭の中に真っ白の空間を思い浮かべる。


 あたしの心の奥底に問いかけて、その空間にあたしの理想の相手を形作っていく。


 すると、まず最初に現れたのは、お父さんだった。


「——たくさん撫でてくれる人がいい」


「え?」


 真っ白の空間の中のお父さんが、あたしの頭を優しく撫でてくる。


 いつもお母さんの尻に敷かれて情けなく見えるけど、良いことをしたらたくさん褒めてくれる、悲しいことがあったら優しく慰めてくれる、大事な人に毎日感謝を忘れない。


 そんなお父さんみたいな、心の温かい優しい人がいい。


 頭の中の真っ白な空間にいるお父さんの姿が温かい心を残して消えて、振り返れば今度はお母さんがいた。


「——引っ張ってくれる人がいい」


 真っ白の空間の中のお母さんが、あたしの手を引っ張ってくれる。


 どんな困難なことがあっても、軽快に笑って手を引いて導いてくれる。この人にならどんなことでも任せられる。


 そんなお母さんみたいな、安心感があって頼れる人がいい。


 そしてまた、お母さんの安心感を残して、次は今日のことを嬉しそうに話すあられが目の前にいた。


「——共有してくれる人がいい」


 真っ白の空間の中では、あられと二人で笑い合ってる。


 毎日、何があったのか、どんな楽しいことがあったのか、そういうのを共有してひとつひとつを日記やアルバムに残して積み重ねていく。そしていつか、こんなこともあったねって、また笑い合う。


 そんなあられみたいな、どんな小さな思い出も大切にしてくれる人がいい。


 今度はあられの思い出を残して、すぐ隣にあたしに体重を預けるようにしぐれがしなだれかかってきた。


「——たくさん甘えてくれる人がいい」


 真っ白な空間では、身体をこすりつけてくるしぐれを優しく撫でてるあたしがいる。


 あたしのことを強く求めてくれて、子供のように無防備に、あたしにすべてをさらけ出して、そして世界でただ一人だけ、あたしにしか見せてくれない顔がある。


 そんなしぐれみたいな、あたしのことを無条件に信頼してくれるような人がいい。


 そうして、しぐれの信頼を残して‥‥‥今度はもう誰も現れなかった。


 真っ白な空間で、温かい心、安心感、思い出、信頼、あたしの四人の大事な家族のかけらが重なって、そこに一人の理想の相手ができていく。


「——家族みたいな人がいい」


 一切気を遣わずとも、ずっとそばにいる。一緒にいても一人の様に気楽で、一緒にいれば一人のような寂しさを感じない。


 真っ白な空間では、世界で一人しかいないあたしの理想の相手‥‥‥生まれてからずっと一緒だった、たった一人の幼馴染があたしの手を握ってくれる。


 あぁ‥‥‥なんだ、全然不安になることなんてないんだ。


 恋愛感情とか、家族愛とか、幼馴染の延長線とか、そういうの全部ひっくるめて、心の底から理想の相手になっちゃうくらい、あたしは星夜のことが大好きじゃんか。


「大狼さん? 泣いてるの‥‥‥?」


「え? ‥‥‥あ、ほんとだ! ごめんね、大丈夫だから」


 気が付いたら、右目からはらりと涙が流れてた。


 あー、うー‥‥‥なんか柄にもなく、ちょっと安心して少しだけ涙腺が緩んじゃったみたい。


「その、これでいいかな? り、理想の相手は」


「えっと、たくさん撫でてくれて、引っ張てくれて、共有してくれて、たくさん甘えてくれて、家族みたいな人?」


「そ、そうだけど! 声に出して言わないで! なんだかちょっと恥ずかしいじゃん」


 辰巳君にさっきあたしが、ぽつりとこぼしてたことを言われて、顔が熱くなってくる。


 理想の相手とか、本気で考えたのは本当に初めてだから‥‥‥かなり照れ臭い。


 あたしがこんな、内もも合わせてもじもじするとか、キャラじゃないんだよ!


「う~ん、ひとつひとつはなんとなくわかるけど、これを全部持ち合わせた人ってどんな人だ? というかこれを目指すってどうすればいいんだ‥‥‥」


 なんか、辰巳君がぶつぶつ言ってるけど。


 まぁ、あれだけじゃわかんないよね。


 口に出していったのは、全体じゃなくて片鱗みたいなものだから。


 それだけでも、もう身悶えしそうなのに、さっき考えてたことを全部言葉に出したりなんかしたら、あたしは恥ずか死ぬ。


 でも、なんだかスッキリしたな~、そこだけは辰巳君に感謝しておこう。


 さて、買いたいものもあるし、人も混んできたし、そろそろお会計してレストランを出ますか。


 辰巳君に聞きたいこともあったけど、自分で解決しちゃったし。


 告白の心構えみたいのを聞こうと思ったけど、もう大丈夫そうだ。


 今、感じてる、この暖かい気持ちを星夜にぶつければいい、たったそれだけで何も怖くない。


「ぅん~っ! あ、辰巳君? あたしがさっき言ったこと、他の人とか雪ちゃんに言ったらだめだかんね?」


「分かった、内緒にしておく」


 ちゃんと口止めしておかないと、雪ちゃんはあたしの友達で辰巳君の隣の子。


「よしっ! じゃあ、テンション上がってきたし、買い物付き合ってよ! レッツゴーッ!」


「え? あっ、ちょ! 大狼さぁぁぁーーんっ!?」


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