第30話 『あったかもしれない別の出会い』
私の名前は、
家は安いアパートで、看護師をしているお母さんと二人暮らし。
高校生の私は吸血鬼の体質のせいで、朝に起きるのが苦手で夜に起きて昼間は寝るっていう生活サイクルを送ってて、たまにお母さんの家事の手伝いをしたり、学校から配られる課題を解いたり、趣味のアニメやゲームをしながら送る日々。
私の選んだ私立高校は、なぜか人間じゃない存在に理解があって、吸血鬼な私は学校から配られる課題をこなせば授業を出席扱いにしてくれたり、望めば夜間授業も開いてくれるという破格の学校だった。
その日は配られた課題をやり終えたから、それを提出するために完全に陽が暮れた夜、もう既にクラスメイト達は下校しただろう時間に学校に登校した。
彼に会ったのは、その帰り道。
なるべく人と会わないように人気のない道を選んで帰っていたのに、夜の散歩をしているという彼とばったりと出くわして、踵を返そうと思ったけど呼び止められた。
その声が妙に真剣みを帯びてたから思わず立ち止まって振り返ると、自分でもなんで呼び止めたのかわからないって顔をしてる彼がいる。
彼は視線を右往左往させながら「あ~……」とか、「え~と……」とか呟いて、最後に「せっかくだから少しおしゃべりしない?」って近くの公園を指さした。
いつもなら無視したり、普通に断ったりして踵を返していたと思う。
けれど、どうしてだろう? なぜか、いつもは動かない私の心が簡単に転がされて気が付いたらいつの間にか彼と並んで公園のベンチに座って、月を眺めながらお話をしてた。
別になんてことはない、身の内の話や学校、趣味とかそういう普通の話。
その中で、私と彼は同じ学校の実は同じクラスであることを知って、明日は少しだけ頑張って学校に行こうかな、なんて思ったりして。
何十分話し込んでたんだろう? スマホで時間を確認した彼が「もうそろそろお開きにしようか」って言って、立ち上がる。
その言葉に、あぁ……もう、終わりなんだって思ったよりもこの時間が楽しくて、終わることに名残惜しく思ってる自分がいることに気が付いてちょっとだけ驚いた。
彼は最後に「あ、そういえば名前言うの忘れてた!」なんて言って、自分の名前を告げると、手を振りながら足早に夜の街に消えていく。
私はその後ろ姿をボーっと眺めて、ぽつりと「星夜くん、か」って彼の名前を呟いた。
■■
次の日、私は珍しく頑張って朝に起きて身支度を済ませる。
理由はもちろん学校に行くため……いや、昨日会った星夜くんが気になったから。
眩しい朝日に目を細めながら登校すると、いつも来ない私が物珍しいのか、すれ違う人のほとんどが私のことを二度見したり、凝視したりしてくる。
それに居心地の悪さを覚えながら、慣れない学校の廊下を歩いて自分の教室に向かう。
ドアの手すりに手をかけて、一回深呼吸。覚悟を決めて開ければ、教室中から一気に視線が集まるのを感じて、やっぱり来なきゃよかったな……。なんて後悔し始めてると。
その中の視線の一人が私に近づいてきて、笑顔で歓迎するように、それが当たり前のように、「おはよう!」って言って手を引くと、私を教室の中に導いてくれた。
たったそれだけでさっきまで後悔しかけてた気持ちは晴れて、私の心は舞い上がっちゃって、自然と笑顔でスッと言えた。「おはようっ! 星夜くん!」って。
それからはもう、私が彼を好きになるのは、きっと当たり前のことだったんだろう。
最初は週一回だった登校が彼に会いたいがために週三回になって、気が付いたら毎日通うようになった。
放課後に彼のお家に行って、彼が作ってくれた夕ご飯を一緒に食べたり。
勇気を出して休日にお出かけに誘った時なんかは、柄にもなくオシャレに気を使って、それを彼に褒めてもらったら、その日一日はもうずっと幸せだったり。
彼の幼馴染と想いをぶつけあって、絶対に負けない! って意気込んでみたり。
気が付いたら、いつも彼を目で追ってるような。
そんな、普通の女の子みたいな甘酸っぱい青春のひと時を過ごした。
いつか、この想いが叶ったらいいなって思いながら。
でも、私はまだ大きな秘密を彼に伝えられていない。私が吸血鬼であること。
伝えたいなって気持ちはある。
けれど、やっぱりもしかしたら怖がられて、避けれて、受け入れてくれないって思うと怖くて伝えられなかった。
なのに、彼を想う気持ちが募る度に吸血鬼としての私は高ぶって、吸血衝動が起きて彼を襲いたくなる。
毎日、彼に会う時は口の端を血が出るほど強く噛んで、それを我慢して。
それでも、思わず気が緩んで姿が変わりそうになった時は走って逃げたりした。
そんな挙動不審な私を彼は心配してくれるけど、どうしても覚悟が決まらなくて曖昧に濁す。
私は彼と距離を置くようになった。
彼に会うために毎日登校していたのが、彼に会いたくなくて週三回になる。
その登校した日も、遠目に彼を眺めるだけ。
それが逆に辛く感じた私は、やがて再び配られる課題を夜に提出する。
そんな吸血鬼らしい生活に戻ってしまった。
■■
私が学校に行かなくなってから、数週間が経った。
彼からは毎日のように心配するメッセージが送られてくる。
それに大丈夫だよ、なんて嘘をつきながら会いたいとうずく気持ちを抑え込む日々。
きっと彼に会ってしまえば、この募り募って高まりすぎた気持ちは吸血衝動として爆発してしまうから……だから、会いたくない。
だけど、神様っていうのは残酷なもので、こういう時に限って出会ってしまう。
その日は、なかなか気持ちが抑え込めなくて、少し夜風を浴びようと夜中に外に出た時だった。
とくに目的地を決めて歩いていたわけじゃなかったけど、気が付いたら彼と出会ったときにおしゃべりをした公園についてた。
きっと、彼のことが好きすぎて、無意識のうちに向かってたんだろう。
もう、どれだけ私は星夜くんが好きなんだって思わず苦笑が漏れた。
公園に入って、あの日に座ったベンチに一人で座って、ぼーっと夜空に浮かぶ月を眺める。
「あ~あ、会いたいなぁ」って、それはぽつりとこぼれた願望。
こんな夜中の公園、誰もいるはずがないって思ってたけど。
「俺もだよ」って声が聞こえて、凄く驚いた。
思わず、声が聞こえたほうを見れば、そこにはずっと恋焦がれてた彼がいて……。
「月菜!」
今の私は銀髪紅瞳の吸血鬼としての姿だから、すぐに逃げ出そうとしたけど、そう強く呼ばれたら、もう動けなかった。
そのまま彼は私の隣に座ってくる。しかも、私が逃げ出さないようにするためか手を握ってくる始末。
ひどいなぁって思う。それに思っていたより、落ち着いてる自分に驚いてた。
隣に座った彼は何も言わない。きっと、私から話してくれるのを待ってるんだと思う。そういうのがつないだ手から感じられた。
だから私も彼を信じて、私のことを話した。ここ最近のことも全部。
彼は流石に私の正体に驚いていたみたいだけど、やがて安堵の息を吐いて、一言。
「よかった。もしかしたら嫌われちゃったのかと思ってたから」
そんな……そんなことない! 私は、出会ったときからあなたのことが——くぅっ!
もう、我慢の限界だった。目の前が真っ赤になって、ただただ彼が欲しくなる。
「いいよ、月菜になら俺の血を吸われても」
なんとなく、彼も私が今どう思っているのか分かったんだろう。そう言って着ている服をずらして、首筋を露わにした。
私は、救われた気分だった。あぁ、もう我慢しなくてもいいんだって。彼は私を受け入れてくれるんだって。
ゆっくりと彼の首筋に唇を這わせる。優しく、甘く牙を突き立てて、私の気持ちを全部伝えるように背中に腕を回して、暖かい彼の血を吸う。
初めて吸った彼の血は幸せの味がした。
やがて、首筋から離れた私は、彼と見つめ合う。
どちらともなく近づき、唇を合わせて、求めあうようなキスをして——私たちは、恋人になった。
そうして、寄り添いあうようにして二人……いつまでも……いつまでも。
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