第五章 モヤモヤの正体
第29話 ‥‥‥ごちそうさま
無くなったと思ってたモヤモヤがまた現れ始めて、結局それが何なのかわからないまま数日が経った。
ただ、そのモヤモヤがどういう時に強く感じて、どういう時に収まるか、そういうのをなんとなく分かるようになったかもしれない。
一番強く感じるのは、あの狼娘が兄さんにべったりしてる時。
狼娘はそれこそ毎日、玄関開けたらサトウのご飯みたいに、玄関開けたら大狼みぞれって感じで、学校に行く時に必ず家の前にいて、一日の充電をするみたいに兄さんにくっつくいて登校し始める。
それがなんとなくモヤモヤして、むしゃくしゃして、兄さんから狼娘を引き離すのが私の朝のやることになってるかもしれない。
その度に言い合いになって、足を止める私たちを兄さんが仲裁するまでがセットだ。
学校ではモヤモヤした気分はあまり感じない。
結構不安に思ってた学校生活だったけど、意外と楽しく過ごせてる。
それはもちろん兄さんがいるおかげであるけど、もう一つ、友達と呼べる人ができたからかもしれない。
森田くんとはアニメ趣味で気が合って、一緒に推しの話とかするのは楽しい。兄さんが言ってた通り良い人だし、これからも仲良くしてくれると嬉しいなって思ってる。
ただまぁ、たまに私に視線を向けてくる男子たちに呼び出しされてるみたいだけど、「ATフィールド! 展開!」って乗り切ってるから大丈夫だって兄さんが言ってた。
女子にも話しかけてくれる人はたくさんいる。何人か連絡先を交換したりもしたけど、たまに兄さんに気があるのか打算的に近づいてくる人とかもいて、その度にちょっとモヤモヤして自分から距離をとっちゃうことが多い。
狼娘の方にもそう言う人がいたみたいで、何回か吠えてることがあった。曰く、「星夜とお近づきになりたきゃぁ、このみぞれちゃんを倒しなさい!」らしい。
そういうこともあってか、狼娘は一部の人には避けられているかもしれないけど、活発で元気な性格やその高いルックス、基本誰でも分け隔てなく接する人柄、入試一位の実績と校長先生の娘という肩書なども相まって、既にクラスでは中心的人物になりつつある。
その狼娘だけど、学校では星夜にあまりべったりはしてない。お昼ご飯とか移動教室とかは一緒にいることは多いけど、他の友好関係とかも大事にしてるみたいでずっとということもなく、朝よりもモヤモヤすることは少ない。
まぁ、割と頻繁にいがみ合うことは多いけれど。
そんな風に、基本は兄さんと森田くん、狼娘と一緒に行動を共にすることが私の学校生活の日常になった。
学校が終わって家に帰ってくれば、兄さんは朝にやり残した家事をして、私はいつも通りゲームをしたり漫画を読んだり、兄さんを手伝ったり。
狼娘はだいたい一緒に帰ってきて、荷物を自分の家に置いてくると、すぐにこっちにやって来て兄さんの手伝いもすることもあれば、私とゲームをすることがあったり、雑誌を読んでくつろいでいたりして、まるで我が家のように入り浸ってる。
ただ、そうやって過ごしていくうちに、この狼娘はモヤモヤとは別に相性が悪いのかムカムカもするけれど、なんとなく悪い人じゃないことは分かった。
だけど、どうしても……兄さんとベッタリしたり、息の合うやり取りをしていたり、そういう二人が特別な幼馴染なところを見せられると、モヤモヤして仕方がなくて。
なのにその正体も分からないし、対処の仕方も分からなくて、どうしようもなく。
それでもお風呂上りに兄さんが髪を乾かしてくれたり、朝に起こしてくれたり、たまに血を吸いたくなったわけじゃないけどこっそりと兄さんのベッドに潜り込んだ時に、少しだけいつもより多めにスキンシップをとって、それを兄さんが受け入れてくれたら、このモヤモヤは感じないから。
そうやって我慢していくしかないのかなって、思い始めてる。
でも、それもいつまで続くのかわからない……だって、最近じゃただ一緒にいるだけじゃ満足できなくて、寝ている兄さんに内緒で少しだけ唇を重ねたりなんかしちゃって、あとはそういうことを想像して自分を慰めるようにもなって。
本当にこのままじゃいつか我慢ができなくなるんじゃないかと思いながら、平日が終わって休日の土曜日がやって来た。
■■
「おぉ~、これこれ! やっぱりたまに食べたくなるんだよね!」
「まぁ、わからなくはない」
休日だけれど、相変わらず狼娘は入り浸ってる。今日は学校が休みでもあるから朝からだ。
今は、お昼時の時間で私たちの目の前には珍しくインスタントのカップ麺が並んでる。
なんか、兄さんはいつも通り何かを作ろうとしたようだけど、狼娘が今日はこれを食べたい! って言って、カップ麺を持ってきたからこれになった。兄さんは緑のたぬき、狼娘は赤いきつね、私は兄さんと同じのを選んだ。
三人で手を合わせていただきます。ズズズッとそれぞれが麺を啜る音が響いて、ホッと息をつく。
なんか、兄さんの手料理は美味しいし毎日食べたくなるけど、たまにはこういうのも悪くないなって思う。このモヤモヤする心にインスタント独特のちょっと濃い味の汁が染み渡るようで。
「——あっつぁ!?」
突然、目の前から悲鳴が聞こえてきて見て見ると、口を押えて涙目で悶えてる兄さんがいた。
そのすぐ隣には厚揚げを箸でつまんでる狼女がいて、どうやら兄さんの天ぷらと交換こしてたみたい。
「あ、ごめん! ふーふーするの忘れてた!」
「だから自分で食べるって言ったんだよ」
「ちょっと見せて?」
「いや、いいって…………お前なぁ……」
渋る兄さんを無視して、狼女は兄さんの下唇をペロッとめくる。
「ん~、ちょっと白くなってる。火傷だね、でもこれくらいなら唾つけとけばすぐ治るよ」
「まぁ、そうだろうな——っ!? ……なんで、みぞれが舐めるんだよ」
「だって、あたしが火傷させちゃったんだし?」
「だからって——」
「……ごちそうさま」
自分でも、びっくりするくらい冷たい声が出た気がした。
目の前にいる兄さんがビクッて一瞬震えて、恐る恐るこっちを見てくる。
「……月菜? やっぱり何か作ろうか?」
「ううん、あんまりお腹空いてなくて……私は部屋に戻ってるね」
そう言って、私は席を立つ。
あぁ‥‥‥なんで二人は自然とあんなことができるんだろう。口内の火傷を舐める、そんなのもうキス以上じゃん。
兄さんだって避けようと思えばできたはずなのに、それをしなかったのは無意識のうちに受け入れてるから。本人たちが無自覚でも外野から見れば、そういうのは一目瞭然だ。
でも、きっと私が狼女と同じことをすれば、兄さんは拒絶する‥‥‥私と狼女は何がちがうの?
そんなことが頭の中をぐるぐる回って、胸の内からモヤモヤがどんどん燻ってきて。
今はすごく逃げたい気分だった。あの二人のやり取りから、この溢れ出しそうなモヤモヤから。
部屋に戻った私は、真っすぐに棺桶の中に入った。
こんな時は、閉じこもるのが一番いい。
真っ暗で狭いここは安心できる。
そうして私は眠りにつく。
起きた時にこのモヤモヤが少しでも晴れていたらいいなって思って。
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